不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  皇室典範と欧州王家 

日本の天皇を決める基準になったモノは明治に

欧州の王家の規定を見本として定めた

皇室典範である



最初に当時の欧州君主国の元首(君主)を決める方法について

ふれておきたいと思います


決め方は選挙ではなく「世襲」が基本となっていたようで

その君主国によって3通りの王位継承権者の制限がありました


1 王族全体の男子のみ

2 王族全体の男子優先で女子許容

3 王族本系のみの男子優先で女子許容



どの国も「長幼の序に従う」とし、「必ず本系を先にして支系を後」

にすることになっていました


本系を先にとは、先君の長子が先君より先に亡くなった場合、

先君の次子(弟)ではなく長孫が後を継ぐことになるわけです


女子の王位継承を認めていた国でも、英国は姉より弟が優先され

ドイツでは男女に関係なく長幼の順が適用されたといいます


ただし・・・・

どの君主国も、男子であれ女子であれ、王位を継承しうる子には

二つの大事な前提条件がついていました

* 「嫡出の子」であること

* 「同等の婚媾(こんこう)より生まるる所の子」でなければならない


簡単に言うと、正妻の子でなければ認めない

さらに、王位継承権者は必ず実父・実母ともに【王族】でなければ

ならないと定められていたのです



【現に君位に在る所の氏族、或いは往時君位に在りし氏族の

男女、相婚する】 


これを「同等婚の原則」といいます


現王位の者の氏族か何代か前の王位在位者の氏族の

男女しか王位継承権を持つ子の「親」にはなれなかった


これが明治期の皇室典範の起草に大きな影響を与えたと

私は思っている

王位継承権を持つ男子の后になる資格は「王族」であることが条件

だと言っているのです

それゆえ、欧州の王家では女子の王位継承を当然のように

考えているのでしょう

父方・母方とも「王族」であれば、皇位継承に何ら不都合は無い

(王族出身の女王と王族の男子との子は血縁を繫ぐことになる)


平安時代に皇室典範が有れば藤原でも橘であっても、国母の資格は

無かったと言う事になる(笑)


平安の時代から「皇位継承問題」は日本国の一大事であり

そのために幾多の罪なき命が失われてきた

明治新政府はそのような歴史の過ちを繰り返さないよう

欧州王家を範として、明文化することを選択したのだろう


明治天皇は皇室典範の前文にも

【朕が後嗣および子孫をして遵守する所あらしむ】

と決意を示し、生涯その実行に努めている


「開かれた皇室」とはどのような経緯で成されたか

個人で学ばれるのが望ましいと私は思っている

日本の皇統は紆余曲折はあったが、今なお「元首」

として、「祭祀王」として尊ばれているのはどうしてか

なぜ欧州王家同様に続いていて、国民の多くの尊崇の

対象となっているのか、歴史をさかのぼってみると

いろいろなことが見えてくるのである


私の個人的な思いを言えば、欧州王家は守るべきものを守り

変えることの「安易」より、変えないことの「困難」を

自主的に選択・継承してきたからであり

情より規則、自分の思いより国民の思いが優先されるよう

強く固い意思で「守ってきた」結果ではないかと思う


王位継承に王の「心情」は不必要であり、国民が誰しも

納得できる「決まり」を守ることが王家の安泰に繋がってきたと

私は考えています

日本の皇室の未来は日本の国民一人ひとりが考えて判断する

事が大事なのかもしれません・・・。

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