不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  人の心と鬼と神 

ネットのニュースでも「廃棄食品」の横流し問題と

「スキーバス事故」で大変な状態である

でも、考えてみれば今回の責任者(容疑者)たちは

日本で良かったと思うべきだろう

他の国なら暴動、打ちこわしなど目を覆うような事態に

発展したかもしれないのだ

日本人はこんなところにも「日本人らしさ」を前面に出すようだ

こういう不正は日本人消費者の感覚からすると「大罪」である反面

何かの力によって抑えてしまうのか、素早く自制する性質がある


「お天道様が観ている」のにもかかわらず、愚かな犯罪に走ってしまう

のは、日本人の心を忘れたか最初から持っていなかったとしか思えない


日本人の心を失くしたから「悪道に足を踏み入れた」のであって

誰か(お天道様か神さまか)知らないが、必ず観ているから悪事は

露見してしまったのではないだろうか



「誰かが観ている」とは、忘れてはいけない日本人の心の戒めなのである


食の安全と人命において、「つい」「気楽に」「深く考えないで」では済まない

長屋の爺にとって、今の日本に蔓延する【お得】【儲かる】【自分だけは違う】と

いう風潮にはどうしても馴染めないのである


鬼を祓うというのも、考えてみれば日常忘れている「本性」を

思い出させるために、「悪行」を戒める意味で神さまが演出

しているのかも・・・


本来、日本では 神=鬼 だったといわれている

豊漁・豊作を齎してくれれば「神」と呼び崇拝するが

嵐を起こし大雨を降らせれば「鬼」と呼んで邪険にする

神であっても不都合になれば、「鬼」と呼び嫌い追い払うのが

人間なのである


私は鬼とは神さまが見せる「人の本性」ではないかと考えている

人間が自分の事ばかりを考えて、周りを顧みない時に、人間の

本質を気付かせるために、鬼という形で現れる・・・・


祟る(たたる)から「鬼」なのではない

祟るとは理不尽にも命を落とした者の「声なき声」を教え諭すために

神さまが本質を忘れた者に「見せる姿」ではないか

・・・・そんな妄想をしている

鬼とは本来「怨(おん)」を呑んで亡くなった故に 【怨異 oni (オンイ)】

と呼ばれ、その後「オニ」と呼ばれ、そこから「鬼」になったと勝手に思っている


* 異 とは「鬼の形をしたものが、両手を上げた恐ろしい姿」の事である


悪事を働いたり、道を外した者は、少なからず「怨み」を持たれる

その心に「本性」を思い出させるために、見える形で「神が出る」

それが「鬼の正体」だと思っているのである。


節分会の鬼が怖くないのも、そんな理由からだと独りごちる長屋の爺です(笑)
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