不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  神託事件から見える藤原氏と天皇 

宇佐八幡宮神託事件

私はこれこそ「勝者の捏造・創作」だと思っている

僧・道鏡が天皇になろうとしたのなら、それは

皇位を奪う事であり、クーデター未遂に匹敵する

あるいは孝謙上皇(後の称徳天皇)と男女の

関係があったなら、戒律を犯した罪で「僧籍」を

はく奪されているはず

事実は770年8月、造下野薬師寺別当(下野国)を命ぜ

られていて、罪に問われた形跡などどこにもない

藤原氏によって左遷されたとしか思えないのである

姦通罪によって僧籍も奪われず、死罪や流罪にもなって

いないことから、神託事件とは「天皇」になろうとしたとか、

天皇をたぶらかしたような事件ではないと言える

その真相は藤原氏が隠蔽・抹殺してしまい、知る事は

できないが、権力に絡む「利権争い」の可能性もある


ではなぜ私が藤原氏の手による「隠蔽・抹殺」だというのか

この時代は8世紀後半で、道鏡は764年太政大臣禅師に任ぜられ

翌年には法王となった人物である

そんな要職についていた人物の生年が不明とされることに

歴代天皇の生没年が不詳の史書と同じ匂いを感じる

のである


もし道鏡が孝謙上皇を唆(そそのか)していたり、陰で

操っていたとするなら、結果から推量すれば、藤原氏の

意向を汲んで行っていたとしか思えない


もっと言えば、天武系を早期に終わらせる意図と

藤原氏復興を望む勢力の思惑は、道教が天皇の寵愛を

受けていることを利用して、易姓革命に近いような(天智系

の手に)権力を取り戻す計画の一つの駒として利用された

という見方もできる

結論を言えば、それほど後世の人間が思っているほど

道鏡は悪者ではなかったと言う事ではないだろうか


では、なぜ宇佐八幡宮だったのか? 


という疑問は、東大寺と聖武天皇の反藤原・反春日大社

さらに反興福寺に起因しているのではないかと思う


興福寺は藤原氏の氏寺(私寺)であったものを、国家の

手によって造営されていた

春日大社も藤原氏の手によって勝手に鹿島神を勧請し

氏神として祀ったもので、天武朝の伊勢神宮・皇祖神

が霞む勢いがあったのかもしれない

聖武天皇にすれば、私寺である興福寺の造営をを朝廷が

行うことに納得できなく、聖武天皇の発願で「東大寺」は

民衆の手による【知識寺】として完成させた

国家鎮護の寺を「国家権力」ではなく、民衆の熱意に

よって造営することが「反藤原」の錦の御旗だった

当然、その【守護神】は「春日神」であってはいけない

【宇佐大神】でなければいけない理由がこれなのである


東大寺と興福寺

宇佐八幡宮(宇佐大神)と春日大社(春日神)

天武系と天智系

聖武天皇と藤原氏



その対比がはっきり表れているのが

この時代の様々な出来事なのである


すべての事柄に共通するものは・・・

【反藤原】の強い思いではないだろうか


私は聖武天皇の凄まじい念を感じてしまう・・・。

                    
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