不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  人の心と欲の歴史 (結) 

私は近代史は得意ではない

というより、幕末の日本が嫌いだと言う理由が原因でもある


官軍と呼ばれる者たちに「大義」など無いというのが持論であり

尊王攘夷 と 勤皇討幕 が混同されているから尚の事始末が悪い


専門ではないので多くは語れないが・・・・

徳川幕府が外国と条約を結んだことが許せないとして起こったのが

攘夷運動であり、尊王と攘夷は本来は別のモノである

* 攘夷論とは西洋諸国に対応した海防論の一環で排外思想のこと

* 尊王論とは天皇を国家最高の権威として尊崇する思想

神国日本が外国に諂う事を善しとしない攘夷論と勤皇思想(尊王論)が結びついて

尊王攘夷という運動が始まったと記憶している

そもそも尊王攘夷とは本来,幕府を否定するものではなかったのである


当初は朝廷も攘夷で纏まっていたのではないかと思う


ところが薩摩・長州は英国並びに連合軍に敗れると、あっという間に

開国に舵を切ってしまい、弱腰の幕府を非難できないようになったと言うべきだ

彼等の言う「大義」などその場しのぎの「口実」でしかない

開国やむなしとしても、討幕はまったくその意義を感じられない

攘夷論も開国も、尊王にしても単なる詭弁であって、クーデターが最終目標だったか

どんな思想であっても、天皇に政(まつりごと)が戻った時点(大政奉還)で成就した

はずではなかったか?

薩長や土佐などの官軍とは、クーデターを起こした反乱軍でしかない・・・

錦の御旗も「眉唾」ものかもしれない可能性すらある


その薩長連合と幕府の挟間で苦悩したのが孝明天皇だったかもしれない


明治維新は改革でもなんでもない・・・単なるクーデターだった

私の幕末騒動、明治維新嫌いはこういう欺瞞に満ちた歴史を

容認できない事から起こっている(笑)


暗殺された可能性がある天皇

第121代 孝明天皇

仁孝天皇の第四子 母親は正親町雅子(おおぎまち なおこ)

幼名 煕宮(ひろのみや) 諱 統仁(おさひと)

終生攘夷論を頑なに護った天皇であり、公武合体により外国を排除し鎖国を

続けるために苦心したが、頼みとした薩長が攘夷派から開国派へと立場を変え

たため、頑なに譲位を唱える孝明天皇を邪魔に思う者たちが現れた・・・・


此処からは長屋の爺の妄想であり、暴論である (批判・指摘は遠慮します)


おそらく天皇の近くで孝明天皇を亡き者にしたい勢力は、隠密裏に事を成就

する必要があった

その結果、暗殺では無く都合よく病死することが重要だったのではないか

いわゆる「一服盛った」のである

当然ながら、孝明天皇の子が次期天皇に即位した

第122代 明治天皇である

父 孝明天皇 母 中山慶子(よしこ)

幼名 祐宮(さちのみや) 諱 睦仁(むつひと)

母の父は権大納言・中山忠能(ただやす)といい、明治天皇は

五歳になるまでは忠能のもとで暮らしたという・・・

生来、体が弱く気質も穏やかだったようで、蛤御門の変(はまぐりごもんのへん)

の際には、衝撃を受け失神してしまったという

それほど武力や騒動には似合わない気質の親王だった


ところが即位して間もなく、武力や闘争に相応しくないはずの天皇が豹変し

倒幕に突き進んだのである

いったい明治天皇に何があったのか?



世間ではある説がささやかれている・・・

明治天皇替え玉説である

    すり替えられた天皇

日本の天皇で「すり替えられた」とされる天皇は何人か居ると思える

その内、最も怪しいのが聖武天皇と明治天皇である (爺の暴論だが)


今我々が明治天皇だと思っている人は、後醍醐天皇の子孫である

【大室寅之祐】という人物とされる

長州の田布施という所に住んでいたとも、南朝の末裔だとも言われている


◆ 明治天皇の幼少期の顔と明治天皇の顔は似ても似つかないのはなぜ?

◆ なぜ都を京都から江戸に遷都したのだろうか?

◆ 明治天皇は母親である中山慶子の墓に参ったことが無いのはなぜだろう?

◆ 明治天皇は「左利き」だといわれるが、当時は矯正されて「右利き」になっていたのでは?

◆ 虚弱体質で神経が繊細な子供だった睦仁親王が、180センチ90キロの堂々たる

 体躯であったのはどうしてか?

◆ 睦仁親王は乗馬を嫌い、いつも輿に乗っていたのに、鳥羽伏見の戦いで馬上から

 閲兵したと記録されているのは?

◆ 天皇の前では誰もが起立するのに、守役だった伊藤博文は椅子に座ったままで、

 剣も腰に下げたままだったのはなぜ?

◆ 過去に一度たりとも伊勢神宮に足を踏み入れなかった天皇が、どうして明治天皇は

禁を破って参拝したのか?

◆ 明治44年、南朝・北朝のどちらが正統か、帝国議会で議論され、南朝が正統と決定され

 、明治天皇もそれを承認したのはなぜ?(現在の天皇家は北朝系の皇室である)


明治天皇の意向で創建された【吉野神宮(吉野宮)】 の御由緒に

「近代日本の繁栄の基は明治維新にあり、明治維新の根源は

後醍醐天皇の建武の中興と吉野朝の歴史にありといわれます」
 と書かれている

後小松天皇から続く北朝の皇統を絶ち、後醍醐天皇の血筋による南朝の皇統に

すり替えたのは幕末の薩長という討幕派であり「明治新政府」なのかもしれない


明治天皇はどうして「楠木正成」「新田義貞」らを称賛し手厚く遇したのか?

明治になってから建武中興にかかわった人物を祀る神社が作られた

* 吉野神宮 (後醍醐天皇)

* 鎌倉宮  (護良親王)

* 井伊谷宮  (宗良親王)

* 八代宮  ( 懐良親王 )

* 金崎宮  (尊良親王・恒良親王)

* 小御門神社  (藤原師賢)

* 菊池神社  (菊池武時・菊池武重・菊池武光)

* 湊川神社  ( 楠木正成 )

* 名和神社  (名和長年)

* 阿部野神社  (北畠親房・北畠顕家)

* 藤島神社  (新田義貞)

* 結城神社  (結城宗広)

* 霊山神社 (北畠親房・北畠顕家・北畠顕信・北畠守親)

* 四條畷神社  ( 楠木正行 )

* 北畠神社  (北畠顕能・北畠親房・北畠顯家)


皇居内には楠木正成公の大きな像が建っているのも不可解なのである

(明治29年 寄付により建立された)

まことしやかに囁かれる風聞かもしれないが、私は皇統が明治になって

北朝から南朝の血筋に変わった可能性が高いと思っている

私が近代史に不信感を持っているからこそ、この時代には触らないように

心がけてきたのである・・・・


* 雅子 ? ひろのみや ? 孝明天皇との因縁が今の皇室に在るのかは

疑問ですが、事実は小説より奇なりとも言います どう考えるか感じるかは

読者に委ねます(笑)
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長屋の爺殿 こんばんは お邪魔します。

謎のままにしたくないこと

私が薩長に詐欺師的感情を抱く理由の一番は、日本を敗戦に導いたのは薩長に責任なかりしか? 他に方策なかりしだったのか?
どうだ!? という思いからです。

長州人が責任を取るつもりはさらさらないことは分かっていますが、“隼人”と称された薩摩人は責任を感じないのか!?

「そうだそうだ、勇敢な“薩摩隼人”は西南の役で勇敢に闘って討ち死にしてしまったからしょうがないんだ。」ですか? もやもやは消えません。

明治帝の謎については「私の目が黒いうちにはっきりさせる」と願っていますが謎が多すぎる。

体躯についてすら分からない。“巨躯だった”という説が定説?でしょうか。
玉体に触れる分けにはいかず、目分量で仕立てられた服を纏われていたそうですが、、、

しかし死後、玉体を測ったところ、ごく小柄な体格だったという事実もあり、、

明治天皇とは本当に何者だったのでしょう?

2016/04/08(金) |URL|AKI [edit]

こんにちは。

オボロな知識ながら、明治帝のお話、大変おもしろく興味深く読ませていただきました。

大男だった…あり得ない話よね、とは、感じていました。お顔も違うとか。

KUONとしては、

雅子

ひろのみや

これ何よ、面白いじゃん、と、へええ、度がアップしてしまいました。

「雅」という文字は、好きな文字でしたのに残念です(オイオイ)(笑)。

2016/04/09(土) |URL|KUON [edit]

AKIさんへ

AKIさん こんばんは

風聞は満ちて漏れるばかりではなく、意図的・恣意的に流されるものも多々あるように思えます

鵜呑みにすることなく論理的に自分なりの咀嚼が欠かせないように感じています

軽んじているからでも、疎んじているからでも、否定するからでもないのに、事実を見つけたいと願う事を否とする人間もいますから・・・・

2016/04/09(土) |URL|長屋の爺  [edit]

KUONさんへ

KUONさん こんばんは

風聞がどうなのかは知る由も無いですが、物事には理由があり、世の中必ずといって良いほど「論理的説明」ができるものです

疑問を打ち消すだけの説得力のある「識者の意見」が無いように思え

今の皇室の疑問もこれに当てはまるのかもしれません

全ての疑問は必ず「事実という根」から伸びている?に導かれています

「火の無い処に煙は立たない」「因果は巡る」とは神さまの声かもしれません(笑)

2016/04/09(土) |URL|長屋の爺  [edit]

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