不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  日本書紀の真実と古代豪族 (四) 

有間皇子(ありまのみこ)

日本書紀では謀反人であり、悪賢い若者で

狂人を装っていたとされる

有間皇子は孝徳天皇の皇子で孝徳朝が続けば

次代の天皇となるべき若者だった

皇位継承の望みの薄い中大兄皇子にとって

眼の上のコブだったと私は考えている


通説でいわれているように、中大兄皇子は

即位を辞退したのではなく、即位できる位置に

居なかった人物だと思っている


桓武天皇と同じ境遇ではなかったか・・・


日本書紀は異常なくらい有間皇子を罵っていて

それが逆に、本当に謀反など企てたのか疑問に

思える根拠にもなっている


日本書紀の有間皇子に関する記述の最後が

【云々(しかしかいう)】と言う文字で終わっている

省略を意味する文字であるが、「もっと話は続く」とか

「・・・ということらしい」などの意味も持っている

「本当のところは???なんだが、書けませんよ」

というようにも受け取れる


日本書紀がどう描こうとも、有間皇子はその時点で

皇位継承候補筆頭なのである


私は女帝・皇極天皇(斉明天皇)に疑問を持っている

おそらく女帝と言うのは持統朝になって創作された

可能性や他の天皇を隠すために生み出されたもの

そんな風に感じることが多い


有間皇子が日本書紀に登場するのは657年

父・孝徳天皇が失意の中「憤死」した3年後である



本来なら孝徳天皇が崩御し次の天皇を決めるに

際し、女帝の重祚(再び天皇に復帰する)を選択

する前に、有力な候補が居れば当然のように

継承されるはずだが、中大兄皇子が即位しない

というか、即位できない状況ならば、女帝の再登板

よりも若き天皇を選択する道もあったはず


重祚の過程に有間皇子の名前すら挙がっていない

そのような境遇にあったから「謀反を企てた」という

理論で書かれている気がする


日本書紀の記述に漏れている歴代の皇子(皇位継承候補)は

数知れず

それが日本書紀の「とるべき態度」であり

制作(編纂)の意図であると感じている


不都合は【書かない】、【遺さない】、【許さない】である

有間皇子は中大兄皇子の取り調べだけで即刻処刑

されている

前天皇の皇子に対する処遇とは思えない

天皇みずから詮議しないことに違和感を感じる

天皇(斉明天皇)がお飾りだったか、架空だったか

そのどちらかしかない・・・

その処刑が事実であったならばの話だが・・

謀反騒動も事実なのかどうか?


私の私論(暴論)としては、有間皇子が牟婁温泉

(むろのゆ)に療養に行った帰りを襲い惨殺した

その首謀者は中大兄皇子、実行犯は蘇我赤兄等

(守君大石、坂合部連薬)であり、それらは皆

天智朝で出世していることからも間違いないだろう

謀反を企てて連座したものが出世すると言う事は

謀反自体が「罠」か「捏造」という事だろう


蘇我赤兄は天智天皇の時代に重臣として仕えたが

壬申の乱で一族そろって流刑になっていて、生没年も

定かではない

生没年は定かではないが・・・事件は詳細に残されている(笑)

これが日本書紀の日本書紀たる所以であろう


本来なら天皇の皇子である人物、詮議も十分にせず

急ぐように処刑したのは「不都合」以外に考えられない

悪賢く謀反を企てているとされたのは、実直で非の無い

皇位継承候補だった証ではないだろうか・・・


有間皇子が狂人を装ったのは「尋常」ではない

狂人を装わねばならないほど、中大兄皇子の異常な

権力欲に、命の危険すら感じていたのだと思っている



                    
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No title

こんにちは。

万葉集の中には、さまざまな皇子たちがおられますが、大津皇子の次くらいに気になっているのが、有馬皇子です。

厳しい運命でいらしたのですね。

また、うたを読みたいと思ってしまいました。

2015/07/25(土) |URL|KUON [edit]

KUONさんへ

こんばんは

天皇個人も興味深いのですが、歴史に埋もれた皇子たちに

強い関心が湧いています

書かれなかったのにも「理由(わけ)」があり、書いてあることも

きっと理由があるはず・・・

爺の触角が騒ぎ出す要因です(笑)

いつか「大津皇子」も書きたいですね

長屋王・大友皇子・早良親王が目下の宿題です

2015/07/25(土) |URL|長屋の爺  [edit]

はじめまして

はじめてコメントをさせていただきます
いつも興味深く拝読しております

日本書紀と古代豪族について、続き⁉︎待ち遠しく思っております
里中さんの天上の虹がきっかけで、この時代に興味を持ちました
この時代に関する本も多くないところが玉にきずです

蝦夷、馬子、入鹿、、、
蔑称のような気がしてなりません
昔、北の地方は「蝦夷地」と呼ばれていましたし、馬と鹿、、、

和邇、春日系を祖とする方が「壬申の乱前後の歴史が当方に残っているものと違う」との書き込みをネットで見かけたことがあります
その詳細が探せなかったので、真偽のほども判りませんが、、

長々と失礼いたしました
時節柄どうぞご自愛下さいませ
今後も楽しみにしています

2015/07/26(日) |URL|momo [edit]

momoさんへ

こんにちは 

そして はじめましてですね

今の時代ならば、国史に嘘偽りを書けば、国民は黙っていませんが

この時代の国史とは「限られた人間」だけが眼にできる物だったでしょう

日本書紀の原本がどうにかなっても、民に影響などなく

古事記を観ても「失われた」からと言って、大騒ぎした様子がありません

偶々名古屋で見つかったから、重要だと騒いでいるだけでしょうね

史書・国史だから「嘘・偽り」が書かれていないという先入観を

棄てることから始めています

これからもお付き合いのほど宜しくお願いいたします

2015/07/26(日) |URL|長屋の爺  [edit]

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