不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

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◎  長屋の爺のルーツは長屋 

60数年前、私は長屋で生まれました

4軒長屋でいわゆる「炭住(炭鉱住宅)」と言われる場所です

水道は各家庭に無く、共同水場という小屋があって

其処から天秤棒で運んで、水瓶を満タンにするのが子供たちの

役目だったのです

今のように家にテレビやゲームなど無く、勉強もせず家の手伝い

薪(まき)割りや石炭出し、水汲み、子守り、新聞配達のバイト

春や秋になると山に入り「キノコ」「山菜」「木の実」などを

採って来るのも子供の仕事でした

冬になるとなぜかクリスマス用の「モミの木」を伐り出しに行かされたり

家の前の雪かきは当然で、大きな通りまで歩く道を確保するのも

我が家の子供の仕事でした

障子の張替えの手伝い、布団の打ち直しの手伝いなどやるべきことは多く

子供といえど遊んでなど居られない時代でした


カレーライスは年に一度、クリスマスの夜に街に仕事に行っている姉が

帰省して作ってくれるカレーが唯一ですごい「御馳走」でした

当然ケーキなるものも、その日だけであり、外国の宗教行事であろうと私たち

子供にとって「特別な日」だったのです

節分はなぜか盛大にやって、普段食べられないような菓子類を、父親が

家中に撒いて歩くのです

その菓子を「蓋付きの缶」のなかに拾い集め、それから長い間自分達の

「おやつ」として食べるように各自が保管したのでした

バナナは遠足の時に一本だけ、メロンは病気になった時だけだったのですが

叔父が夕張で「メロン」を栽培していましたので、年に一度だけ一人半分

のメロンを食べられるようになったのは、今でも記憶に在ります


親類が雪*乳業に努めていて、訪れるたびに持参するチーズやバターなど

で我が家は乳製品には不自由しなかったと思います

(因みに私は牛乳・ヨーグルト、牛肉が苦手で今も食べられません)


言葉で書くと何やらほのぼのとした田舎生活に感じると思いますが

貧しかったのは想像を絶するものでした

小学校に入ったばかりのころ、我が家には米を買うお金が有りませんでした

詳しくは書けませんが、父が部下の使い込みの責任を取らされて、父の給料は

天引きされて0円だったのです

毎日「ジャガイモとカボチャ」・・・来る日も来る日も「白と黄色」

それ以来私は、好物は?と聞かれたら・・「銀シャリ」と答えています

何も豪華なおかずなど無くても、美味しいコメが食べられることが

何よりの贅沢・・・・

貧しいというのは、コメが食べられない事をいいます

新しい何かが買えないから貧しいのではありません

そういう意味からいえば、今の日本人で貧しい人は一握りです


私がジャガイモを口にするようになったのは家庭を持った後でした

四半世紀の間、ジャガイモが喉を通らないようになっていたのです

最近では「新じゃが男爵」が出回ると、「イモ団子」を作って食べます


どんな辛い過去でも・・・時間が過ぎれば笑い話にできる

たしかに、そういうものかもしれません


その日その日が食べられることが、どんなに素晴らしい事で

喜ぶべきことか・・・・

食べることが何よりも優先されるのが本来あるべき姿だと思います


現代は、衣 > 住 > 食

最新家電 >  遊興費 > 嗜好品 >三度の食事 

になっているような気がします


物と情報が氾濫していると言われていますが、まがい物・粗悪品・不用品や

業界の戦略に上手い事載せられ、流行と言う言葉に振り回されているだけ

私はそんな気がしています

人の生活にはそれぞれ違いがあるのに、同じものを購入して不思議に感じない

そういう人々が増えています

仕事で伺うお宅にも、この家族構成でどうしてこの品物を購入したのか不明な

ものが多々あります

テレビショッピングで「その気」にさせられたのかもしれませんが・・・(笑)


最近の日本人は、ちょっと考えることが「苦手」になってきたのかもしれません


映画やテレビドラマは、何から何まで説明し「見せて」くれるのが特徴で

考える時間も与えずに、次から次へと視聴者の脳に情報(映像)を送り込みます

その瞬間にQとAを的確に見せてくれるのですから、考える必要は無く

考える行為こそ「邪魔者」となります


日本人が考えなくなった原因は、映像媒体の進歩と読書の衰退です

本を読むときに、主人公のイメージは各読み手(読者自身)によって

違いが出てきます

ところが映像では美男子な俳優だったり、美人女優だったりするわけですから

個人のイメージも創造力も邪魔なだけです

家の描写一つとっても、個人によって微妙な差異が出るはずですが、映像は

視聴者の誰にも平等に、寸分違わぬ「モノ」を提示してくれます


私は原作本を呼んだ作品の映像(映画・ドラマ)は観ない事にしています

逆に映像を観た作品の原作本は読まない事にしています

だから比較することもなく、不満を口にすることも無く、楽しませてもらえる

偏屈な長屋の爺ならではと言う事でしょうか・・・


そのうち日本人は日本語の大部分を使わなくなっていくでしょう

語彙が少ないと嘆く日本人が多くなったそうです

日本には「話し言葉」「書き言葉」「尊敬語」「丁寧語」「謙譲語」「ヤマト言葉」

「熟語」「慣用句」など、日本人として知っておくべき言葉が山ほどありますが

その多くは「紙媒体」から様々な知識を得るのが一般的です

難しい専門書を読まなくたって、日本語を正しく使っている書物は多くあり

日本語を丁寧に正しく使っている作家の本は読んでいて飽きることが無い

のも特徴です

映像とともに流れてくる言葉が解らなくても、映画・ドラマを観終わるのに

不自由は感じません

ところが小説で意味の解らない言葉が出てくると、それが解らなければ次の

頁に集中できなくなることが有ります

ではどうするか?

辞書を引いたり、ネットで意味を調べたり・・・・そうやって、言葉を覚えて行く

私が普段心がけていることなので、それが正しい事かどうかは分かりませんが

少なくとも10年前の長屋の爺より、日本語を多く知って、多く使えていると

思っています

テレビが悪いとは言いません

映画を侮辱するつもりもありません

もうすこし 自分自身の頭で小さなことでも良いから、考える習慣にしたら

違った世界が見えてくるかもしれない・・・

そういう事だと私は思っています。

◎  長屋の爺の持論 

本来なら台風一過の秋晴れになるはずだが、秋雨前線の影響から

どんよりとした一日になり、今日はまたしても雨・・・

雨が嫌いではないとは言っても、降り過ぎるのは考え物ですね


読者の方は「ブログを止めて、爺は何をして暮らす?」

そう思っているかもしれないですが・・・

私は十数年前に一度ネットから引退した身です

そんな爺が懲りもせずネットに帰ってきて、また去ろうとしています


私は人生に対し欲張りな性格の持ち主なのか、何でも経験しないと

気が済まない「癖」があり

あれも一度やってみたい、これも経験してみたいという思いが強く

飽きっぽいのとは別の「経験主義者」だと自分で勝手に思っています



そんな爺は落ち着いたらもう一度【木彫】、【模型造り】、【写真撮影】、【切り絵】

【版画】、【写経】と妄想は際限が無く、何でもやってみようと息巻いています


今読んでいるのは【禅】、【禅宗】、【日本語】、【漢字】に関する書籍ばかりで

古代史はしばし休憩中です


漠然と待っていて得た知識、情報はなかなか吸収できない性分で

自ら欲して得る情報・知識は乾いた身体にどんどん吸い込まれていく

そんな気分でいます

それが身になるかどうかは、また別の話なのですが・・・



経験が無駄になる事は無いと、私は信じていて

「芸は身を助ける」と言うそうだが、さしづめ「経験は身を助ける」

と言う事だろうと思っています

とは言うものの、私は人生の歩み方が不器用で数々の失敗や

挫折を経験してしまいました

「もう少し利口に振舞えたなら、しなくてよい苦労は少なかったのに」

そんなアドバイスをもらったこともあるが、不器用な生き方しかできない

長屋の爺は反省も後悔もしていないです(笑)




人生は産まれた時が「スタート」で、死ぬ時が「ゴール」である

これは人間であれば、人種も性別も国籍も関係なく定まっていることではないでしょうか

ただし解っていることはスタートの時期だけで

ゴールは誰にも見えない事だと思っています

人によって短距離であったり、長距離のような人生もあり

これは自分では決められない【ルール】といえます


一つだけ不変なのは必ず全ての人間はゴールを迎えること

そういう意味からすると、何処にゴールがあるか考えずに人生を歩むのが

人間と言う生き物なのかもしれません


10年の人生とは知らずに過ごすのも、70年の人生と知らずに過ごすのも

だれにも分からない事であるから、人によっては「明日があるさ」と今日を

無意味に過ごしたり、明日にも人生が終わるが如く「生き急ぐ」人もいます


しかしどう生きても人生であり、その先には必ずゴールは存在するのです

そのゴールである「死」について考えたり、死を想定することは

意外とタブーにされている気がしています

そのゴール(死)を不吉だとか悲しみの種と思い込み、意識しない事が

良い事なのかどうか・・・私にはわかりません


ある日突然目の前に現れるかもしれないゴールがあると自覚し

日々を過ごすのは容易なことではないですし、私にそれができるかと

問われても自信を持って「過ごせます」とは言えません・・・

だが、その日は誰にも必ず来るのが現実です


自己中心的な人間は否定されるが、その自己中の向く先に在るのは

他人である


私は自分に向かって「自己中心的」になろうと思っています

自己中心に振舞うのは相手にではなく、自分の気持ちに対し「自分が」

「俺が」という主張をしたいという意味で・・・

何とも上手く説明できないですが、自分に優しく、自分に厳しく、自分と言うものを

大切に、許してあげる生活とでも言うのでしょうか・・・


最近街で見かける若い子たちは、まるで金太郎飴のように髪形も服装も言葉遣い

も同じような人ばかり・・・・

人と同じでなければ「ヒトでは無い」と思っているかのように周りに似せて生きてます

社会や自分の周りばかり意識して生きることが楽なのでしょうね

自分という存在が何処にあるか理解できないのか、あえてしないのか・・・・

現代人は自分を観ることより、他人ばかり意識して生きている気がします

自分より他人を意識していて、他人と違う事に意識が向けば当然似せようと

考えるのかもしれませんが

同じ色 同じ匂い 同じ形の中にしか住めなくなった現代人

他人と違う事がまるで罪でもあるかのように・・・・




私は引きこもる若者を強くは否定しません

金太郎飴の世界、クローンばかりがもてはやされる世界に嫌気がさしても

当然だと思っているからです

(単なる怠惰な者 その環境に甘えている者は別ですが)


今の若者は自分で自分の人生を決められないのかもしれませんが

人と同じことを続けていても、その先に在るゴールは各々違っていることに

気づいていないのでしょう

自分に自信が持てないのではなく、他人と同じになるしか術を知らないから

他人と「つるんで」生きるという楽な道を選んでいるだけかもしれません


世間という言葉が有りますが、私は世間というものを観たことが

在りません

世間は何処に行けば観ることができるのでしょう

私たちが常に意識している世間という物の正体は何でしょう


私も正確には分かっていませんが、世間というのはギルドのような

モノではなく、自分が勝手に作り上げた仮想空間のような気がします



私が思うに、世間という空間を意識したときから、人は自分を蔑(ないがし)ろ

にして自分に冷たく、他人に優しく接しようともがいている気がしています

自分に優しくできない人間が、他人に優しくできる道理はないのですが・・・



自分に優しく 他人に厳しいのは 理に適っているとは思いますが

ただし・・・意識の上で、言葉の表現での話だけでしょう


理解してもらえるかどうか解りませんが・・・

外に向かって自分に甘く、他人に厳しいのはお門違いであり、自分に

対し他人より自分を大切に思う事は至極当然のことだと思っています


私はボランティアとかチャリティーが苦手で

ユニセフなんて偽善の塊だと思っている変人です

動物愛護と言いながら、ケンタッキーを頬張る人間が哀れであり

ベジタリアンと豪語する人間が植物という命を口にするのを軽蔑しています



現実でも世間や国のために自分を粗末にする人など居ないでしょうし

職務や責任感・誇りという言葉で自分自身を律するのも、きっと深い理由が

在るのかもしれません


名誉や誇りだけで人は生きていけません

自分に生きる糧である「ご褒美」を与えなければ、生き続けることはできないでしょう

食べることが何よりも優先されるのは、自分にご褒美を与え自分に優しくすることと

同じだと思っています

自分が大切だから明日のために「モノを食べる」

自分がどうなっても良いなら、食べることを止めても差し支えないことに

なるでしょう

食費を削って他人と同じものを買い、同じ格好をする人間は自分という

存在に対しとても失礼な事をしていると思っています


お米を最低価格のものにして、一円でも安い隣町のスーパーまで行き

浮いたお金で「高い外食」をする日本人・・・・

月に一度の散財のために、毎日を軽視して自分に優しくできない日本人

これが日本製品が売れない原因にもなっています


安物が似合うと思っていますか?

中国製の安価で粗悪なものが自分に相応しいと思っていますか?

本当に不味いお米で満足していますか?

外食する金額のほんの一部で、一月美味しいお米が食べられるように

なります(計算してみてください)

これが世間を意識した大きな「害」だと思っています


「安い」「お得」「儲かる」は日本人が観ていると思いこんでいる「世間」という

ものから発信される風聞でしかないのでは・・・

私にとって安い高いの判断基準は、自分が納得できるかどうかであって

世間がどう言おうと、自分が納得したらそれが「適正価格」で、どんなに

評判が良くても、自分が納得できなければ「不適正価格(高い)」となります


簡単に言うと、もっと自分に対しご褒美を与える生き方がしたい・・・

そう考えている長屋の爺なのです。


* 念のため、これは私の持論であり、人はそれぞれ考え方が有ります

 私は他人がどう考えているかを問うているわけではありません

 コメントに持論を書かれても、お応えする事は無いと思います。

◎  台風上陸 

よりによって台風がこの地に上陸するというので、久しぶりにNHKの台風情報を

夜中まで観て、今日は寝不足の長屋の爺です



車で10分足らずの地域に土砂災害警戒情報、避難勧告まで出た時は

どうなる事かと思いましたが幸いにも大事には到らずホッとしています

本当に今年は自然災害が多いと実感するのですが、内心では

天の怒りの矛先が我々と言う事が、理不尽な話に感じています(笑)


さて、

他人には言えない秘密の一つや二つを持っているのが普通ですが

心に傷を持つ人はそれ以上に多いと思っている爺です


心に傷を持つ人は往々にして口数が少なく

その原因は常にその事が頭の中の重要な部分を占めて

時には口にできない心配となり、人に対する抵抗や遠慮

さらには自己嫌悪などを起こしてしまう気がしています


そんな人を傍から観ると気になるもので・・・

人々は原因を知らないばかりに、そんな人に対し「影のある人」「ミステリアスな人」

などと思ったりすることさえあったり(笑)


何でも正直に話しているようで、ある部分だけは固く閉ざす部分を持っている

そういう人なら周りに沢山いるはずなのだが、意外と気づかない事が多い


ニッポンが日本だった頃・・・

こういう人を指して「あの人は屈託があるようだ」と言った

すでに死語になったような言葉で、最近は「屈託のない笑い顔」などとは

言わなくなってしまったが、早い話一つの事を思い詰めたり、心配事や

人には言えない悩みがある事をいった言葉だった


あかるい話題で盛り上がっているときでも、どこか「冷めた」表情をする人

きっと身近にいるかもしれないですね


【進退谷まる】 しんたいきわまる

進退窮まると書くこともあるが、本来の意味から言うと「谷まる」が正しい

孔子が書いたとされる「詩経」の中の文で、【進退維谷】(進退これ谷まる)

から出た言葉だから「谷まる」があっていると思います

谷に挟まって行くも退くもできない状況ということでしょうか・・・

何やら長屋の爺の現状そのものではないか? なんて思っていませんか(笑)

同じ意味の言葉として【のっぴきならない】という言葉もあります

退き引きができない→のっぴきならない


【片腹痛い】

誰もが一度は聞いたり使ったことがある言葉かもしれません

この言葉は「かたわらいたし」と発音すべき言葉でした

この言葉は元来は【傍痛】と書いて「かたわら・いたし」と使った言葉です

「は」は音にすると「わ」ですけど、いつの間にか「かたはら」と読むようになり

「傍」も「片腹」に代わってしまいました

意味としては、言動や態度があまりにも身の程知らずで、見苦しく滑稽で

傍から観ていると苦々しく思う様を表現する言葉でした

だから「おなかが痛い様子」の言葉ではないのに片腹が痛いとは何とも

複雑な思いが・・・ 

チッ ちゃんちゃらおかしいぜ! (これも同じような意味です)



亭主・旦那・夫たちが自分の妻を指して【かみさん】と呼ぶことがある

これを不思議に思わない人が結構いるようで、本来は「上さん」と書きます

これは本来、上位者の奥方を呼ぶ尊敬語でした

それが一般の人妻に対して使うようになり、料理屋の店主にも使うように・・・

今では料理屋の店主を指して「女将」と書いて「おかみ」と読むようになった


ちなみに、年を重ねた奥方は「山の神」と呼ばれる

本来、山の神は怖くて大きな力を持ち、里人から絶大な信仰を集めていた

頭の上がらない亭主にとって、時に怖くて、我が家の実権(財布)を握る女性は

山の神にも匹敵する存在だったのでしょう(笑)


犬や猫を飼っている人が良く使う言葉「モフモフ」

ペットのやわらかい毛は誰が触っても心地よい感触ですね

この柔らかい毛のことを古き日本では【和毛】と書いて「にこげ」と云いました

和毛と書いて「にこげ」なんて素敵な表現が日本には存在したのです

毛繕い(けづくろい)もグルーミング、飼い主がするとブラッシングというのも

どこか粋じゃないと思うのは爺だからなのか・・・・・

「毛繕いするから こっちへおいで」とペットに言ってみては? 


【さかしら】

現場でプロの職人たちが精いっぱい仕事をしている場所に

経験も技術も無い「頭でっかち」な監督がしゃしゃり出てきて

職人たちを見下した態度で、段取りを指示するのは何とも腹立たしい事です

こういう「利口ぶって」「生意気で」「自信過剰」な話しぶりを「さかしら」といいます

大手ハウスメーカーの監督などその代表と言えますね(笑)

問題が起きると決まって職人に「しりぬぐい」をさせる事になることが殆どなのに・・・




◎  祭祀王なのか・・・ 

日本の天皇は祭祀王である ○か☓か・・・・

久しぶりの更新になりました

「日本の天皇家は神道家ではない」と言うと語弊がありますが

天皇家は神道の宗家だったのか断言できない長屋の爺です


晩節を汚す気などさらさら無いですが・・・・

天皇家が仏教徒だったことは普通に知られていることです

仏教徒ではなくなったのは「明治天皇」の時代からですから

歴史としては「百数十年」と言うところでしょう


仏教徒になったのが【聖武天皇】の時代である

それから延々と天皇家は仏教徒として生きてきました


そもそも日本(ヤマト)の国では、万葉の時代から奈良時代頃までは

天皇=現人神という認識が残っていました




私たち凡人は天皇=神であるなら、仏の弟子である天皇となると

仏 > 天皇=神 というように単純に解釈してしまいます


おそらく明治政府も明治天皇もその矛盾に気付いたのかもしれません

そこで仏教から離脱すること、仏教徒であることの否定を画策したのだろう

現人神の復権である

王政復古は「神の復活」でもあったのかもしれない


その後、何食わぬ顔で「祭祀王」を演じてきた天皇家だが

昭和天皇の願いも空しく、宗教観の曖昧さを露呈してしまった今上帝である

おそらく皇室祭祀は簡素化され、省略され、改竄されて【儀礼】としては

成立しなくなる事だろう


天皇家が仏教徒になった時点で、祭祀王では無くなった可能性が残る

神は常に【南面する】のであるから、神社も南の方角を向いて建てられる

当然天皇が現人神であり、神の子孫であるなら南面するのが道理であり

聖武天皇が「仏の奴」となり大仏に対し「北面した」時から天皇は神ではなくなった

私はそういう解釈をしています


神でなくなったと同時に、神の子孫でもなくなり、祭祀王と言う身分も放棄した

そのような解釈もしています

これについては異論があると思いますが、あくまでも私の個人的感想ですので・・・


そうは言っても日本人のアイデンティティーを簡単に否定するわけにもいかず

祭祀王であってほしいという願いは私の心の隅っこに存在しています(笑)

もし私のような捻じ曲がった皇室論の持ち主が多くなれば、皇室不要論は

大きくなるかもしれませんが、その確率は低いでしょう

なんたって「天皇陛下 いつもありがとう」、「M皇后さまいつも素敵・・・」

「M子さま お可哀想」の時代なのですから・・・


GHQのしかけた「時限爆弾」、臆病者マッカーサーの置き土産「パンドラの箱」

それが対に日の目を見たという事かもしれません


好きという感情を認めたくなくて、それ故に「嫌い」、認めることを受け入れられず「否定する」

愛するがゆえに敢えて「冷たく振舞う」

人間と言う生き物はそういう不可思議な行動をとるといいますが・・・

なんとなく日本人には悪口雑言を口にしながらでも、どこかで許している部分が

多少なりともあるのだと思っています

それでなければ皇室に対する「怨嗟の声」がこんなに小さいはずが有りません

まだ救える可能性が残る日本の皇室&天皇家

神の家の未来をどんな神に願い、どんな神に委ねればよいのか・・・

人それぞれの心の中に居ます神に祈る事なのかもしれません・・・・。




◎  糟目犬頭神社 

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【 糟目犬頭神社 (かすめけんとうじんじゃ) 】

岡崎市宮地町字馬場31にある郷社だが、地図には記載されていない神社である

大宝元年(701)に彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を祭って、槽目(現上和田町)というところに

建てられていたので槽目神社と呼ばれていた。

しかし、たびたびの洪水にあったため現在地(宮地町)に移されたと伝えられている

この神社は【犬頭伝説】、【新田義貞公首塚伝説】が残る神社でもある



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              (神門)


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              (石造り 鳥居)

石で造られた鳥居で【越前鳥居】としては最古の形式を伝えていると言います


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               (石造り 狛犬)

越前鯖江産の石製で慶長15年(1610)の作と彫られている


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              (石造り 唐猫)

狛犬と言われるものはたくさん見てきましたが、猫は初めて・・・・

慶長10年に造られた越前鯖江産の石製の猫

拝殿の奥(本殿の前)にあり一般の目には触れない場所に在るため実物を見る機会

は無いに等しいものです

(貴重なものを実際にこの目で観れて感激でした)


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                【 祠 (首塚) 】

新田義貞公首塚伝説が残る、「蓮池」に浮かぶ島にある祠

朱の鳥居と神橋の先に見える祠

この先は立ち入りが禁止されていて、遠くから眺めるだけである



* 首塚伝承

南朝の忠臣で上和田城主・宇都宮泰藤(大久保氏の先祖)が、延元3年(1338)、

足利尊氏によって京都に晒されていた新田義貞の首を奪い返してここに埋め、

その首を隠すために犬頭伝説を流布させ、犬頭霊社を祭ったと伝えられている


* 犬頭伝説

上和田の城主・宇都宮泰藤が、鷹狩の道すがら大杉の下で休んでいるうちに、

ついつい寝てしまいました。



しばらくすると大杉から大蛇が降りてきて今にも泰藤を呑み込もうとしていたが

泰藤は何も気づかず眠り込んでいた、その時つれてきた白い犬が大蛇を見つけて

しきりに吠えたので泰藤は目を覚ましたが、大蛇には気づかずまたまた寝入ってしまった

それでも犬は吠え続けているので、眠りを妨げられ怒った泰藤は刀を抜き犬の首をはねて

しまったという

すると犬の首は上へ飛び上がって大蛇ののどに噛付き、大蛇をかみ殺した

泰藤は驚き、後悔し、暫く茫然としていましたが、忠犬の霊を慰めるため犬頭霊社

としてこの宮に葬ったと言われている



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                  (手水)

シンプルな蛇口だけの手水、龍の蛇口とは言わないまでも

もう少し体裁の良いものだと良いですよね(笑)


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                   (百度石)


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                   (由緒書き)

以前来た時より文字が消えていて、読むことができない状態ですが

近いうちに改めて由緒をまとめたものを拝殿横に設置すると聞きました

そのころにもう一度訪れてみようと思います


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             (建て替え中の社務所)

見事な梁材を使用した立派な社務所

なかなか最近では観ることができなくなった立派な材料を

使っていました

瓦は地元三河が誇る三州瓦で、時代の先端を行く流行の

パッキン工法で建てられています

普段人の住まない社務所は湿気対策と耐震を兼ねて理想的な

工法かもしれません


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                    (太鼓)




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                  (本殿)

       【祭神】  彦火火出見尊 伊弉諾尊 伊弉册尊 素盞嗚命 犬頭靈神




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                 (拝殿 内部)

幕には「三つ葉葵」の紋が・・・代々岡崎城主から厚い庇護を受けていた

ということでしょう





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               (拝殿の額)

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◎  ご報告 

      天皇、皇后両陛下が来春のベトナム訪問で調整

 菅義偉官房長官は14日午前の記者会見で、天皇、皇后両陛下が来春にもベトナムを訪問される方向で調整していると明らかにした。

 菅氏は「わが国とベトナムは友好関係を着実に進展させ発展させてきており、ベトナムからは歴代国家主席がわが国を公式訪問している。これに対して、両陛下のベトナムご訪問はこれまで実現しておらず、ベトナム政府から累次にわたって両陛下に対し、ご訪問、ご招待があった」と説明した。



本当にこのような皇室が必要なのか・・・あらためて考えさせられてしまう記事である


高齢を理由に「公務が負担だから」という理由から「譲位」を言い出したのは

いったいどこの誰だった?

「ベトナムに行ける体力&気力があるなら、祭祀&公務をやれよ」とは友の弁だ・・・・




◆ 私事の報告 ◆

正式に決まった話ではないので、軽率な事は言えないのですが、この地を

離れることになりそうと言う話です

今日明日の話ではないですが、転居することになると思います

この地で10年という歳月暮らしてきたので、多少なりとも愛着はあるし

全てを失くし失意の爺を受け入れてくれた場所だが、世間で言うところの耐震が

不十分という判定がされ、築40年ははるかに過ぎた物件でもあり、家主が

建て替えを決意したらしい (借りている身では文句は言えない 笑)

完成するまでの期間、生活をする場所を探しても、元の場所に帰って来るには

もう一度引っ越しをすることになるわけで、いっそのこと転居したほうが経済的・・・

という結論です

ネコが居るのでどこでも暮らせるわけも無く、条件的に厳しいと思っているが

正式に決まればすぐにでも転居先を探さなければならなくなる

という事は、今以上に時間の制約が厳しくなりそうということで・・・

できる事なら暖かい季節に引っ越ししたいものだがw


最初の話が、キッチンと風呂・トイレのリフォームだったので、安心していたのだが

リフォーム+耐震工事なら、建て替えたほうが家賃も上げられるし・・・・

という業者との話し合いの結果なのだろうと思う


取り敢えず、1000回をきりにしてブログは休止しようと思います

突然言い出せば驚かれると思いましたので、一応そういう「予定になりそう」

という報告でした


経験から引っ越しの荷物の3分の1~半分は転居先で不要となり、ゴミと化す

のが定番なので、私は引っ越す前に産廃業者にかなりの荷物を処分してもらう

この場所だから必要な物、転居先で使えるかどうか判断できないものは、潔く

捨てて行くというのが流儀です

意外とシンプルな方が暮らしやすい

買う事はできるのに、捨てることができないと、重い荷物をいつまでも背負う事に

断捨離は人生に不可欠な事かもしれません(笑)

私の人生はどうやっても「波乱万丈」なのかもしれません

また・・それも佳きかなです




五言 臨終 一絶 ( 終わりに臨む ) 

大津皇子 作

金烏臨西舎 (金烏西舎に臨(て)らひ)

鼓声催短命 (鼓声短命を催す)

泉路無賓主 (泉路賓主(ひんしゅ)無し)

此夕離家向 (此夕家を離(さか)りて向かふ)


日本の古代の皇位とは、譲られたり坐して手に入るモノでは無かった

競争相手の命を奪って手に入れるものだった

そこには血のつながりも、肉親の情も存在していなかった

勝ち残った者にだけ許された栄誉が「玉座」だったと私は考えています

その血塗られた歴史は万世一系というベールで覆い隠され、表の部分だけを

勝者の論理と都合の良い歴史物語によってデコレーションされ皇統史という名で

我々の誇りとなってきたのが現実では無かったか・・・と私は思っています


今回の皇室問題を観る時、歴史は繰り返されるのだと、思いを新たにしました

日本人が考えているような天皇の公務が「激務」で「滅私」であるなら、争ってまで

手に入れるようなものであるはずがない

其処には庶民が想像もつかない「特権」「生活」「楽しみ」が待っているから

肉親同士で争ってまで就きたい地位なのだと思っています


サラリーマンが目指す「社長のイス」が、激務で休みも無く、私的時間など皆無で

報酬が管理職に毛の生えた程度なら、誰も目指さないのではないでしょうか?

日産のゴーン氏のように、年収数億円だからこそ、誰もがその頂を目指すのでは

無いかとも考えています


なぜ? どうして? の先にあるもの

全ての事柄には必ず理由があります

これからも、なぜ?どうして?の気持ちを持ち続けていきたいと思っています。

◎  神さまは観ている? 

この秋最長の7連勤もあと一日

おまけに連日のハードな現場に加えて

未だ体調が万全でない事・・・さらに車の車検で重大な故障個所が

見つかりバタバタしていたりで、落ち着かない一週間でした


やはり神さまは観ているのだろう・・・

「ヒマでいいや」と言えば、急に仕事が立て込んできたり

「春先に蓄えたから収入が少なくてもいい」と言えば

車検代の2倍も修理代請求が来たり(笑)


1~2日の間に更新したいと思っています

コメントの返事もその時に・・・・ご理解ください

週末まで休みたいのが本音だが、神さまがどう応えてくれるか



* 朝晩の温度差が大きくなっています

体調管理にはお気をつけて・・・(私が言うのもなんですが 笑 )

◎  久しぶりの更新 (983件目) 


久しぶりの更新になった

今回が983回目の記事である (1000回まであと17件です)

漠然とした思いで始めたブログで、此処まで続くとは予想しなかった


よくランキングに参加している方が「励みになりますから・・・」とクリックを

願うのを観て、そういうものなのか・・・と感じていたが

確かに振り返ってみれば、訪問者の多少で更新に対する思いが変わる

ことは実際に在ると感じている


最近は記事の題材が決められなくて、世間の関心が高い「皇室」ばかりを

取り上げてきたのは、自分が書きたいからというより、読者に対する気遣いの

ような感情で更新していたのかもしれないと思えてくる


じつはここの所、体調が思わしくなく、パソコンばかりでは無く、読書もあまり

捗々しくない状況です

仕事は休めないので、仕事中心の生活は当然だが、帰宅して最低限の用事を

済ませたら、床に就くという毎日でした

おかげで睡眠時間の長さは日本一かもしれません

特に「玄米お粥」は美味しゅうございました(笑)


私は健康のために何かを積極的に食べることはしない主義で

当然流行のサプリなどは購入しません

ただ・・旬の食材は例え一口でも、口に入れたい人間です

体調が悪くても、友人の寿司店で毎年口にする「鱧(はも)」が

食べたいばかりに、「玄米お粥」で体調を整えた愚か者です(笑)

秋を迎えれば、次は栗だけで作られた「栗きんとん」が目標です


それを買うためにわざわざ岐阜県まで「ゴルフ」に行く馬鹿ですが

食べたいものを食べたいときに食べる・・・

これ以上の贅沢は無いと思っています



こんな日常日記みたいなものでは私も気が引けますので、少しだけ

不必要な善意らしい事を書いてみます


天皇の務めは「祭祀を恙なく執り行う」事なのは、みなさん承知の事ですが

では・・天皇の「義務」とはいったい何でしょうか?

正解は・・私も分かりません(笑)


ただ、私が考える天皇の義務とは、多くの皇子(親王)を儲けて皇統を

次の時代に伝えることではないかと考えています


どんなに人気があり、能力があっても、天皇として皇子を儲けない天皇は

天皇の義務を果たせない「不適格者」と言えるのではないでしょうか


なぜ天皇家が続いてきたのかは、皇子が絶えずに連綿と繋がってきたから

にほかなりません

跡継ぎのいない家は、「婿養子」をとって繋ぐ定めですが、皇室においては

男系が原則であり、養子はみとめられないのです

そういう意味からも天皇とは祭祀王として祭祀を伝えながら、次の世代に繋ぐ

皇子を多く儲けなければならない義務と宿命を背負っているのだと・・・・



日本の皇室の本当の危機とは、政権が変わる事でも、天皇の立場が変更

されることでもありません

天皇に皇子が誕生しなかった時こそ、皇室の危機なのです


持統天皇の血統(直系)が絶えたのも、天武・持統系の天皇には、親王が

一人しか誕生しなかったことがずべての原因であり、さらに聖武天皇は内親王

しか残せなかったからだと私は考えています


有力な親王を排除してまで即位させた聖武天皇が残したのは「阿部内親王」

のちの孝謙天皇(女帝)でした

光明子(籐三娘)の力が強かったばかりに、他に親王を誕生させる手段が閉ざされた

結果かもしれません


今の日本が「最低限の安定」を保っている「綱渡り的状況」なのは、巷間で噂の

出産制限なる「陰謀」が齎した危機と言えるかもしれませんが、真実は分かりません


一夫一婦制を維持することが時代の流れとするならば、皇太子妃や親王殿下の

妃候補者は日本人であり「健康」であることが最低条件になります

徹底した健康診断ができなかったり、拒否する候補者は妃候補から外すくらいで

ちょうど良いと思います

現皇太子妃選考において、そういう認識が宮内庁の幹部にあったのかどうかが

本来は問われるべき問題だと私は感じています

(害務省からの転属役人に、日本の伝統・文化の認識など有るわけも無いが)


惚れたはれたで結びついてよい「家」では無い事を、国民もきちんと認識すべきであり

国家転覆にも匹敵する重大事項を、最優先にしなかった宮内庁と政府の失態は

大きな罪だと私は考えています


よく老舗や旧家では、「嫁して三年 子無きは・・・」と言いますが、嫁が憎くて

言うのではないそうです

家を守るには「跡取り」が何よりも優先されるからだと聞きました

古い家制度では、夫に嫁ぐと言うより、家に嫁ぐと言ったほうが的確かもしれません


もし噂がほんとうなら、M皇后の犯した罪は想像以上の大罪だと言えます

国家を危うくさせる許されざる大罪が事実としてあったのか・・・

その主役が、この国の国母であったならば、天の怒りを受けるのは当然かもしれない

この異常気象や度重なる災害にも、国家元首は「公務が負担」「年齢が・・・」と国民の

災難には関心が薄いようで、ピアノを弾いている状況ではないと・・・・世間は言います


全てを時間が解決してくれることを願うしか今の私にはありませんが

千代田の住人に代わって、八百万の神々に毎日謝罪しようと考えています。

◎  万世一系を考えてみる  

歴史の一つの事柄を観るにも、観る角度、位置、基準によって

千差万別の見え方があるのかもしれない


私を含めて日本人が【万世一系】というものをどれだけ理解し

自分なりの考えを持っているのかを知る機会はきわめて少ない


一般的に「万世一系」といえば、天照大神を祖とした家系(血脈)が

代々続いていると言う概念である

これについては肯定も否定もできない事はハッキリしている


このブログで何度も書いてきた「その時代、その場所に立ち会う」ことでしか

歴史の真実を知る事ができない最低条件だからである


その時代の人間が書き残した文献ですら、個人の立場、基準で書いている

のだから、公平・公正、そして真実とは言い難いのである


話を戻すと・・・

万世一系というのは、あくまでも神話の世界から続いてきたという「大前提」

が基準になっていることを、私たちはきちんと認識しなければいけない


だが、どの家庭・家系でも「嫡流」というものと、「傍流」というものがある

平たく言うと、「本家筋」と「分家筋」という事ができるのだ


日本の皇室は「婿養子」は居ないという歴史になっているのだから

あくまでも「本家・分家」の基準で考えてよいと思う

どうしてこんな事をいう?

南朝・北朝というものが、かつて存在したことはご存知だと思う

この南朝系・北朝系というものも、見方を変えれば本家・分家という

ことがいえるのではないか

いまの天皇家は北朝系と言われているが、これが正しい皇統かどうかなど

議論する意味も無いが、明治からは南朝系だという説もある

これが事実なら国内での小さな「易姓革命」かもしれない(笑)


日本は歴史的な基準に照らしても「易姓革命」は起きていないが

男系男子での皇位継承は残念ながら途絶えていたと言う事ができる


だが歴史を振り返ってみても「一夫多妻制」の歴史において、嫡流など有って無きが如し

権力の後ろ盾がなければ、年齢も嫡流も意味をなさなかったのが歴史事実である


日本の皇室には断絶の危機が何度かあったと言われている


史書によれば・・・第26代 継体天皇は傍流も傍流、応神天皇五世の孫という

それも越前の三国に住んでいたと言うのだから、皇統だったかすら不明に感じる

宮廷のだれが、その人物を応神天皇の子孫だと言いきれたのか大きな疑問だ・・・

(21世紀の現代、内親王が替え玉・影子と噂されていることでも推測できる)

この時点で、皇統が断絶して、血統が変わっていた可能性は否定できない

なぜなら、日本の臣民のうち、何人の人間が天皇の素顔を観ることができたのか

そういう事からも、権力者たちによる統治とは如何様にもでき得る可能性が高かった

ということになるのである (疑い出したらきりがない事は承知なのだが)

*あくまでも可能性の話であることを承知してください


私は皇統が変わった可能性があるのは、第29代 欽明天皇の時代から

それも、何代にも及んで起こったのではないかと勝手に思っている

大雑把に言うと、欽明天皇から天武・持統天皇の時代である

欽明天皇の時代は仏教が入ってきた時代であるが、このころは未だ

「天津神」という認識が定着していなかったと思っている

この時代では八百万の神、つまり「地祇(くにつかみ・ちぎ)」が皇室の

信仰する神だった

天皇が仏教を導入しようか迷っていた時、群臣たちは「地祇」の怒りを

たいへん怖れていたと言われている


天皇が天津神の末裔なら、地祇(国つ神)の怒りより、天つ神の怒りを

先に心配するはずではないだろうか・・・・

この時代は皇祖神・アマテラスという概念は無かったと思う根拠でもある


この後は仏教推進派と廃仏派の激しい権力争いが繰り返され、その影響から

皇位継承問題も「きな臭い」事件が頻発していて、どこまで信じてよいか判断できない

ような皇統史なのである


とくに私は第32代 崇峻天皇の暗殺によって、即位したわが国最初と言われる

女性天皇 推古天皇 は捏造だと考えている

一連の事件で活躍したとされる用明天皇の皇子・厩戸皇子が推古天皇の即位と同時に

摂政に就いて「政務」を取り仕切っていたと言う事に不可解さを感じている


皇統男子、万世一系と言うなら、能力もあり年齢的にも問題の無い厩戸皇子の

ほうが天皇の妃より、適任者だったと誰しも感じるはずだ・・・・

何か不都合があったなら、摂政になど指名されないだろうし、政務を取り仕切る

ことも適わなかったと考えるのは当然ではないだろうか・・・

*日本で最初の女性天皇は持統天皇だったと言う根拠でもある


なぜ私が皇統が変わっていると思っているのか?

それは、それまでの天皇が仏教導入に関して、慎重・中立だからである

欽明天皇から崇峻天皇までは、明らかに仏教を推進する天皇は居なかった

ところが、推古天皇の時代からは仏教が導入され、皇室に深く根付いて行くのである

神の子孫である天皇家が仏教に帰依する発端は別の意味で皇統が変わったことを

意味する可能性があると私は思っている


欽明天皇の直系と言っても、敏達天皇系と用明天皇系があり、どちらが直系なのか

一概には言えないが、崇峻天皇・厩戸皇子は用明系であり、後の舒明天皇・天智天皇

は敏達系なのである

つまりはどちらか本流で、どちらかが傍流だったという見方ができる

大きな皇統の中の小さな流れに明らかな変化(血の流れ)が見えた瞬間である

( 私は天皇の血統だけでは無く、皇后の血統も大きな流れを変えることを含め

皇統が変わると考えている )


私はこの時点で、大きな括りで言えば、天皇家は神道から仏教へ宗旨替えをしたと考えている

今のような皇祖神を主体とした「皇室神道」は、持統天皇の時代から始まったと

強く感じているのであり、なぜ皇統が変わっていると考えるのかは、次の時代の系統がすんなり

皇位継承ができず、皇后が即位したことが一番の理由なのである


嫡流(直系)にしろ傍流にしろ、皇位継承に何ら問題が無ければ、誰かが即位したはず

それができずに前代未聞の皇后が即位して、重祚だとか、「称制(しょうせい)」を行ったなど、

捏造どころか滑稽な論理にしか聞こえないというのが私の自論だ

正当な皇位継承なら人臣たちが皇位に押し上げるだろうし、それがなされなかったところに

見えない謎のようなものがありそうである


その混乱を逆手にとって、皇祖神を男神から女神に変更し、形の上での「神道」を

中心に皇統を奪取したのが持統天皇と不比等だったのかもしれない


それまで神社という「施設」がほとんど見られなかったヤマトに、皇祖神を頂点に

神社信仰という新しい信仰形態を構築し、天皇という存在(チカラ)を定着させた

素晴らしい発明だったと考えている



アニミズムから仏教、そして仏教&神社神道という形で、この国を統治する形が

作られてきたと、私には思えて仕方がない・・・・


天皇家が代々血がつながっていたかなど、日本人は知っていたのだろうか?

現代ですら夫の子供と言われていた子が、実は別の男性の子だった・・・

そんな話が21世紀にもあるのだから、天皇家の血のつながりなど詮索しても

意味の無い事に感じてしまう (古代の男女の性の事情はおおらかだったという)

私は血がつながっていたかどうかなど大したことではないと思っていて

日本人にとって天皇として「相応しいか否か」が本質に在るのであって

天皇家に血統という言葉がふさわしくなく感じて、皇統という言葉を

常々使っている理由でもある

日本人が8世紀ころから信じてきた(信じ込まされてきた)天皇の祈りこそ

日本人が天皇を崇拝し、日本人の誇りにしてきた「心の柱」だと・・・


ここで、私の長年の疑問を書いてみたい

日本人は天皇が、誰にどんな祈りをささげていると考えているのだろうか?

アマテラス(天照大御神)でしょうか・・・

八百万の神 でしょうか・・・・

八幡神でしょうか・・

オオクニヌシの神でしょうか・・・

ぶっちゃけた話、私たち日本人は漠然と「神に祈ってくださっている」 と考えている

というのが本当の処ではないですか(笑)


天皇の祈る相手(神)が誰という限定をしないでも、天皇を信じられる日本人

これが日本人の日本人たる所以でしょう


私たち日本人の考える神々の向こうに在る存在

自然と共に生きてきた日本人の「感謝と畏怖」の心の対象

そう・・・【精霊】ではないかと私は考えています


モノ皆 神が宿る世界、それが日本という国であり、その神々に祈ってくれている

存在が天皇だと信じ込む日本人

その日本人の頂点に在る天皇の資質に疑問を感じている

赤子(国民)のために祈らない祭祀王が必要なのか、認めて良いのか・・・・・

それが今回の騒動の「根本」だと私は感じています。

◎  台風と「おもてなし」 


また台風が九州に上陸するとか・・・・

尋常でない事は国民の多くが感じ始めている最近

高齢のため公務が負担になっていると言いながら

一般社団法人照明学会創立100周年記念祝賀会に出席したと

報道があったのは、何かの間違いだろうか?

一般社団法人の祝賀会と公務のどちらが天皇の務めなのか?

と言ってみたところで、「ごまめの歯ぎしり」だろうけど・・・


台風は本来 【颱風】 と書かれていたが、戦後旧字廃止に伴って

台風と書かれるようになった

颱風という漢字は17世紀の台湾の 【林 謙光(リンケンコウ)】によって

使われ始めた言葉とされる

台湾のある地域では正月から四月に吹く大風のことを 颶 (ぐ) と呼び

五月から八月に吹く大風の事を 颱 (たい) と呼んだ

*ちなみに日本では 颶 (ぐ)の漢字は「つむじかぜ」と読む


日本で颱風(台風)という言葉が使われ始めたのは明治末期からであり

それまで日本では台風の事は【野分(のわき・のわけ)】と呼んでいたのである


タイフーンは台風が語源という俗説があるが、間違いである

タイフーンの語源は諸説あるが、ギリシャ神話に出てくる怪物typhon(テュポン)

からギリシャ語という説、ペルシャ語の「嵐」を意味するtufan(チュファン)だとする説

などがあり、typhoon(タイフーン)という英語は16世紀には既にあったとされる


最近やたらと目にする言葉に【おもてなし】というものが有る

「おもてなし」をはき違えているものも多く、それらを含めて氾濫状態である事に

少々残念な気持ちがしている

おもてなしと言う言葉の意味は深く、正解など無いとも言えるのだが

辞書に書かれている「もてなす」とは微妙に違うものが日本人のDNAの

なかに潜んでいて、もっと精神性が高い言葉だと感じている


私流に考える「おもてなし」とは、パフォーマンスでもなければ、ショーでもない

「私」「我」を後回しにした、相手に対する「思いやり」と「コミュニケーション」

の表現法ではないかと・・・・

贅(ぜい)をつくすことが「おもてなし」ではない

豪華絢爛である事が「おもてなし」にはならない

相手に心を寄せることが「おもてなし」の基本ではないかと思っている


立派な「箱もの」や、新しい「道路」を造る事が「おもてなし」とは言わない

ぜひ東京五輪の「おもてなし」は細かなところで外国人に配慮した

「下ごしらえ」をして、精一杯「腕によりをかけて」、日本の伝統を前面に出し

日本らしいおもてなしを提供してほしいものである。



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