不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  聖徳太子と蘇我本宗家 (二) 

聖徳太子

厩戸皇子(うまやどのみこ)というべきか・・・

この皇子は超人・聖人として伝わっている


厩(うまや)で生まれたというのも

イエス・キリストを髣髴とさせ


生まれて間も無く言葉を発したというのも

釈迦が生まれたとき【天上天下唯我独尊】

と唱えたことの引用だろう


一度に沢山の人の話を聞き分けたというのも

当時の優秀な役人は、多言語を理解できる者が

重用されたからではないか

海洋貿易国家ヤマトにおいて、言語能力は高く

評価されていたのだろう



聖徳太子礼賛は桁外れのスケールであり

感嘆ではなく「非現実さ」ばかりが眼についてしまう

この通りの人物が実在していながら、皇位に

就かなかった、就けなかった理由があるだろうか?

125代の天皇の中に、彼以上の資質と徳を持っていた

天皇がいただろうか?


聖徳太子は通説では621年に亡くなっている

推古天皇が即位したのが592年(39歳の時)であり

その時に厩戸皇子は摂政・皇太子に就いている

少なくともその時、成人していたとすれば、50歳前後で

亡くなったと考えられる

即位できない理由など何処にも存在しない

政治を全て任されていた厩戸皇子の能力に

一点の曇りも無いといえる


即位できない理由は、生きている人間ではなかった

それくらいしか考え付かないのである


推古天皇の後継者問題でも、厩戸皇子の子である

山背大兄王は即位できなかった

即位できなかったばかりか、自死してしまっている

それも妻や子まで道連れにして・・・・


しかし・・・日本書紀は聖徳太子と山背大兄王が

親子とは記していない

親子という通説は「上宮聖徳法王帝説」という

聖徳太子の伝記に書かれているだけである

隠す理由もないのに、どうして明言しなかったのか


二人が実在で「親子」ではなかった

聖徳太子は架空であり、嘘は書かなかった

厩戸皇子は実在で、山背大兄王は架空だった

二人とも藤原不比等の創作だった



私は厩戸皇子という「平凡な皇子」は実在し

聖徳太子は捏造であり、山背大兄王は実在した

山背大兄王という人物は不比等と何らかの接点

があったかもしれないが、非業の死はありえない

そう思っている

非業の死を迎えたものは、「鬼」になる

山背大兄王が祟った話が無いことから

自死説も虚説と思われる

もう少し聖徳太子と蘇我氏を考えてみたい

(つづく)

                    
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