不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  古代史がつまらないわけ 

歴史好きな日本人は多い

けれど、学生時代を過ごしたときは「日本史」は

面白くない代表だったかもしれません

とくに「古代史」なんて、興味を引くようなことも少なく

退屈な授業内容だった方も少なくないはず・・・


未だに多くの歴史好きな方の多くは「源平」や「戦国時代」

「江戸時代」、「幕末」のほうに興味を傾ける傾向にあるようです


では、どうして古代史は面白くないのか・・

どうして授業で教える日本史は面白くないのか・・・

私は大陸から伝わった文化が多い事の裏側に潜んでいる

「日本独特」の思想文化を無視しているからではないかと

思っています

つまりは日本人が無意識に保持している「ケガレ思想」

「怨霊思想」を教科書では、正しく伝えて無い事もひとつの

原因ではないかと私は思っています



日本人にとって「天皇」とはどういう存在なのか・・・

こういう問いを投げかけても、「尊崇」とか、「犯してはならない存在」

とか、「日本の心の柱」などという、間違いではないが、正鵠を射た

ような答えが出ないことも納得できる


日本の天皇と言う地位は、大陸の皇帝をモデルとしていますが

大陸の皇帝は【王者】であり、国を統一支配する【覇者】でもあった

しかし日本の天皇と根本的に違う事があることを授業では教えて

くれませんでした

中華では皇帝は「天子(てんし)」と呼ばれ、天子は天命によって

選ばれた一族であり、「徳」を持つことが必要不可欠だった

(徳が無いものが天子の地位にあると天変地異が起こるとされ、

それを【天人相関】と呼んでいる)

だから、徳を失えば別の者に「天命」が下り、新たな天子が

誕生することになる

天子の交代とは「姓」の違う一族の支配となる事である

これを【易姓革命】と呼ぶ


だが日本では天子(天皇)とは、神の子孫であり「神の血」は

変えることができないという思想の上に成り立つ存在であって

不変ともいえる地位として認識されてきた

しかし、神の子孫であるのだから「王者」であっても、「覇者」ではない

日本の天子(天皇)は日本の王であっても、絶対権力者ではないと

いう基本が存在する

その結果「武士の時代」を招くことにもなったのではないか

これが日本の各時代を経てきた中で、天皇家が滅ばなかった事の

最大の理由であることを授業では教えてはくれなかった

天皇に代わる天皇という思想は日本には存在しなかったことになる


天皇が日本人すべてに敬愛されてきたかどうかなど知ることもできないが

江戸時代の庶民は「京におわす天子さま」が、いかなる人物かすら

知り得なかったのである

天皇の事を庶民に周知させたのは明治新政府だろう

歴代天皇の名前もどんな人物かも知らない日本人のほうが圧倒的に

多かったと私は思っている

閉ざされた空間・世界にいる天子こそ、日本人の尊崇の対象に成り得る

神の子孫としての「天子像」だったのではないだろうか

それがある日突然、庶民の前に天子(天皇)が姿を見せたのが

明治維新というものだった

私の私感ではあるが、天皇制の輝きを失ったのは・・・

あの明治維新からだと思っている

いろいろな意味で天皇の存在価値が目まぐるしく変わった

のも、明治以降という気がするのである


武士の時代であっても、特別な存在であり続けてはいたものの

政(まつりごと)から永く離れていた天皇が明治になって

維新による「覇者」になろうとしたことが、不幸な時代の幕開け

だったという見方もできるかもしれない


余談だが・・・

どうして日本では人間が死ぬと神として祀られる事があるのか?

それこそが「怨霊思想」が作り出した「血の通った生身の神」の誕生

の原因なのであるが、それも授業では教えてくれなかった


それを突き詰めていくと、神の子孫である天子(天皇)と、自分の先祖が

死んだのちに祀られ「神」となった家系との境界線が曖昧になってしまう

神の子孫である天皇家は神ではない

神に祭り上げられた者の子孫も神ではない

天皇でも神となった天皇もいる

日本人として生まれ、死んで神となった者もいる

その説明を学校で解りやすく行うことなど無い・・・


古代史の魅力とは学校で教わらなかったことを「知る喜び」

なのかもしれない(笑)
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