不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  「和を以て貴しとなす」の弊害 

日本人にとって良くも悪くも影響している思想

のようなものがある

「和をもって貴しとなす」 という既成概念である

一言でいえば日本人は【複】であり、西洋人は

【個】の思想文化の上に立っている

複の概念は「自己の主張」を善しとしない

その結果、話し合いの場である「会議」では

最終目的が「着地点の確認」のための話し合い

に終始する

日本の会議に欧米のような「侃々諤々」のシーン

はほとんど見られないのが現実である


「和を乱す」=自己主張

同じ髪型で、同じ服装で、同じ物を持ち

同じ価値観を共有する

それが「一番安心」できることでもあり

和を乱さない最善の選択になっている




日本人は本来他人がやらないことに

精魂を傾けるDNAを持っている

日本人のそういう特色は過去に多く見られた

しかし、日本人の「和を尊ぶ」思想と、他人と

違うことをすることの拒否反応は残念な

現実も見せてくれる

青色LED問題でもわかるが、個より複が大事であり

個人の業績努力<全体(組織)の和

失敗は個の責任で、成功は全体(上司)の手柄になる


北里柴三郎

世界的な医学者で、名前くらいは誰でも知っている

彼はドイツに留学し破傷風の純粋培養と血清療法

を成し遂げた細菌学者である

一説によれば、赤痢菌の発見も、北里の偉業だとする

ものがあり、発見者とされる「志賀潔(しがきよし)」も

北里は共同研究者というより、志賀が研究助手のような

状態だったと回顧している

そんな北里は英国・ケンブリッジ大学の細菌学研究所

の初代所長という要職の勧誘を断り、日本に帰国し

日本に細菌研究所を作りたいと政府に要望するが

政府はそれを認めず、かれは祖国において、無職

(プータロー)になってしまう

結果としては、伊藤博文が私財を投じて研究所を

創設したのだが・・・

技術大国といわれながら、その多くを欧米に流出

させている背景にあるのも、同じような「個」の軽視

であるかもしれない


北里柴三郎が福沢諭吉から受けた恩を、弟子である

志賀潔に送り、あるいは野口英世を米国に行かせ

最後は福沢諭吉の創設した慶應義塾に返した

(北里は慶應義塾の医学部に、志賀潔や北島多一など

北里研究所の名だたる教授を惜しげもなく送った)

慶應義塾大学医学部が私学でありながら、日本でも最上位

の医学研究の場であることは、こういうことから始まっている


上記のようなことを江戸時代では【恩送り】と言ったとか

江戸時代に生まれていない長屋の爺には定かでは

ないが、恩を返すのは直接でなくとも、巡り巡って

本人の喜ぶ場所に還っていくものなのかもしれない。
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