不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  武士道は滅んでいない・・ 

台風が去ってみると、頬にあたる風が秋を連れてきたと

感じた長屋の爺です

それでも残暑は続くのだろうが・・・


夏の疲れが出る時期を迎えて体の手入れをする必要に迫られている

ポンコツ爺なのだから、やらないよりマシな程度だが・・


武士道

この言葉を聞いて何を連想するだろうか

武士道と言う言葉はたった三文字の漢字なのに

とても多くの意味を持っていると考えている

最近の外国人は「武士道」にあこがれを持っているらしい

どこまで「武士道の本質」を理解できているかは疑問だが


日本人が忘れている物の一番は「武士道精神」ではないか



イラク復興の「第一次イラク人道復興支援隊」としてイラクに

赴任した自衛隊の責任者だった番匠幸一郎一等陸佐は

隊員たちを前にこう言ったそうだ・・・

【 国家の再建と復興に懸命に取り組んでおられるイラク国民の

方々に、夢と希望をもって頂けるよう、各国と協力しながら、

日本人らしく誠実に心をこめて、また、武士道の国の自衛官

らしく規律正しく堂々と、与えられた任務の完遂に全力を尽くし

たいと考えております】



戦前の日本人はアジア諸国に対し「侵略戦争」を仕掛け

植民地支配を行った・・・というのが通説である

それは違うと言っても、現代の日本人は信じようとはしない


日本人の「武士道精神」とはどういう事を指すのかと言うと

こんな史実が残されているので紹介してみたい


日本が未だ戦況が悪化していないときに起こった「マレー沖海戦」

日本と英国が死力を尽くして戦った海戦である

当時の大英帝国の戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」は

世界一の不沈艦ともいわれた船だった

その不沈戦艦ともう一隻の「レパルス」を日本の爆撃機が

沈めたときのエピソードである

日本軍の猛攻を受け炎上した「レパルス」に向かって

英国駆逐艦「バンパイア」「エレクトラ」が生存者救助のため

急行したとき、日本機は2隻の艦船に向けて打電した

 「ワレノ任務ハ完了セリ。救助活動ヲ続行サレタシ!」 

そして・・・プリンス・オブ・ウエールズが炎上し、英国駆逐艦

「エクスプレス」が救助に近づいた時には、攻撃を止めて

同じようにエクスプレスの救助活動を妨げなかったという



戦争とは「殺るか」「殺られるか」の世界である

このような状況でアメリカ軍なら情け容赦なく攻撃し

一人でも多くの敵兵の命を奪い、救助など容易に許すことは

無かったのではないかと思う

日本軍がとった行動こそ「武士の情け」であり武士道の真髄だと

私は思っている

如何に相手を殺すのかではなく、いかに相手と戦うのか

結果ではなく「経過」を重んじる精神こそ武士道精神ではなかろうか


余談であるが、プリンス・オブ・ウエールズの最期のとき

全員退艦を確認した英東洋艦隊司令・フィリップ提督とリーチ艦長は

退艦を断り艦橋に残り同船と運命を共にしたのである

これもイギリス貴族の精神【騎士道】を貫いたのである


フィリピンから妻子やフィリピン大統領らと共に、兵士たちが攻防戦に

血を流しているときに、逃げ出してオーストラリアから命令だけを出していた

卑劣きわまる敵将「ダグラス・マッカーサー」とは大違いだった


武士道とは「死ぬ」ことではない

「如何に生きるか」であり、人として恥ずかしくないその時を

如何にして迎えるかを探し求める

それが「武士道」だと私は思っている



どんなに財産を残したとしても、人に言えない手段で残して

他人に「後ろ指」を刺されたまま、その時を迎えるか・・・

とても裕福とは言えない人生でも、他人にも自分にも誇れる人生を

生きた人との違い・・・

日本人は「かくあるべき」というものが、有るとすればそれは・・

情けのある人生を過ごしたかどうか

西洋的価値観で生きている人にとって、笑ってしまうような言葉だが

日本人の勤勉さ・誠実さ、礼儀作法について諸外国からの称賛の声

を聞くたびに、日本人で良かった・・心の底からそう感じるのである。

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七つの徳目

演習への参加
お疲れ様でした
お早うございます
我慢を重ねておりましたが・・・?
本日は堪らずにコメントをしました
我が家は代々貧乏であります
子の名前は必ず『親』がつけました
私のひらかなだと四文字の名前は
子供の頃は
余り好きではありませんでした
鉄工場の親父も
中学の同級生もいまだに
苗字ではなく
オラの名前を呼びます・・・・?
ただ今となっては
父がつけた名前の一字に
『義』があります
誇りと思うべきでしょうか・・・・?
死ぬまでに
名に恥じぬ人となれるか?
甚だ不安であります。

2015/08/27(木) |URL|ハシビロコウ・ウナ [edit]

ウナさん こんにちは

公私ともにいろいろある毎日ですが、秋は来ても「厭(あ)き」は遠慮したいと願っています

親が名前を付けるのは、願いから付けるのだと思っており、願わくはこういう人になって欲しいという「親だからこその願望」だと理解しております

名前を付ける時点で対象者は「未熟」であり、どんな人間に成長するかは、最初は神と親の力に依り、途中からは自分の力で成長していきます

親が付け神に報告することが「命名」であります

神さまが観ている世の中、一歩ずつ名付けた時の「思い」に日本人は近づいていくのだと思っています

神にも親にも自分にも恥じない生き方こそ「武士道精神」ではないかと思っています(しかしながら、実践するのは険しい道のりであります)

2015/08/27(木) |URL|長屋の爺 [edit]

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