不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  出雲のお浚い (一) 

出雲大社はいつ建てられたのか

日本書紀によれば、659年に

「出雲国造家に銘じて神の宮を造らせる」

とある・・・

それが杵築大社であるとは断言できない

創建は不明である


私はこの数日、出雲大社を参拝した

天皇の足跡を探している・・・

しかし一つだけ・・・しか見つからなかった

平成15年10月、今上天皇・皇后両陛下が

参拝したのが初見である

伊勢神宮は明治天皇が初の参拝であり

どうにも理解できない状況である

熊野神社に44回も参拝した天皇も居た

と言うのに・・・である


国譲り 祀られましし 大神の

奇しき御業(みわざ)を 偲びてやまず


(  平成15年 美智子皇后 )

「奇しき」を【くしき】と読むか、【くすしき】と

読むかによって、意味は大きく変わる・・

くし と読めば、不思議だ、霊妙だ、の意味だが

くすし と読めば、近づきがたい、親しみが湧かない

窮屈だ、という意味にもなる

残念ながら、歌に全く造詣の無い長屋の爺だ

ギブアップですわ・・


それにしても、どうして歴代の天皇は参拝を

をしなかったのか?

どうして今上天皇は参拝することが出来たのか

(参拝する気になったという意味ではない)

参拝しないのも「先例」であり、伝統でもある


天皇家の先祖は、アマテラスの長男であり

出雲国造家の先祖はアマテラスの次男である

という事になっている(笑)

アマテラスに命じられて、国造家の先祖は

大国主神に対し国譲りの交渉に赴き、寝返って

大国主の仲間になったと言う、言ってみれば

天皇家に謀反をした家系である

国造家と天皇家は敵同士であることになる

と、同時に国造家は大国主の子孫ではない

それなのに、大国主を祀っているという

現代の感覚から言うと問題ないが、古代では

タブーである

怨霊になる可能性の神は、その子孫が祀る事に

なっていて、そうしないと祟りが起きるといわれる

出雲国造は論理的に整合性の無い家系と言える

神在り月も不可解であり、伊勢で無く出雲に国中の

神が集合するのも不可解である

出雲の不思議と虚説を妄想で説いてみたい

時間をかけながら、過去の記事のお浚いも

して行こうと思っています。

                  

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