不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  ニギハヤヒとスサノオ (二) 

天の岩戸神話

多くの人が一度は聞いた事がある話だ


この「創作話」はどうして作られたか?

歴史事実を基に藤原不比等が構築したのか

それとも、不都合を隠すために大層な物語りを

考えついたか・・・そのどちらかである

前回はアマテラスが「夜」「月」を支配していた

そう書いたが、なぜ私がそう感じたのかは

ツクヨミ神というもう一人の神の存在が根拠

になっている

ツクヨミとはアマテラス、スサノオと共に

三貴神と呼ばれるイザナギ・イザナミの子である

アマテラスのもう一人の弟神と言われているが

その詳細は不明のままであることも不可解なのだ

アマテラスの逸話、スサノオの逸話とも

神話とはいえ「華々しい物語り」に書かれている

ところが「月の神」であるツクヨミは影が薄い・・

【太陽神】と【海神】だけが大きく取り上げられる反面

【月神】は無視されているのである

見方を変えれば、触れたくない事情が有るから

ではないだろうか

本来は【太陽神】と【月神】の神話であるべきものを

「月神」をあやふやにする意図から新たな神を

創作し、その神に「夜」「月」「陰」のイメージを

押し付けて隠してしまった

その意図こそ、アマテラスが月神であり、夜を支配する

女神であり、太陽の再生を祈る「日の巫女」であったから

に違いないと私は思っている


どうして不比等はそんなことを考えついたのか?

それは・・・持統天皇=アマテラス である必要があり

夜・月・陰のイメージでは不都合だったからで

天の岩戸神話や伊勢神宮造営も複雑に絡んで

くる話だと思える

藤原不比等も持統天皇も「天武朝」などたいした

問題ではなかった

あくまでも「持統天皇」を基とする天皇家を確立する

ことが主命であり、持統系の天皇を輩出するためなら

歴史をも変える大事業(歴史クーデター)を完成させた

我が子「草壁皇子」が急逝したことから、不比等が歴史

を捏造しなければならない必要に迫られた

持統天皇ー草壁皇子ー文武天皇という構図は

アマテラスーアメノオシホミミーニニギ

と全く同じ構図に「なっている

本来はアメノオシホミミを降臨させる神話の

予定が、草壁皇子が急逝したために変更され

孫である「軽皇子」にバトンをつなぐ形になった

「天子の降臨」ではなく、苦肉の策の「天孫降臨」

という辻褄の合わぬ神話にせざる得ない状況に

なったと言うのが本当ではないだろうか

太陽神の生まれ変わりと言う姿をめざしていた

持統朝と不比等にとって、夜や月、死の再生を

司るアマテラスでは都合が悪かった

そこで本来の太陽神「スサノオ」に代わって

アマテラスを「太陽神」に祭り上げた


本来は男性神が太陽神という常識すら無視し

ツクヨミという男女の不明な神を創作し、陰の

部分を押し付け、月神であるはずのアマテラス

を太陽神に仕立てた

そのかげで本来の太陽神・スサノオは悪行の

かぎりを尽くし追放された「悪」の烙印を押され

ることになった


それでは出雲の主祭神であるスサノオと大国主

はどんな関係なのだろう・・・

これは国譲り神話に隠された部分が重要なのだろう

国譲り神話とは、ヤマト朝廷が出雲から日本を譲って

もらった話に聞こえる

本当にそうだろうか?

和を以って貴しとなす・・・・

この言葉の創作も、実は出雲にある

話し合いが一番と言うからには、争いは

凄惨な殺し合いだったからであり、話し合って

譲られたというのは【騙り(かたり)】なのである


出雲族というのは出雲だけに住んでいたわけでは

ないと考えている

出雲地方を拠点としていたろうが、出雲の狭い

範囲だけに暮らす部族ではなかった

もしかすると古代の日本列島の半分以上を統治

していた大王家だった可能性もある

「朱砂の王」と呼ばれる支配者を武力を使って

責め滅ぼしたのが北部九州から来た部族で

そこには「寝返り」や「裏切り」が頻発した

神武東征の後、「四道将軍」を派遣して各地

を平定したと言うからには、出雲の残党刈り

であり、四道(日本各地)に出雲統治が根付いて

いた証明かもしれない


そこで出雲国造家の存在である

太陽神が「吉備津彦」若しくは「饒速日尊」であり

それを隠すために一役買ったとすれば、吉備の

部族の末裔かその同族ではないかと思う

寝返ったか若しくは従属したか・・・・

縁もゆかりも無い者が祀ることはできない

たたる可能性のある神は、その子孫が祀るのが

正常なのである

非業の死や冤罪などで無念の思いを残したものは

「祟り神」になる

そのたたりを鎮めるには、その子孫が丁寧に

祀らなければならない「法則」がある

世間で言うような、アマテラスの子孫などと言うのは

不比等の片棒を担いだ者の末裔だと告白している

私はそう思っている

古事記や日本書紀に書かれているように、国造家の

始祖は大国主に寝返ったと言うのは、本来なら

不都合な歴史である

藤原不比等が創作した「モノ騙り」であるなら

その時点では国造家は大和朝廷にとって

芳しからざる存在か、隷属させるだけの存在

という見方も出来る


716年に出雲国造による「出雲国造神賀詞」

の奏上が行われた

この時点で何らかの「密約」が取り交わされた

のではないかと私は考えている

それが杵築大社の造営と、出雲国造就任話

さらに出雲の地を治める権限を取得した

アマテラスが8世紀初頭に創作されたのなら

その子孫と公言する「出雲国造家」も創作で

あるはずなのである

その約定を破りませんと言うのが「神賀詞」の

奏上に他ならない・・・・

秘密を守ることが己を守ることであり

天皇家と藤原氏、出雲国造家の利害が一致した

ウィンウィンの関係が両家がアマテラスの子孫だ

という言葉に現れているのかもしれない

                  
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