不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  明日は三島由紀夫氏の祥月命日ですよ 


昨日は久しぶりに・・・何十年ぶりかの深酒をして、本日二日酔いであります



私の近所では祝祭日に「日の丸」を掲げる家庭は皆無です

ですから、国旗を掲げる私の家は浮き上がっているのかもしれません(笑)

しかし、何ともやりきれない気持ちですね・・・


学校での国旗掲揚・国歌斉唱問題で日教組・教育委員会を

批判する人は多いというけれど、天皇家がどうの、皇太子がどうのと言いつつ、

日本の国旗を掲げることをせずして、「日本の事を思っています」とは不可解

という強い思いがあります・・・。

暴言です・・・酔っぱらいの戯言ですからご容赦を




必然なのか、偶然なのか

今年は知人からお酒をいただくことが多く、さらにネットで知り合った方からも

お酒を頂戴したということが続き、驚いている


私は仲間内では「酒は呑まない」爺として認知されている

呑めないのではなく、呑まないのであるが・・・

(30年ほど前に大病してから、呑まなくなった)


酒を呑むのは正月三が日だけと決めていた

外に出なくても(運転しなくても)良いからというのが理由である


しかし、一人で呑む酒にしては多すぎるので、秋の夜長を楽しむ

為に、ちょっとだけ呑んでしまった(笑)

おそらく他の方の「呑む量」からすれば、微々たるものだろう

久しぶりなのでそんなに呑めなかったのだが、予想通り残っている


明日は床屋に行く予定があるので、今日は呑めないが・・・

量さえ過ぎなければ、寝酒も良いのかもしれないなどと考えている



明日は三島由紀夫氏の祥月命日である

未だに賛否両論あるが、私は賛同している人間の一人である

興味の無い方は生涯目にすることが無いモノの一つに

三島氏の【檄文】というものがある

おそろしく長文であるため、一部の引用しかされないことが多い


こういう物に賛意を示すと、すぐに「右翼」とか「軍国主義」と言う人

が出てくるが、右翼の定義も軍国主義の定義も答えられない人が

その言葉を使う事は適当ではないと思っている


私は普通の日本人であり、どちらかと言うと保守的であり

争いは好まず、論理的に説明のつかないことに納得しない

傾向があり、日本人として日本を愛していて、日本人であることに

誇りを感じていて、地方に暮らすちょっぴり短気な「ただの爺」だ・・・

やりもしないうちに諦めることが嫌いで、力ずくで物事を解決することが

大嫌いな性分である


故・三島由紀夫氏の行動・思想・理念に異を唱える日本人は居ない

と言うのが私の自論である

(日本人と言う資質・素養を持っている日本国籍を有する人と言う意味だが)


日本が好きで日本の将来に不安を持っていて、家族を大切に思う人なら

理解できることを、ちょっと過激な言葉で綴っているだけである

今の自衛隊が置かれている現実は、45年前と少しも変わっていないと

いう現実に気づかされるでしょう


これから先は、スルーしてくださって結構です

三島氏の意をくみ取ってくださいとは言いません

かなり長い文章ですが、日本が大好きな人は一度読んでみても

良いと思っています  (長屋の爺)







   楯の会隊長 三島由紀夫

 われわれ楯の会は、自衛隊によつて育てられ、いはば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に出たのは何故であるか。かへりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後つひに知らなかつた男の涙を知つた。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑ひもない。われわれにとつて自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であつた。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなほ、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとへ強弁と云はれようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。
われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見てゐなければならなかつた。われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されてゐるのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなして来てゐるのを見た。もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかつた。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤つた。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によつて、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとへに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようといふ決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむづかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となつて命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によつて国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであらう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねぢ曲つた大本を正すといふ使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしてゐたのである。
 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起つたか。総理訪米前の大詰ともいふべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終つた。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変わらない」と痛恨した。その日に何が起つたか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になつた。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬つかぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家にとつてはそれでよからう。しかし自衛隊にとつては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日といふ日は、自衛隊にとつては悲劇の日だつた。創立以来二十年に亙つて、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとつて、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だつた。論理的に正に、この日を堺にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあらうか。

 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みてゐたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残つてゐるならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であらう。男であれば、男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかつた。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかつてゐるのに、自衛隊は声を奪はれたカナリヤのやうに黙つたままだつた。
 われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。諸官は任務を与へられなければ何もできぬといふ。しかし諸官に与へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、といふ。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のやうに人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐つたのか。武士の魂はどこへ行つたのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になつて、どこへ行かうとするのか。繊維交渉に当つては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあつたのに、国家百年の大計にかかはる核停條約は、あたかもかつての五・五・三の不平等條約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかつた。

 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。

 われわれは四年待つた。最後の一年は熱烈に待つた。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待たう。共に起つて義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主々義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまつた憲法に体をぶつけて死ぬ奴はゐないのか。もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇へることを熱望するあまり、この挙に出たのである


(三島森田事務所刊『「楯の会」のこと』より) 
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今日は、
この日の事はよく覚えている、仕事で車で移動中このニュースを聞いた、衝撃を受けた、そしてどうしていいか分からない気持ちを抱え、会社近くの何時も行っていた沖縄居酒屋へ、黙って飲んでいたが隣に座った男が三島のニュースを見ながら、あいつは阿呆だと言った、、、、

私はその言葉に切れて喧嘩になった、表へ出ろ、そして思い切り殴りあった、お互いに殴り疲れて飲み直し、彼は左翼系出版社の編集者だった。後年、その事が縁で私の大事なお客さんとなった。

彼の動機はともかく、切腹をした、そして部下だった森田氏が介錯をした、その作法だけでも尊敬に値する、今でもそう思っている。

2015/11/24(火) |URL|わがまま、親父 [edit]

今日は!

コメントを書いていて消えてしまいました。思い出して辿ってみます。

私は不思議でたまらない、
国を思う貴人が、何故、
若者を巻き込んで自死したのか。

「憂国忌」を前に不遜で、不敬ではありますが、
松本清張の言った「才能の枯渇」
というのは当たらずとも遠からず、と
考えています。

真似の出来ない華麗な筆致、
日本を憂うのなら、
命を全うして欲しかったです。

なお、足跡は無くしましたが、
訪なって、お邪魔しています。

2015/11/24(火) |URL|ミルティリおばさん [edit]

かなり前から、ブログの始めに掲げられている和歌が三島由紀夫にかわっていることに気づいていました。

私は、男性ほどには男性の思う三島由紀夫を、わかっていないと思います。当たり前のようではありますが。

私には、何より、日本語の美しい作家です。本当に美しい。女性に対しては厳しい目を向けていたと思われますが、生まれがどうの以前に、そういうことすら無関係に、まこと捧げるに足る相手には、全身を傾けたひたすらな思いを向けたと思います。

新興成金の(それを嘲笑っている多くは、成金ですらなく・・成り得なく・・私は、成金ってすごいと感心する・・あるいは真摯な労働者・・そういう存在があるとして・・でもない、騒ぐだけが得意のものであると、断定すると、石投げられるようで、日ごろは黙っておりますが、成金の娘さん。気取った理屈コネのあの、美智子さんなる女性には、もっとも食指が動かなかった男ではないかと。

あのマッチョなボディには、女性の多くは魅かれない、多分。でも三島由紀夫は、あのボディを得たことできっと、楽になったのでしょうね。

一度だけ、銀座の某所で、お仲間方とおられる場面を見かけました。とても楽しそうに明るい顔で話していた。あの顔のままで生きているには、思いが深すぎ、というか、アタマが良すぎて、ピュアであった、ということでしょうか。

あの日は私は、東京の千代田区のある出版社の一室におりました。

一報が入ると、ビル中がざわめき立ちました。目の色変えて男性たちが情報を得ようとしていました。女性編集者の中には、平然と仕事を続ける方もいた。

私はずっとい続けて、詳しくは忘れましたが、落とされた首の写真を見ました。

センチメンタルだと思いますが、今もその思いは変わりません。淋しい死だったのだな、と、生意気な若い女だった私は涙が出ました。難しくはさっぱりわからんかった。ただ。淋しかったよな、と、泣いていました。

いま、檄文を読んで、するっと感想は書き得ません。三島由紀夫にはさぞ、・・何と言えばいいのでしょうね。

すめらみことは何ゆえに、と、人間天皇を哭いた三島のことは、今上は、ご存じあらしゃりませんやろ。

2015/11/24(火) |URL|KUON [edit]

わがまま親父様へ

こんばんは

切腹は表現・手段であって目的ではなかった気がします

良くも悪くも日本人に「気づいてほしい」という願いの先の行動であったと理解しています

日本男児は守るべきものを守ろうとしたとき、言葉より行動で示してきた歴史があります

自衛官の境遇が改善され、国軍としての存在が認められたとき、三島由紀夫という人物は成仏でき昇華すると思っています

2015/11/24(火) |URL|長屋の爺 [edit]

ミルティリおばさんへ

こんばんは

この決起を提案したのは森田氏でした

それに同調したのが三島由紀夫氏だったということはあまり知られていません

もし(たら・ればは嫌いなのですが)、彼が生きてこの問題を叫び続けても、今の日本人は反感を持って観る事でしょう

マスコミに出ている親日・反日を叫ぶ著名人を観ていれば明色なことです

愛国心の無い人の眼鏡を通してみれば、いろいろな評価ができると言うのも納得できますが、彼を批判する人間にどれほどの国に対する思いがあったのか・・・そういう尺度での見方もあります

私は三島由紀夫と言う人物を作家として観る眼と、日本人として観る眼は違っていて然るべきと考えます

どう死んだかではなく、どう考えて、どう生きたか・・・だと私は解釈しています

2015/11/24(火) |URL|長屋の爺 [edit]

KUONさんへ

こんばんは

私もKUONさんは気づくだろうと思っていましたw

サクラ花のような日本人が彼の理想だったのかもしれません

政治家に彼の何分の一かの「大和魂」があれば、こんな体たらくな世の中にはなっていない気がします

危機感が本当にあるのなら、どうして自衛隊を「幽霊のような存在」のまま放置するのか、答えられる政治家は見当たりません

口では何とでもいえる・・・のが、この世の中なんです

彼の行動が今の自衛官の「気概」にもなっていると聞き及んでいます

せめて彼らを「違憲状態の幽霊」から救い出してあげたい、そういう気持ちで毎年「富士総火演」に行っています

自衛隊を否定しようが、三島由紀夫氏を批判しようが、事が起きれば自衛官は区別なく、守ってくれるのです

その為に普段から、彼らの汗と涙が流されているのです

あの皇族方でも優先的に護り、自らの身さえ盾にするでしょう

戦争をしたくて自衛官になる若者は居ません

それほど生易しい訓練ではないのです

護りたいものが有り 守るべき家族がいるから、どんな処遇でも甘んじて受け入れていると思っています

2015/11/24(火) |URL|長屋の爺 [edit]

反論になってしまいますが、

彼の亡き後に日本は変わりましたか?
生きて変えて欲しかったです。

右 左というのは好みませんが、
松本清張は左翼と分類されますでしょうが、
反日ではありません。私のブログに
大分、前に書いたと思いますが、
現在の日本の状況を松本氏が生きていたら
何と思いますのでしょうね。

井沢先生には申し訳ないですけれど、
流麗な文章の文学者であるとは思いますけれど、
三島ファンには申し訳ないですけれど、

私の本当の所を申しますと、
彼は文学も、己が生命も、生活も
美しく飾った人のように感じられます。

こういう人間もいる、ということで
ご容赦ください。

重ねますが、生きて国を変えて欲しかった。
最後に、彼という文学者の死を深く悼みます。

2015/11/24(火) |URL|ミルティリおばさん [edit]

ミルティリおばさんへ

おはようございます


>私は三島由紀夫と言う人物を作家として観る眼と、日本人として観る眼は違っていて然るべきと考えます

と返信コメントに書きましたが、私のブログ記事の中には文学者・作家としての三島由紀夫は居りません

私は日本人としての、男としての三島由紀夫についての私の思いを書いただけであります

彼が生きて日本を変えられたかどうかは神のみぞ知る・・・でしょう

2015/11/25(水) |URL|長屋の爺 [edit]

てんじょうてんが唯我独尊

こんばんわ
今朝方のコメントが二つとも消えうせました
たぶん適切ではなかったから三島某が消したのでしょう・・?
三つとも内容が異なりますが・・・

事件は衝撃でした
腹切りはよく知った事柄ではありましたが
時空を同じくして現実に起ったとは
『信じたくなかった』←これオラの弱虫の証明です
世間とは実にあざとい
死人にくちなしとばかりに好き勝手に言った
・ノーベル賞を取っていれば割腹はなかった
『トンネルを抜けると雪国だった・・・』
この一文に三島は負けた・・・とか
・森田は念友だったと・・・か
けさ Yahoo のニュースで見ました
たしか『命売ります』などが増刷されたとか
三島文学を紐解き故人を理解しようと
試みる事は素晴らしい
だが無駄だから止めたほうがいい
作家とは三島の一面に過ぎない
侍としての彼は既に無言でありますから
長屋の爺殿の『檄』を音読してみました
何故か『本を正さずして末に走り』が引っかかりました
三島由紀夫 享年四十五歳

今日は雨の一日でありました。

2015/11/25(水) |URL|ハシビロコウ・ウナ [edit]

ウナさんへ

こんばんは

此処の解釈は難しいですよね・・・

私は昔は「象徴天皇」の制度かと思っていましたが、最近では

GHQの押し付け憲法を指しているのかとも・・・


その言葉に続く「その場しのぎと偽善に陥り」との関係から

憲法解釈でお茶を濁す時の政権に対する憤懣かと思っています


そう考えれば、先の国会での問題も45年間何も進んでいない

集団的自衛権で一歩進んだと喜ぶ人の姿が哀れです


根本のGHQ憲法を改正せずに法解釈で誤魔化す

それを「本をたださず末に走る」と表現したと思いたいです

2015/11/25(水) |URL|長屋の爺 [edit]

緒方拳主演で (いい役者さんばかり出てます)
1985年制作 『MISHIMA: A Life in Four Chapters』
(ポール・シュレイダー監督)って作品がありました。

遺族の抗議によって英訳の日本語版への抗議があり
日本では劇場未公開です。
緒方拳のギラギラしてた頃が 好きです。

ttps://www.youtube.com/watch?v=UtmNCXSIr-Q

↑あたまに hつけてください

2015/12/01(火) |URL|ワッ・タ・シ熟女N〜 [edit]

知らなかった

Nさん こんにちは

この映画は知りませんでした

と言っても、三島作品は数冊しか読んでいない私ですから

知らないのは当然でしょうか(笑)

時間があるときにゆっくり見たいと思います

ありがとうございます

2015/12/02(水) |URL|長屋の爺 [edit]

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