不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  出雲のお浚い (四) 


アマテラスは実在したのか?

出雲大社や伊勢神宮は何時建てられたのか?

ほかにも沢山の解らない事がありながら

信じるか信じないかの二者択一

その状況を見て思うのは、権力者視線から

見下ろす研究ではないかと・・・・

ハッキリ言うと、不都合を排除した研究

行き着く答えは決まり事であり

ぶよぶよの身体をコルセットで締め付ける

西洋的価値感にも等しい


古代史はその殆んどを「記紀」に依存している

逆から観れば、「記紀」の検証研究であり

古代史の検証にはなっていない


 「考古学」は科学である

エジプト考古学の吉村作治・早大名誉教授はいう

仮説を立て、その一つ一つを科学という手法で

検証して証明する学問だというのである

私も「古代史」は、考古学と歴史学と宗教学を

合わせなければ成立しないものだと思う


古代の歴史を「記紀」という書いてある物だけを

基準にして居る現状で、私の言うような「整合性」を

持ち出せば、その多くは暴論・邪説の烙印を押されて

しまう事になる (ある意味暴論なのだが)


天照大神が実在したと断言できる人は

この日本にどれくらい居るだろうか?



この日本が「ある家系」によって、二千年以上

続いている事を証明できただろうか?



神代の天皇が架空であると言うが、その後の天皇が

実在した証明は為されていない・・・


「書いてあるから事実」 の基準で言えば

中国共産党の公式発表は総て事実になってしまう

私達が「日本の古代史」を考えるとき、とても参考

になるのが、お隣の国々の姿なのである


国家は嘘をつかない?

否である

国の文書には偽り・歪曲・偏向など無いのか?

否である

言い伝えは事実を伝えているのか?

否である



文字遺産は「勝者の遺物」である

敗者の文字遺産は伝える事が許されなかった

日本の古代史はおそらく永久に明かされることは

無いと思う

古代の遺産である「古墳」の科学的調査を

許さない問題は、国の成立をごまかす事に

なってしまう

何かと言えば、人だか神だか判らないモノを

持ち出して、宗教としての側面を無視して

しまうのが、歴史のプロ達である


論理的に不都合があれば、皇室や神様に

対する「不敬」という言葉を使い、「畏れ多い」

「控え居ろう」と印籠を持ち出してくる 
(笑)


なぜ日本書紀は現存しているのか

どうして古事記が残されていたのか

出雲国風土記だけが残されていたのか


ではなぜ他の文書・書物は現存しないのか?


それはその時々の権力者にとって甚だ不都合

だったので焚書にあった

、あるいは権力者の目から遠ざかっていて歴史の

流れの中で消失してしまったから


出雲国風土記が残されていた理由は・・・

大和朝廷を受け入れたからという説がある


侵略者を受け入れることでしか存続できなかった?

いつの頃に許したのか?


藤原不比等の時代である

持統天皇を正当化するためには、出雲の精神的服従

が必要だった


* 諸国の国造のうち出雲国造だけが残された事実

* なぜ出雲国造だけが神賀詞を奏上するのか

* 出雲の風土記だけが完本の姿で現存するのか


これをスッキリと納得させてくれる話を聞いた事が無い


少しだけ自論を書けば、出雲国造だけが残れたのは

妥協の産物か、出雲族ではない者が頂点に就いた

からかもしれないし

神賀詞を奏上するのは、「絶対服従」と「秘密」を

明かさない誓約を確認する為かもしれない

風土記が残ったのではなく、隠したから残った

言い換えれば意図的に「残された」ものだった


なぜなら、日本書紀の編纂(歴史捏造)の

参考資料として価値があったわけであり

用が済めば「焚書」になって当然である


写本の一番古いもので、1597年の細川本だ

それまでは何処にあったのか?

一部の人間達によって【秘されて】伝わった可能性も

否定できないのである

出雲国造家を「粗末に扱えば」暴露するよ!

・・は考えすぎ飛躍すぎだが、古代の史実を

隠蔽する「片棒」を担ぐことに由り、意宇の地で

権力を持ち、「現人神(あらひとがみ)」として

長きに渡り存続し続けたのかもしれない

(つづく)

                  
関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

Trackback

トラックバックURL:http://theangerheart1182.blog.fc2.com/tb.php/655-88e7ec99


back to TOP