不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  出雲と現人神 

出雲では「出雲大社」を参拝するとき

セットで回り手を合わせる場所がある

素鵞社(そがのやしろ)という

izumotaisya

拝殿で本殿後方の「素鵞社」を拝み、その後東十九社

の横を抜け、素鵞社でもう一度拝む・・・

出雲の参拝とは「そういう事」だと思う


出雲国造は「まさしく神」であり、単なる神道ではない

「日本の神道」は見えない神に対する尊崇・畏怖であり

ハッキリ言えば、「偶像」は神ではないという理念がある

当然ながら、人が神になるには「死滅」することが条件

過去のどのような偉人・賢人であろうと、神とあがめられ

祭られた者は、死後において「まつりあげられた」ものばかり


神話を見れば理解できるが、神こそ最高位であるという

認識から、頂点にある者を神と同一視、置き換えることに

よって、人心を纏め上げる効果を狙ったものだろう

その背景には、生まれたときから「神の赤子」という

ヤマト民族の意識が根底にあるからに違いない


なぜ出雲にだけ「現人神(あらひとがみ)」の風習が

残っているのか不思議であるが、天皇=神

というものは、明治維新以降に国民を一つに纏める

ために意図的に神の子「神民」を演出する方便に

利用したのは事実である


祭神が誰であろうと、伊勢の神は【太陽】である


古代から続くいわゆる「神道」は本来は山、川、

巨石、巨木、雷、風などの自然と現象を神と定めた

だからどんな人間であっても、神の言葉は聴けても

生身の者が人神と同体になることはできない

人神と一体になるという発想は、近代神道の思想だと

私は考えている

出雲大社がどんな言葉で説明しようとも、人間の霊魂

を認識し、人の霊魂を神と定めた後に「定着」した神事

を基本としているのが、出雲神道ではないだろうか


私が描く出雲国造家とは、「意宇」の地を治めていた部族

で、意宇(出雲東部)は鉄器の文化圏であり、杵築の

青銅器文化圏を侵略したという事なのだろう

その末裔こそ「出雲国造」であり、杵築の信仰神は古代神

「オオナムチ」であった可能性が高く、変じて「オオクニヌシ」

という祭神(祟り神)となった

意宇の「熊野神社」の祭神は「素戔嗚尊」であったから

本殿後方に「素鵞社」を建て、引き続き崇拝している

のであって、オオクニヌシを祀っているのではない

オオクニヌシを監視している(封じ込めている)のだろう


神と一体にならなければ、祀る事が出来ないほど

杵築大社の主祭神は「強烈な祟り神」という事なのだ


私はそういう事だと思っている

                   
関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

No title

こんにちは。

爺さまのこの場所で、以前にも読ませていただいていたのですが、今回も「杵築」という名前が・・・。はて、ときどき通るあの川沿いにも、杵築神社ってあるよね。と。

今日はお天気がいいので確かめに行こう、その前に調べてみようと、探りましたら、びっくり。

用明天皇二年(587年)に、と記されている、由緒ある神社と、初めて知りました。

ここで「杵築」と読んでいなければ、気づくこともなかったと思います。

「美しい参道」をわたって、お参りして参ります。

>杵築大社の主祭神は「強烈な祟り神」という事なのだ。

。。。こういうことも、全く知りませんでした。私。

2015/04/18(土) |URL|KUON [edit]

貴重な情報

こんばんは

kuonさんのコメントに「驚いている」長屋の爺です

意宇の熊野神社から造営した杵築の「杵築大社」へ移ったのは

716年ころ・・・それ以前に「杵築神社」が存在した?

奈良にも京都にも出雲は存在したのは事実であり

違った方向から古代史を見られるかもしれません

貴重な情報に感謝します

2015/04/18(土) |URL|長屋の爺  [edit]

Trackback

トラックバックURL:http://theangerheart1182.blog.fc2.com/tb.php/657-34450f2d


back to TOP