不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  縄文と信仰の謎 

昨日は朔日(ついたち)で更新は休みでした

と言っても、朔日でなくとも更新できなかったかもしれませんが

月初3日間は年に数回ある「激務」の期間であり、老体はと言うと

瀕死の状態で・・・ほんの少し若さが欲しいと「無いものねだり」

をする長屋の爺です(笑)


縄文(じょうもん)

私も最近まで縄文とは「縄模様」の土器に由来する言葉

そんな漠然とした捉え方をしてきました

これが間違いと言う事ではありません

あの模様は「縄」を押し付けて作られたと言う事は動かしようが

ないのは誰でも理解できるが、どうして「縄(なわ)」だったのか

考えたことありますか?

私は有りませんでした(キッパリ)


縄とはいったい何だったかすら知りませんでした

いまでも知っているとは言えませんけど・・・・

縄の原型が「蛇の交尾」だという説を唱えた方が

居ました、その発想の基になった説が「しめ縄」の

形が「蛇の交尾の様子」ということを考えた一人の

学者の説に由来しています

その方は、故・吉野裕子氏(民族学者)といいます


なぜ「聖なる場所」と思しき所に「しめ縄」を掛けるのか?

巨木や巨岩、神社や祠など「当たり前」のように受け入れ

私たちは疑問すら感じてこなかったのが現実です

日本の神話にも出てくる神さまが「蛇の化身」というのは

定番に近いものが有ります

どうして「蛇」が神さまなのか・・・


蛇は脱皮という行為によって、新しく生まれ変わると古代人

は考えていたふしがあります

命の再生というとらえ方だったのかもしれません

蛇は冬眠します

眠る=死 というとらえ方だったのか

土の中に入って「眠る」、そして「土の中から蘇る」

眠りから覚めることも「不死と再生」の根拠と考えられます


人は死ぬと、どうして地中に埋葬されたのか・・・・

その根拠は「再生の願い」が古代人の行動心理だったのか

それとも・・・母なる「子宮」に見立てた土中に戻したのか

古代の埋葬場所は「円」若しくは「楕円」に掘られていたそうです

どうして「丸く」なければいけなかったのか・・・・

(これも宿題の一つになっています)


私は古代人が「祟り(たたり)」を意識しない時代では、再生を

願って土中に埋葬したのではないかと思っています

ケガレと祟りを感じるその時までは・・・・


縄文とは縄目の形に仮託された「蛇」だったのではないか

私たちは「蛇神」の記憶を失っていたから、蛇ではなく

縄としか認知できなかったと考えれば、古代神道へ移行

する多くの事が理解できそうなのである




もう一つ、どうして太陽神と太陽信仰、太陽崇拝は残っている

のに、「月神」とか、「月信仰」「月崇拝」は数少ないのか・・・


日本における月の神は、【月夜見】【月読】と呼ばれる神で

男女の区別もされていません

古事記に数行出てくるだけの存在でしかありませんし

男神のようにとらえられています

一部の地方では今でも「月神信仰」は存在していますが

私の思っている「月」に対する、扱いではないと考えています


ギリシャ神話では、月の女神アルテミスとして

ローマ神話では月の神ディアナ(ダイアナ)として登場します

いずれも【女神】なのです

しかし・・・日本では女神は「太陽神アマテラス」とされています

この違いというか、男女の逆に「なぜ」を感じている人は少ないでしょう


古代人とくに狩猟民族と呼ばれる人たちは、月と共に生きてきた

女性が身ごもるのは、月によって運ばれてきた水(精液)による

ものというのは世界中の神話に残っているという

月は満ち欠けを繰り返す姿から、死と再生を象徴している




私は漠然としてではあるが、月と太陽を考えるか、太陽と月を

考えるのかで、少し違ったことをイメージしている

太陽は豊穣を齎(もたら)す恵みの神として、【不変】であることが

絶対条件で、死と再生というより「育成」「繁栄」の象徴として

崇拝された、いわば「農耕民族」の感謝・願いの源だった


ところが月は水・雨を与えてくれ、死と再生の象徴でもある

潮の満ち引きも月のチカラであって、人間の体の変化も

月の力によって左右されている

特に女性の場合、月とは深い関係にあり、それゆえ「妊娠・出産」

は月の影響を受けるとされている

月の満ち欠けによって「生理」を繰り返し

月の運んできた水によって「妊娠」して

月のチカラ(潮の満ち引き)によって「出産」すると言われる



縄文人と呼ばれる人々は、月と共に生き、月が支配する

自然と共に「死と再生」を重ねてきた

どちらが先かなどと言うほど詳しくは無いが、私には

太陽信仰より先に、月と共に生きる「月信仰」が存在して

いたと思っている



天照信仰は月神信仰を奪ったばかりでなく、男女の「性」さえも

取り替えてしまった

どうして「月読神」が粗略な扱いを受けているかは、不都合な

真実が多すぎて、無いが如く扱うしか方便が無かったということ

持統帝と不比等の構想には、月読という「月の神」は邪魔な存在

その多くの「特性」「本質性」を奪い、日本の古代信仰を抹殺した

私にはどうしても、そう思えてしまうのである・・・・。


日本でも本来は世界の神話と同様に、月の女神と太陽の神という

セットになっていたように思います

その女神を「持統天皇」に仮託するためには、太陽神をすり替え

さらに、女神だったという事にしてしまった

本来の死と再生を司る女神:月読神の「女神」をうやむやにして

葬ってしまった

全ては持統天皇の「異常な欲望」によって・・・・・。
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