不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  半島から学んだものという誤解 

 【貴国は我が国に最も近い隣国であり、人々の

交流は、史書に明らかにされる以前のはるかな

昔から行われておりました。

そして、貴国の人々から様々な文物が我が国に

伝えられ、私どもの祖先は貴国の人々から多くの

ことを学びました】 



この文章が何であるか知る人は少ないかもしれない

1994年3月のことである

場所は「宮中」

発言者は「今上天皇」

宮中晩さん会の来賓は「金泳三韓国大統領」


さてこれをどう料理するか・・・

このブログをある程度の期間、訪問されている方は

半島から日本が学んだことは僅かであり

半島を経由したものは、大陸の制度・文化・文物であって

半島由来など皆無であることをご存じだろう


いまでは常識化している初等・中等教育の常識

これが常識・事実であると、国全体が信じ込んでいる


朝鮮半島の最古の史書(正史)である「三国史記」に

列島から流れてきた「脱解(タレ)」という賢者が4代目の

王位に就き、倭人を「大輔(テーポ)総理大臣のようなもの」に任命

したとされる

その後、脱解の子孫から7人の新羅の王が即位し、

新羅の基礎を作ったという。

これはあくまでも半島が王の命令で半島のために編纂した

史書(正史)に書かれていることである

「三国史記」というのは「高麗(コリョ)王朝」の時代に作られた

高麗は新羅から禅譲された王朝であるという国家基本を

確立しようとしていた

そんな国が「正史」の中でわざわざ「新羅は倭人が基礎を

創った」などと捏造する意味など無く、「正しい史実」を

国民に知らせるために書き残した・・とみるべきだろう


さらに【随書】には次のような一説が書かれている

【新羅、百済皆以俀為大国、多珍物、並敬仰之、

恒通使往来】


《新羅も百済も俀国を大国と見ている 優れた品々が

多いためで、新羅も百済も俀国を敬仰し、常に使節

が往来している》


これは俀国(倭国)が書かせたものではない

大陸の「隋国」の知識人が周辺の国のことを書いている

一説であり、事実かどうかも定かではないが・・・

隋という国から見た倭国と新羅・百済の第三者的評価

だともいえるのではないか


天皇陛下の言葉に異を唱えるのは恐縮だが

3世紀の半島の刀剣は【鋳物】であったが、日本の

刀剣は【鍛造】であり、明らかに文明の差があったことは

考古学から見てもはっきりとわかる


万に一つ、半島から日本が学んだとすれば、戦後に

半島人の民族性を思い知らされたことの一点に

尽きるのである


自虐史観よりさらに遠い昔の日本の歴史をいい加減に

教える「教育」の罪深さが、日本人を苦しめ、悩ませている

のではないだろうか・・・。

もしかして・・・天皇自身も「半島由来」と信じているのかも

しれない・・・という恐ろしい疑問がわいてくるのである。

                    

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