不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  宮中祭祀の真実 


今なお皇太子妃が参加しないとネット上で

批判されている「宮中祭祀」


皇祖・天照大神を祀る【賢所】

歴代天皇と皇族の霊を祀る【皇霊殿】

皇家の守護神・宮中八神と天神地祇を祀る【神殿】

この三殿で行われる祭祀を称して「宮中祭祀」と呼ぶ


歴代の天皇は三殿における祭祀を欠かさず行ってきた

・・・と言うのは正しくはない

明治以降はおそらく三殿における宮中祭祀を行って

きたのは事実だろう・・・


では、明治以前はどうだったのか?

天皇家は明治になるまでは「仏教徒」であったことは

世間では知られていることだが

皇居内に「皇霊殿」「神殿」などの宮中三殿というものは

明治まで存在すらしていなかった

だから天皇が自ら行う「親祭」などやりたくても

できなかったはずである


そこ(宮中)に在ったのは【黒戸(くろど)】と呼ばれる

仏式の祭場であった


今のような三殿の形になったのは明治22年であり

古代から続く宮中三殿における祭祀というのは単なる

イメージであり、明治になってから仏式を改めて作られた、

まだ新しい歴史の祭祀なのである

だからと言って天皇は祈ってなかったかと言うと

祈っては居ただろうが、神式か仏式かの違いがあるだけ

かもしれない

おそらく平安以降の歴代天皇は仏に対し「祈る」ことで

「祭祀王」の面目を保ってきたのかもしれない


特に【皇霊殿】は明治生まれの施設で、天皇のほかに

皇族が合祀されているが、明治10年に歴代皇后、皇妃

、皇親が、明治18年に岡宮御宇(おかのみやぎょう)天皇

つまり草壁皇子と祟道天皇など追尊された天皇が合祀

されている


宮中祭祀と聞けば古代から続く伝統のように思ってしまうが

正式に言うと明治41年に定められた【皇室祭祀令】からという

のが事実である

古代では天皇みずから祭祀を執り行うことは無く、神祇官が

天神地祇の祭りを執り行っていた

それが復活したのが明治時代なのである


それに付随して、各地の神社の祭りも、はるか昔から

連綿と受け継がれてきたと思っている日本人が多いが

これもその多くが、明治政府によって書き換えられ

古い形の「地方色・郷土色」が分からなくなってしまっている


その原因が日本の祭りは「神仏習合」で執り行われて

7~800年を経てきたものだったにもかかわらず

仏教排斥によって、神社から仏教色が一掃され

簡単に言うと「半分だけの祭り」になってしまった

その半分を埋めるために、新たな祭りの形式を

整えたものが今に伝わっている


私が日本の神道を壊したのは持統天皇。藤原不比等

と明治新政府だという根拠なのである



赤子のために祈る天皇

そんなイメージも明治政府が創作したものであるが

開かれなければ、見たくなかったものも多分に存在した

開かれた皇室とは、開けてはいけない【パンドラの箱】

だったかもしれない

                  
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教えて頂きたいな

批判コメントではございません。
本気に本当に疑問に思っております。教えて頂けるとありがたく存じます。

それでは天皇の霊性はどこから来るのでしょうか。前にも内緒コメントにて天皇の霊性男系男子について書かせて頂いた者ですが、今頭の中は???状態です。
是非腑に落ちるよう説明、、、というより、私にも分かるよう教えて頂きたいです。

2015/06/22(月) |URL|クリス [edit]

思い違いしてませんか?

こんばんは

あなたの言う「天皇の霊性」がどのあたりを言うのか不肖・長屋の爺には分かりかねます
型通りの「霊性」を言うなら、日本人の霊性は「仏教」に起因しているのではと思っています
天皇に霊性が無いとは言いませんが、どう感じるかはまた別の話でしょうか

私は研究家でもなければ、思想家、哲学者、宗教家でもありません
思ったこと感じたことを薄学に付け刃で「書きなぐっている」爺です

これ以上は専門家に問い合わせてください

あ、それとこのブブログを読んでくださっているならご存知と思いますが

このブログにおいて、「あいさつ」のできない人間はお断りしています

あしからず・・・・。

2015/06/22(月) |URL|長屋の爺  [edit]

申し訳ありません

挨拶が遅れました事お詫び申し上げます。また言葉足らずな文章での質問にもお答え頂きましたこと感謝申し上げます。

はじめましてクリスと申します。
長屋の爺様のブログでは感心する事しきりであったり、へー!そうなんだと、また膝をうつことも多々あり、勘違いしているのではとありましたが、私の頭のなでは調べに調べ尽くした博学王の如く思い込んでいます。それ故質問すれば何でも答えてではなく、教えて頂けるものと。答えの引き出しをポーンと開けて頂けると、ちょっと思い込んでしまいました。申し訳ないです。

私は祭祀王としてなにか見え無ない力が天皇には受け継がれていると、それは神道から来るものだと思っていました。この場合の思うは、よく考え調べ思うのではなく、なーんとなく思っているだけです。
何を持って霊性とするかの定義をはっきりさせないままの質問も良くなかったですね。

失礼がありましたことお詫び申し上げます、どうぞお気を悪くされないで下さいね。

知りたかったの…本当にただ知りたかったです。頭の中が???になってしまいましたから。

2015/06/23(火) |URL|クリス [edit]

No title

クリスさん こんにちは

怒っているわけでも気分を害しているわけでもありません(念のために申し添えます)
私は専門家ではありませんが、自分なりに消化しようとした途中経過をブログに綴っています

常識の「まやかし」、通説の矛盾など数えきれないほど巷間にあふれています

祭祀王=天皇=霊能者 というのも、巫女=卑弥呼=シャーマン=祭祀者

という思い込みによるものだと思っています

日本人の霊性は「仏教」、それも日本仏教に強く影響を受けていると思っています

日本の祭祀王である天皇は敬虔な仏教徒「三宝の奴」でした

日本の神道は仏教と交わり「神仏習合」の歴史を歩んできました

もし天皇の霊性がどこから生まれたのか? と問われれば

私は「日本仏教」からだとしか思えません

今、私たちが神道だと思い込んでいる物の中にも「仏教」に由来するもの
あるいは、仏教的思想から変化したものも多々あるのではないでしょうか

天皇は祭祀王として仏に縋りながらも、神仏に祈る王として繋いできました

儀式・儀礼を通してしか民衆の眼にふれない天皇の姿に神道的霊性を観るのも

仕方がない話です

その儀式が本当に「古代神道」由来なのか、だれも知ることはできません

そういう意味で「民」のために祈る【こころ】は繋がっていても、神なのか仏なのかは「天のみぞ知る」かもしれません

万世一系は「祈る地位」の継承であり、何に祈るのかは「時代」によって変わるのかもしれませんが、「こころ」の引き継ぎが天皇の継承だと思っています

2015/06/23(火) |URL|長屋の爺  [edit]

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