不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  東大寺二月堂 修二会 

       ◆ お松明夜空焦がす、修二会の本行始まる…東大寺 ◆

 奈良市・東大寺二月堂で1日、修二会(しゅにえ)・お水取りの本行が始まった。

堂に籠もる11人の僧・練行衆(れんぎょうしゅう)の足元を照らす「お松明(たいまつ)」(長さ約6メートル、重さ約40キロ)の炎が夜空を焦がした。

14日まで毎晩ともされる。

 午後7時過ぎ、お松明を担いだ童子10人が練行衆を先導して堂へ上がり、堂の舞台を走って欄干から松明を突き出したり、回転させたりした。火の粉をかぶると無病息災で過ごせるとされ、詰めかけた参拝客から歓声が上がった。

 修二会は大仏開眼と同じ752年に始まり、今年で1265回目。練行衆は15日未明まで、人々に代わって十一面観音菩薩ぼさつに懺悔(さんげ)し、国や人々の安穏を祈る。

         2016年03月02日 Copyright © The Yomiuri Shimbun




神様の数は増えているのだろうか 減っているのだろうか

平安時代では少なくとも1万4000余柱の神さまの名前が記録されている

何処に書いてあるのか?

それは東大寺「お水取り」に関する縁起に記載されていて

実際に僧侶が読み上げ、勧請する場面を聞いたことがあるが

前半は「**の大明神」という読み上げ方をしていて

本当に1万4千余柱の神名を読み上げているかは知らない・・・





◆ 修二会では経を唱える十一面悔過の他に、毎夜19時の

「初夜」に神名帳の奉読がある。

神名帳には日本全国60余州に鎮坐する490ケ所の明神と

14000余ケ所の神々の名が書かれおり、それを読み上げて

修二会を参詣せよと神々を勧請し、19時頃の「初夜」と

23時頃の「後夜」に大導師の祈願と咒師の四王勧請が行われる。

  《 二月堂縁起より 》


しかし・・・日本全国に祀られる祭神を集めたとしても、おそらく1万4千には

遠く及ばないのではないか・・・

どうして平安時代にそれほどまでの神名を把握できていたのか?

その神々は何処に祭られていると言うのか?

盧舎那仏は答えてはくれないだろうが・・・


私は全国各地に存在する、あるいは存在した【祠】にはそれぞれ

違った名を持つ神さまが祀られていたのではないかと考えている

当時は全国各地から報告させた「神名一覧」のようなものが有った

それを基に東大寺でも勧請していると思っている


ではその神々は今どうなっている?

おそらく、その大部分が不明になっているのではないか

神仏習合の陰で失われたかもしれないし

幾多の内戦で祠そのものが消え去ったかもしれない

名は残されなかったが言い伝えだけが残っているかもしれないし

神さまが鬼に姿・形を変え伝えられているかもしれない

鳥居が稲荷社のようだが、祭神がメジャーな神さまであったり

祭神と神社名が不自然な社とか・・・・


たった一つの言葉ですら、永い朝を経れば変わってしまう現実から

考えれば、しかたが無い事なのかもしれないが

中央の力が強かった場所の神さま【地主神】は淘汰され、失われて

しまったのかもしれないし、同じような神威の神さまは中央の都合で

吸収されて一柱に集約されたかもしれない


失われた神の痕跡が見つけられなければ、永遠に知られることは無いだろう

できる事なら・・・修二会で読み上げられる「神名帳」を観てみたい気もする。


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