不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  男系に固執すると見えないもの 

ここ数日体の調子が悪い

健康で万全なことなど一日たりとも無かった長屋の爺だから

これが普通と言えば普通の部類なのだろうが(笑)

痛い・悪いで仕事を休んだことが無い大ばか者であり

痛いと言って家で寝ているくらいなら仕事に没頭しているほうが気楽な

異常者である

そんな爺も寄る年波には勝てないのか・・・

休みたいとは思わないが、少々「しんどくなった」・・・

これからは体調がすぐれない時は「休む(更新を)」事にしようと思う

次の休みには何としても「梅まつり」に出かけたいから必死である(汗)


さて人間は物事を見たり考えたりするときに、必ずと言っていいほど

先入観を持つようだ

例えば父が高貴であれば、母がどういう人でもその子は高貴な血を

受け継いでいると考えがちである

これは日本人特有なのかもしれないが、父方を優先して考える傾向にある

「父祖の・・・」と言う言葉があるように、父方を全ての基準にすることが多い



蘇我氏・・・唐突な話だが、蘇我氏ほど謎の多い氏族は無いと私は思っている

歴史から消されたわけでもなく、高評価されるでもなく、しかし歴史には歴然として

君臨している大豪族である

私は蘇我氏の力は「女性力」だと思っている

蘇我氏と言うと、稲目・馬子・蝦夷・入鹿・赤兄など男性ばかりに着目するが

本当に目を向けなければいけないのは女性ではないだろうか?

私はそんな事を考えている


では蘇我氏の女性とは誰の事なのか・・・すぐに思いつく「蘇我の女性」とは

いったい誰なのかは、個人差があるかもしれないが

ある人は【刀自古郎女】かもしれないし、【穴穂部間人王女】かも

あるいは【小姉君】、【堅塩媛】、【越智娘】【御名部皇女】かもしれない

蘇我の娘で天皇位に就いたとされるのは、判っているだけでも【推古天皇】

【持統天皇】【元明天皇】【元正天皇】である

天智天皇の血だとか天武天皇の血統という発想は「父方重視」の視点での考察

でしかないと言う事です



血は水より濃いとは到底思えない現実が多くあります

血がつながっているから、血が濃い故に・・・多くの血が流されてきた歴史があります


父方の血を優先させるのなら、厩戸王子が即位できなかったのは解せませんし

大津皇子が即位できなかったのも理解できなくなってしまいます


この歴史結果は母方が優先されたからに違いないのです

母方と言うと少し違う事になってしまいそうなので、母の血と言ったほうが適切かもしれません


大きな篩(ふるい)を連想してください

一番目にある篩の目は大きく【母方・母親】の出自と言う分類になります

次にある篩の目は少し小さくなって【父親・父方】の血統と言う分類です

次にある篩は【年齢】という分類で、成人しているかどうかが問われます

次にある篩は【群臣の目】というもので、客観的な周囲の目と言う分類です

そして・・最終的な篩の目は【母親の意思】というもの・・・・


父親がどう望もうともすでに身罷った身の天皇に言葉など有りません

ここの段階では父方の血とか母方の出自とかは【添え物】に過ぎません

あくまでも母親の執着心が群臣を動かすかどうか・・・


若し、歴史の定説のように推古天皇が厩戸王子を差し置いて即位した

のならば、皇位を誰にも渡したくなかった結果であり、たとえそれが

兄の子であろうとも、「権力」を保持したかった理由ではないか


前天皇の后などというものが、意味を持っていなかったからかもしれない

現代的な解釈では、前天皇の后は皇太后という名誉と処遇が約束されて

いると考えがちだが、歴史の先・前皇后(女性)たちはそれほど高い扱いを

受けていたとは思えないのである


処遇や生活が変わらないのであれば、無理な事をする必要も無い

しかし悪くなるとなれば、強い意思のある女性なら「動いた可能性」は否定できない

さらには周りに居並ぶ群臣たちが、どちらを選択するのが自分に都合が良いのかを

判断して決めたかもしれない


推古天皇も持統天皇も天皇の娘という見方だけでなく、蘇我の娘だったという

角度から考えてみるのも面白いと思う・・・


蘇我の娘でありながら、姉妹でありながら、天皇家の血を受け継ぎながら

身内・血縁でありながら、多くの血を流してきた皇家なのである


持統天皇、太田王女、元明天皇、御名部皇女は蘇我馬子の玄孫であり

彼女たちの子が、大津皇子であり草壁皇子、長屋王なのである

そして山背大兄王子、古人大兄王子は蘇我馬子の孫ということだ


蘇我氏はおそらく葛城地方を地盤としていた豪族で、ヤマト建国に

貢献した部族だったと思える

その祖はおそらく【葛城氏】と後世に呼ばれる集団から独立したものだろう

だから蘇我氏の出自が不明という理由にもなる

だいたいからして葛城氏などと言う区分は6世紀以降に定めた分類の「氏族名」

であって、それ以前は葛城周辺を勢力下にしていた一族の事ではないか

その勢力は葛城と飛鳥、飛鳥と石川を結ぶ三角形の土地に及んでいたのかもしれない


神さまの事を考えるのに古代豪族の支配地を探る事も必要なのかもしれない

蘇我氏については引き続き、神社・神さまと絡めながら考えていきたい。
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