不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  名前の多さ 古代と現代 

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歴史は繰り返す

少し大げさな表現だが、最近の身の回りを観て

そんな言葉が頭に浮かんだ


今の時代、人は多くの呼び名(名前)を使用している

ブログのHNだったり、SNSの名前だったり、各サイトでの

ニックネームだったりする

多い人で本名以外にいくつ持っているのか?


かく言う私も多くの名前に相当するものを使用していて

【長屋の爺】と言うのは「ブログネーム」であり、その他のサイトでは

別のニックネームやHNを使っている


どうして?統一しないのか・・・

私にとっての理由は「特定されたくない」という思いがあるからと

いう私なりのこだわりを持っている

なぜ特定されたくないのか?

それは、世間の人間が皆【善人】ではないから・・・

悪意を持った人間も多いのがこの世の中である

かっこいい言い方なら「身を守るため」であり

正直なところ、常に逃げ道を用意しておきたい

それが本音かもしれない


さて、「歴史は繰り返す」と「名前」が関係するというのは

どういう事なのか?

古代ヤマトでは名前を知られることを嫌ったようなのだ

名前を聞くとは「自分の支配下に入れ」と言う事であり

男が男に名前を聞く(問う)のは、服従せよと言う意味もあった

男が女に名前を聞くのは、「自分のモノになれ」という意味であり

それが「求婚」であったり、「命令」であったりもした

名前を知られることは「屈する」事でもあった

名前は神が人間を区別するために、人から神に奉じるもので

神だけに知らせる特別なもの、これが【本名】である


神だけが知る名前を、他人に知られることは、その相手が

神と同様の存在であることを認めることになり、その相手に

膝を屈することになってしまう

だから古代人はたくさんの名前を使い、本名を特定されないように

努めたと私は考えている


その代表が【大国主命】ではないだろうか

大名持神(おおなもち)という別名の通り、多くの名前で呼ばれている

大国主神・大國主大神・大穴牟遅神(おおなむぢ)・大穴持命(おおあなもち)

大己貴命(おほなむち)・大汝命(おほなむち)・大名持神(おおなもち)

国作大己貴命(くにつくりおほなむち)・八千矛神(やちほこ)

大物主神(おおものぬし)・宇都志国玉神(うつしくにたま)

葦原色許男神(あしはらしこを)・大國魂大神(おほくにたま)

所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)・杵築大神(きづきのおおかみ)

伊和大神(いわおほかみ)等々・・・・

これは特殊な例だと言う人もいるだろうけど・・


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また別の例を挙げれば、清少納言であり、紫式部、和泉式部など

本名では残されていません

なぜ残されていないのか?

通説では「女房名」という通名で過ごした人だったからと言うものが有る

笑ってはいけないが、これは頭が固すぎる気がする

それが事実だとしても、通名であろうと何処かに「本名」が記されて

居るものが残っているはずではないか・・・

まして、妃・后と言われる人の名でさえ「正しい読み方」さえ

残されていないのは、どう説明する気なのだろう・・・

一条天皇の中宮・定子・・・これは「ていし」と呼ぶことが多いが

本当に「ていし」だったのかは不明である

「さだこ」「ていこ」「さだし」・・・その時代にどう呼んだかさえ

残されていない理由を、明確にできる人は居ないようだ

これは誰にも知らされなかったから「残しようがなかった」

天皇も自分以外には名前を呼ばせるつもりは無かった

名前を呼ぶ人間の「所有」になるということが平安期にも

残っていた証拠ではないだろうか


天皇の皇子や皇女の名前が残っていないこともある

名前とは人が個人を特定するものではないのが基本で

「神のみぞ知る」で通った時代だったからかもしれない


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なぜ天皇家には「名字」が無いのか・・・

これにも必ず理由があり、神の子孫だからなどと言う

子供だましの説では無いと私は思っている

別にどんな名字であっても、何の不都合も感じないと言うのは

現代人的発想で、大きな不都合があったから「名字」を捨てた

それが【万世一系】と関連が有るのか無いのか・・・は知らず


名字が無い事で臣民と区別化したなどという戯言には同意できない

私は特定の天皇の名字に不都合が有って、その血統だけ削除

するわけにはいかず、すべての名字を消し去った

そんな妄想をしている(笑)


不特定多数に名前を知られると言うのは、ある意味「恐怖」であり

生活に支障をきたすほどではないにしろ、気持ちの良いものではない

自分の知らない処で、本名を言われていると思うと、嬉しくは無い

というのが本当の処である (笑)


例えば初めての飲食店で食事をしているとき、店員から「お客様」

ではなく、「**さま」と呼ばれたら私なら「ぞっとする」だろうし

「何で名前を知っている?」と店員に詰め寄るかもしれない

さらにはその返答次第では・・・・するかもしれないw(想像に任せます)


行きつけの店では「**さん」であり、友人たちの間では「おっさん」で

近所では「○○さん」であって、親戚・親友からは「**ちゃん」と呼ばれ

、ブログの世界では「長屋の爺」であるのは【安心】なのである

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何でこんな事を書いている?

主権者である国民を商品のバーコードのように番号で区別する

そんな制度にちょっとだけ納得できないのが本音かもしれないw


名前を気軽に知られない代わりに、番号とは・・・囚人ではないぞ!

と言うのは、遠くに霞んでしまう爺の遠吠えかもしれないですが

さてさて・・・。
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