不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  死んだ者生き残った者 そして天人相関 

気象も政治も我が家のPCも・・・

何とも心配な長屋の爺である


我々世代は概ね「天皇観」に温度差がある

天皇・皇室不要論を持つ者もいれば、天皇信奉者も居る

日教組教育の真っただ中で育った世代である

我々が子供の頃、小学校教諭の中にも「元特攻隊員」がいたり

復員教師も多くいた

その皇国思想や自由主義思想の「ごった煮」の中で、幼少期を過ごした

のだから、左翼思想に走ったりする者も多くいた

大学紛争の後半期から最終期にかけて、同級生が何人も「官憲の厄介」

になったのを記憶している

私も何度か誘われたが、彼等の理論に一部納得できないで拒絶した

彼等の論理には「先人の命」は何処にも存在しない

戦争を引き合いにするくせに、犠牲者という観点からしか「先人たち」を

観ない偏向さに嫌気が起こったと言うべきかもしれない


私の亡父は戦後「軍人恩給」の手続きを一切しなかった

父がどんな思いで「受給」を拒否したのか、誰も知らない・・・


父は生粋の日本人、日本男児の見本のような軍人だった

誰にも恥じない「奉公」をしただろうと思っている

そんな父が権利を行使せず、口を閉ざした戦後期は誰かの分まで

生きようと、もがいていたのかもしれない


戦友や部下の命と引き換えに、自分だけ「命と共に恩給」を貰う事を

潔しとしなかったのか・・・・・あくまでも私の推測に過ぎないのだが


以前も何かで書いたと思うが、父は戦争体験を子らに語る事は少なかった

晩年になって思い出したかのように、ポツリと漏らすことは有ったが・・・

家訓のように口癖だったのは・・・・

* シナ人に背中を向けるな

* 朝鮮人の言葉は信用するな

記憶に残る逸話で、大陸の村へ食料の調達に行ったとき、交換する

物資を渡し「食料」を受け取り、引き上げるときに「温厚な村人」と思った

その家族は隠し持っていた銃で背後から撃ってきたという

シナ人は国民全部が兵士であり、ゲリラ戦闘員だと思い知らされた

そういう事だろう・・・

またある時、シナの軍隊と銃撃戦になった

父は「野砲」の分隊長(軍曹か曹長)だったと記憶している

最前線の少し後方から「援護」する役目である

故に後方は日本軍ばかりのはずだったが、いざ戦闘が始まると

後方から自分めがけて銃弾が飛んできたそうだ

戦闘中であったので、任務を優先し砲撃指示を続けたそうだ

突然遭遇した敵兵と交戦する以外に、砲兵隊の後方に詰める兵士が

前方に銃を撃つことは稀である

戦闘終了後に後方を確認したところ、配属されてきた兵隊(二等兵)

が朝鮮人だったそうだ・・・

それを目撃した日本人の部下が証言した

結果、父は制裁は行わず、以後その朝鮮兵士を自分の前に立たせたそうだ

「お前の敵は日本兵ではない、前に居るシナ兵だ!」

その朝鮮人が以後どのように過ごしたかは知る由も無い・・」


「銃弾は前から飛んでくるとは限らない」

「友軍の弾に当たって命を落としたこともあっただろうな」

遠い地を観るような眼で、酒を呑みながらポツリと漏らした言葉である


私がそんな昔を思い出したのは、両陛下が比国の慰霊旅行に出かけたせいかも

しれないが・・・


知らない間に私の周りでも、しだいに天皇や次期天皇の話題をする者も

出てきたのである

その話題の中心は「靖國」である

「どうして靖國に参拝をしないで戦地への慰霊の旅をするのか?」

「外国の独立運動の英雄に首を垂れるのに、どうしてこの国を守って死んだ

英霊に頭を下げられないのか?」

「そんな天皇なら必要ない!」

「税金を惜しくないと思うだけの言動を率先すべきだ」

「なんで皇太子は一人で公務をしているのだ」

「仕事(公務)をしない者に税金を使うな」


正直驚いている・・・・

普段皇室など言葉のはしにも出さない爺どもが、憤懣のやり場のない

言葉を出すようになった

これも、私たち世代もネットになじんできた結果かもしれない

最初のころ(15年前)はパソコンもネットも、自分には無縁と決めつけて

話題にもせず、興味も示さなかった同年代の男たちが、今ではほとんど全員が

パソコンと共に生活している

新聞のウソやテレビの偏向報道に気づき、視聴する番組まで変わった人間もいる

ネットが最高の媒体などと言う気はない

ネットも使い方次第では「優れた発明」にもなるが、使い方を間違うと「危険なアイテム」

ともなってしまう、要は人間次第と言う事になる


私は今・・・災害を心配している

占いを否定する爺が天人相関というと笑われそうだが

政(まつりごと)が正しくないと、大火災・大地震・異常気象が起こる

政とは祀り事でもあり、祭り事でもある

寺社の復興や祭礼の勧奨など祭祀王としての務め(施政)、それを忘れ

祭礼・儀礼の簡素化・形骸化を容認するは天の怒りをかっても当然の所業だ

政も天は観ていることも顧みず「賂を受け取る醜態」では、天の怒りは

如何ばかりであることか・・・・


政と祀り事は一心同体、天によって生かされていることを軽視する者に

天の判断はどのような形に現れるのか、心配でならない

その結果を全身に受けるのは「庶民」に違いない


国民の不幸を引き起こすものに、立ちはだかるから祭祀王なのである

他国の民に思いを寄せるのが日本国の祭祀王の務めではない


そう確信している長屋の爺である。
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長屋の爺殿 今晩は。

日本列島は、構造そのものが自然災害を受けやすいと言えますが、その被害を最小限に食い止めるのが、祭祀の目的の一つと思っています...

然るに、東日本大震災の、あの大惨状は何を意味するのか?
太墓公阿弖流為の無念の情を封じることが、最早出来なくなっていたのか?
あるいは奥州藤原氏も関係しているのか?

昨今、日本を代表する者たちによる英霊を謗る発言が、新たな大きな災害を生じさせるのではないかと危惧しています。それは、自然災害だけでなく、紛争→戦争という形で現れるとも考えているのです。

2016/01/29(金) |URL|AKI [edit]

鬼が来る

AKIさん こんばんは

ここに来て「先人(英霊)」を軽視する言動に嫌悪感を感じています

次は将門の封印が破たんするのか?

恥を知らない大陸の鬼が襲来するのか?

何にせよ、明るい未来は望めない気がして、滅入ってしまいます。

2016/01/29(金) |URL|長屋の爺 [edit]

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