不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  なぞる 

なぞる

こんな言葉を感じた・・・

ある方のブログの記事から、両陛下の最近の行動に対し

世間が「疑問」や「疑義」を感じている事を知った


私が感じたのは「昭和天皇」の戦後行幸の残像を今上が

「なぞっている」のではないか・・・


たぶん適切な表現ではないだろうが、戦後の国民を勇気

づけるために、同じ地面に降りた「すめらみこと」を見せる

ために、昭和天皇は行脚(行幸)を続けたのかもしれない


現在の両陛下の行動(行幸ではない)は、国民を勇気づけるのでも

国民に何かを与えるのでもない不可解な行動と感じる国民もいる


大好きだった相手が嫌いになると、とことん嫌いになると言う事がある

「可愛さ余って 憎さ百倍」

不適切かもしれないが、今の天皇家や東宮家に対する怨嗟の声とは

つまるところ、そういう事なのだろうと思っている


大切に思って尊んだからこそ、落胆も大きく容認できなくなった


私は「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」という感情が欠落している人間だ

他人に厳しく 自分に大甘なのが私の得意技でもある

だから芸能人だろうが政治家だろうが、もちろん皇室であっても

盲目的な支持(熱狂的ファン心理)など理解できないのである


よく若いファンは芸能人が結婚すると「ファン離れ」を起こすとかいう

違っているかもしれないが、皇室ファン(支持者?)は「裏切られた感」

を感じて、それこそ微に入り細に入り批判しているのかもしれない


それが良いとか悪いとかの話では無くて、心理とはそういうものなの

だろうなぁ、と浅学な長屋の爺は感じているだけなのだが・・・


空気を乱すとか、雰囲気を壊すという言葉がある

社会の流れを乱す

という表現が適切かどうかは別にして、私は両陛下の頻繁なる外出は

(行幸などではない)、巷(ちまた)の営みに不必要なさざ波を立てているだけ

もっと言えば、必要のない諸々に対し、「気遣い」をさせるマイナスな行動

のように感じている

機会が少ない事は「有難味(ありがたみ)」を作り出す

ありがたみ とは勿体ない、恐れ多いという意味も

含んでいる

頻繁にお出ましすることは、有難味が薄れてしまい、勿体ない・恐れ多い

などという感情を希薄にしてしまうのではなかろうか

意図的なのか意図せずなのかは知る由もないが・・・


時々の世情が違えば受け取る側にも違いが出てくる

「ご成婚時代」をリアルに生きた人には不敬な発言に聞こえるだろう

しかし昭和天皇の歩まれた時代と、現代では事情が違う

のべつ幕無しとまでは言わないが、頻繁過ぎる「お出まし」に

疑義を感じるのは当然なのかもしれない・・・・

公務ではない「外出」の多さは、納税者たる「赤子」の両肩に

負担がかかっていることは事実なのである


民を思いやる気持ち、民衆の営みを慮ること

そういう心遣いも「尊崇」される種なのだと昭和天皇から

私は教えられたような気がする。
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