不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  平民が入内した歴史はあるのか? 

昨日までの接続の不具合がWiMaxの置き場所に

よるものだと言う事が判明し快適な状態になった


以前、部屋の模様替えを行ったとき、機器の場所を

変えたことに原因があったということでした

幽霊を捕まえてみたら我が身だったw


さて、カナダの親父殿の間接的なリクエスト?に答えようと

思っていた矢先にトラブルで、あやうく忘れてしまいそうになり

今日は突然の休日となったため、改めてこの問題を書いてみたい

そのように考えています


皇室に一般平民から入内した女性は居るのか?

これは基準をどこに置くかで答えは変わってきます

まず「平民」をどこの位置までに限定するかという問題

皇族までなのか、華族までなのか、貴族を含めるのか

血筋は何親等までとするのか?など・・・・


あの太閤秀吉も出自を探れば「あやしい」というのが歴史である

お*田の家だけではない話にもなるが、そこはそれ・・・ざっくりと

考えてみたいと思います(笑)


最初に断っておきますが、あくまでも「長屋の爺論」ということを

お忘れなく、転載・引用は自己責任でお願いいたします(笑)


日本の歴史の天皇家(王家・皇室)に於いての入内・婚姻の

不文律は有ったと考えています

遠い昔には「蘇我氏」の娘たちが「すめらみこと」の后になると

いうことがあったり、有力豪族の娘が后になった事実など

は歴史の史料から解っていますが

大宝律令では正式な皇后に対する規定はありませんが

皇后より一段下位の妻である【妃】の資格が「四品以上の内親王」と

規定されていることから、皇后も当然内親王でなければなれないもの

とされていたとする考え方があるそうです

その時代では、統治者である天皇の后は、皇族の血筋からと

暗黙の取り決めがあったように思っています


それを出自の曖昧な「藤原氏」から后が出たことで、皇族から

という「不文律・しきたり」は崩壊したという事でしょう


私は歴史書に言うところの古代有力豪族とは、日本連合国を

形成する「一小国の王」だったと思っていますから、平民・庶民と

いう訳でもなく、皇族の一員と言えば言えなくもないと・・・

古代豪族が没落した背景は現在の皇室と似通った経緯が

あったという説も成り立ちます

推古天皇の正体も疑わしいこと

舒明天皇からの天皇の出自にも疑問がある事

その第一が「天智天皇」という摩訶不思議な存在であり

持統天皇というこれまた不可解な女性天皇の存在である

そして・・・誰もが疑問に感じる「藤原不比等」という貴族

が古代有力豪族の「出る芽」をことごとく消し去った事実で

あり、その結果としての「藤原氏」から天皇の后を出すことが

不文律になって行った歴史である


后(きさき)というものは、一般的に【天皇の正妻】のことである

しかし、時代によって古文書によっては、後宮の「女御」「更衣」

などを指す場合もあって面倒だが、此処では「正妻」という意味で

書き進めていきたい


后は「きさき」と読んでいるが、はるか昔に於いては「きさい」と

呼ばれていたふしがある

「きさい」にどのような文字を充てるかは自由なので、后ではなく

「貴・妻」でも「基・妻」、「鬼・妻」でも良いことになる

后のほかに天皇の妻&女性を呼ぶ場合、妃とか中宮という言葉を

よく見かけることがある

妃は皇后より格下の女性を指し、「中宮」は皇后と同等であって

その時の天皇の寵愛を受けている「勢い」のある女性と考えても

間違いないと思っている

では「皇后」と「中宮」がなぜ同時代に存在するのか?

これこそ藤原が創作した皇室制度の破壊の一端である


前記のような皇室入内の不文律を、横車を押して「有名無実」

なものに変えたのが「藤原氏」の最大の罪であると私は

考えている

藤原の娘を后に迎えたのは【聖武天皇】といわれる

それまで「妃(ひ)」や「「嬪(ひん)」としての藤原の女は

存在したが、皇后と言う地位に就いたのは安宿媛

(不比等の娘)が最初であった

それ以降藤原の女が皇后に就くことが多くなったのは

誰しもが知る歴史である


多くの方が知る歴史の一つに藤原定子が一条天皇の「

中宮」に、その後藤原道長が女御であった娘・「彰子」を

相当強引に「中宮」に就かせたと言う歴史がある

(歴史上例の無い「二人皇后」の誕生である)


なぜ同時に二人の皇后が認められたかは、定子が立后される

ときに、前天皇・円融天皇の皇后である藤原遵子が在位していたため、

先帝の皇后と今上の皇后は共存でき得るとした考えの下に、皇后は

同時に二人まで共存できるとされた事に始まる

(かなりの無理やり論だが・・・)

それを逆手にとって藤原道長は娘・彰子を女御から中宮へと

就けたというのが実際の歴史なのである


此処で問題なのは、定子の父親は「藤原道隆」であり

彰子の父親・道長と道隆は兄弟という間柄である

定説を信じるなら藤原鎌足の12代の末裔であるが

皇族でもない成り上がりの一族という見方も可能だ

(藤原氏を貴族・皇族外戚と考えるのが定説なので

こんな事を言うのは長屋の爺だけかもしれない)


その反面、桓武天皇以降の皇族以外の皇后は

50代 桓武天皇 藤原乙牟漏(おとむろ)

52代 嵯峨天皇 橘 嘉智子(かちこ)

60代 醍醐天皇 藤原穏子(やすこ)

62代 村上天皇 藤原安子(やすこ)

64代 円融天皇 藤原媓子(てるこ)・藤原遵子(のぶこ)

65代 花山天皇 藤原忯子(よしこ)


など、90代 亀山天皇までの間は藤原の女が皇后(中宮)

に就く時代が主流となっていた

ただし、これは表面上の話であり、藤原の女が産んだ子は

藤原の「血」を継いでいる 
のであって、内親王といえども

皇統であるのは事実だが、下々の血統でもあるという微妙な

問題が残り、皇族の定義は「皇室で生まれた」という以外に

大きな根拠を持たないともいえるかもしれない

(屁理屈のようで申し訳ない・・・)


おそらく近代皇室の、旧皇族、旧貴族、旧華族以外を

庶民とみなすという視点からいうと、庶民から入内したのは

数少ないと思っている



藤原の女と言う肩書にはなっていても、かつては「養女」と

いう制度もあって、血筋より家柄が前面に出てくる時代背景

があり、聖武天皇の生母・藤原宮子などは藤原不比等の娘と

言われているが、実際はどこからか養女として藤原の家に

迎えられ、「政略」の道具として皇室に送り込まれたという

説もあるくらいだ

(だから、不比等の娘である正妻・光明子とは形式上は姉妹であり

ながら、実際は他人と言う説もある)

それが事実なら、宮子は出自の不明な平民の娘という見方も

できるが、日本最大の貴族の娘という看板は疎かにはできない



結論として、旧皇族、旧貴族、旧華族を基準として皇室を

観るとき、一般庶民(平民)かの家庭から入内した「国母」は

美智子皇后が最初ではないだろうか

そして次代の皇后候補として平民としてばかりではなく、

その出自を明らかにできない皇后候補など前代未聞と

言うべきなのだろう



皇紀2600年とか125代の皇統とかいう歴史を誇るのなら

尊崇に値する人品であるというだけの、情報開示をして「皇后候補の出自」を

国民に明示するべきことこそ、皇室を支える国家政権の

務めかもしれない思うのだが・・・・


恐れ多くも「東宮妃」の出自を疑うとは何たる不敬な・・・

これを「不敬」の一言で片づける国民こそ、日本の皇統・皇室を

危機に落とす片棒を担いでいるのかもしれない


家柄と人柄はリンクしているものであると断言できる

由緒正しい「貧乏家」に生まれた私・長屋の爺を冷静に

見つめ返せば、それは確信にも感じてしまう

所詮、下世話の貧乏一家に生まれた人間の知性や教養、

人柄など語るほどのものなど皆無であり、人から尊敬されるような

育ち方も生き方も出来なかったという事に尽きる

秋篠宮ご一家を遠くから見ていて、確信する長屋の爺である


このまま東宮が即位する事態になれば、この国の天皇制は

間違いなく瓦解する



人(臣民)をひれ伏させるだけの権威は残念ながら今の

皇室には無い

敬慕されるにはそれ相応の根拠が必要だといえる

その対象の人物が「出自が曖昧」だったり、「品性」が欠如して

いたり、成すべき公務を成さないとなれば、それは非難・排除の

対象となるのは必定である

どんなに酌量しようと試みても、あの状況では「税金泥棒」と

呼ばれても致し方ないありさまなのである



現代の藤原氏は何を成そうとして、何をな成さんとしているのか

皇室制度を破壊する現代の「不比等」はだれなのか?

この答えはネット上のあちらこちらに散在しています

過去の歴史から何を学ぶべきか、何を注意すべきかは

自分自身の胸の中にあります

闇雲に反対するだけではなく、しっかりとした反対すべき

否定すべき論拠・根拠を磨くことも大切だと私は愚考します




日本の神道、皇室を壊したのは、明治政府であり、現代の宮内庁

であるという持論は揺るぎない長屋の爺です。
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