不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  神社を知ると・・・ 


私が生まれた時には、天皇家という家が存在しました

では天皇家はいつのころからあるのでしょうか?

正直な話、私はわかりません・・・・

書いてあるから事実と言うなら、二千数百年前からかもしれませんし

千数百年前からかもしれません


さて、日本という国はいつのころから存在したのでしょうか?

私は「天武朝」「持統朝」と呼ばれた時代からだと思っています

「やまと」という呼び名から「日本」という呼び方が定まったのが

そのころだと思えるからです

へそ曲がりな解釈をすれば、日本誕生から千三百年~千四百年しか

経っていないという解釈もできます(笑)


「中国四千年」と言いますが、四千年前に中国と言う国は存在していません

四千年の歴史とはどこから導き出した話なのか・・・・

アメリカ(北米)大陸には8世紀から定住した文明があったと言われているが

アメリカ人は千数百年の歴史とは言わない

それはアメリカの歴史では無く、大陸の歴史に過ぎないからだろう


ましてや、「半万年の歴史」と豪語する半島人にいたっては・・・

論外としか言いようがない(笑)

彼等半島人は高句麗人でもなければ、韓人(からびと)ですらない

そもそも現在「朝鮮人」と言われている民族は、半島東北部の

太白山脈の東側に住んでいたワイ族の子孫である

(韓人とは半島南部に住む倭人系民族で、彼らは、当然倭語(日本語)を話した)

本来の朝鮮人とは、衛氏朝鮮国の住民である漢人(チャイニーズ)が

「朝鮮人」と呼ばれていたのである





では神社はいつごろから日本に登場したのでしょうか?

「神社(じんじゃ)」という呼び方は明治ころに定着しました

ところが「神社」は明治期以前には無かったかと言うと、そんなことは有りません

ただ呼び名が「神社」では無く、「宮」「やしろ」などと呼ばれていました

その「宮」でさえもいつごろから呼ばれたかは明確にはなっていません

(書いてあるからと言う根拠を無視した場合ですが)


日本人が「古くから」と思い込んでいることでも、意外と近世になってから

生まれた物も少なくありません


その一つが「ん」という言葉にまつわるものなのです

神社(じんじゃ)という呼び名がなぜ明治期に定まったのか?

そこに「ん」という文字が大きな役割を担っているのではと思っています

以前にも書きましたが、神社は「かみのやしろ」「やしろ」、神宮は「かみのみや」

「かむみや」と記紀には記されています

神社と呼びたくても、「ん」という文字表現が確立していなかった時代が

長く続いていた、そんな気がしています


神社と言うものを知れば知るほど、解らなくなるのはなぜなのでしょう


ご存知の通り、神社は基本的に、拝殿と本殿から成り立って居ます

拝殿とは神さまに対面し拝礼する場所のはずですが、私たちは

その前に在る「賽銭箱」のまえで拝礼します・・・

拝殿に入りたければ、「初穂料」という別のお金を支払うシステムです

これって・・・不思議ではないですか?

特別にお金を払った人だけ入ることが許される「拝殿」とはいかに?

神さまって「お金を欲しがる」習性でもあるのだろうか?


伊勢神宮は古い時代(江戸時代)は、遷宮したのちも「古い社殿」は

そのままに残され、誰でも自由に立ち入る事ができたという

(その古殿が解体されるのは、遷宮の39年後だという)

その神宮の社殿等の配置は平安期とは違い、明治期から始まった配置

であり、我々が古の神宮と思っているのは、わずか150年前からの

新しい伊勢神宮の姿なのである (・・と言っても、中など観ることは適わないが)

古代、古さを強調すればするほど、見えてくる「新しさ」は「神社」全般に

言える事なのかもしれない


【悠久の時を経て・・・】 と聞けば、何とも厳かな貴い気分になるが

知った時の失望感は半端ではないものとなる(笑)

ではまた・・・。

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