不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  近況 そして伝統 

ここ数日パソコンの具合が悪い

一つのブログを訪れて、移動しようとすると

IEが停止してしまう

再起動するにも、かなりの手間がかかり

時間だけが過ぎてしまう

書いたブログもどこかに消えて、下書きを

こまめに保存して凌いでいる状態

予備のノートPCとタブレットがあるので、

何とかなっては居るが、非情にストレスがたまる

見苦しいところがあればご容赦を・・・


さて・・

形を残しながら続く事が伝統である

私はそう思っている

どうやら人というのは、自慢できるものが

伝統と考えているようだ

伝統の本質を決めるのは、内なる者では

なく,それぞれの時代の人々が判断するべき

わたしはそのように考えている


伊勢神宮と共に「伝統と歴史」を語るのは

「出雲大社」である

とにかく大社は自慢する・・・

可哀想なくらい自慢している

史実など見向きもせずに賞賛するという

有識者・神道関係者が多い

不都合な話はタブーなのである

私は日本の神道を解りにくくしたのは

「持統天皇」だと考えてきた・・・

しかし、どうにも説明のできない事柄も

多々観られてきては、考え直すしかなくなって

きてしまった


様々な書籍をつき合わせてみると、本当は

持統天皇の時代より、少し後に定まったものが

多いような雰囲気である

おそらくは元正天皇のときと思える

平城京への遷都にも消極的だったのは

元明天皇のようだ

藤原不比等にとっては、100%の価値が

ある天皇が必要だった

自らの意思で「譲位」したことになっているが

不比等の意向に抗うことが出来なくなってきて

皇位継承権の外に居た娘・元正天皇に譲位した

という事だろう


私は女性天皇説の否定論者である

史書に書いてあるから事実とは言えない部分が

多々あって、後世の捏造も大いにあると思っている

史実を見ても、皇后が権力を振る事実が見えてこない

持統朝までは、殆んどが「男子」の継承で「皇統」

を繋いできている

これは中国を「手本」として国造りを進めてきた

ヤマトの基本である

中国自体「女帝」はゼロに等しいのだ・・・

律も令も都の建設も、大筋では見習っているのに

最上位である「天皇」の継承権を無視するなど

不可解である

「皇統男子をもって、これを継承する」

易姓革命が起こり難い日本では「血統」を

重んじるからこそ、男系男子の天皇即位が

基本だったはずなのである


なぜ「持統天皇」だったのか・・・

 皇統を保持した天皇

ここでいう皇統は天智系か天武系か?

それとも他にあったのか・・・・

通説では天智系である

ところが天智系の天皇には元明天皇

もいる(天智の娘)

泉涌寺にはなぜか、天智天皇と光仁天皇

から位牌が納められているが、娘の持統や

元明の位牌は無い

私は藤原氏は天智天皇の系譜など、たいして

尊んでいなかったと観ている

持統天皇が崩御してからの、不比等の行動は

古代豪族の足跡を「なぞっている」ような雰囲気

さえある

自分(藤原氏)が「のし上がる」為に必要なのは

意に沿う「天皇」だった

藤原京

中臣鎌足が通説のように、天智天皇から「藤原姓」

を賜っていたなら、臣下の名前を京につけたという

前代未聞の「珍事」であり

藤原京にあやかって、天皇から賜ったのであれば、

鎌足伝説は後付の創作話という事になる


1.和を以って貴しとなす

2.篤く三宝を敬え

3.詔を承りては必ず謹め


17.それ事は独り断むべからず
   必ず衆と論うべし

十七か条の憲法といわれるもの

天皇に従う事より、仏を敬う事より

何よりも優先されるのが、話し合いだと 

聖徳太子が決めたというが、当たり前なら

書く必要も決める必要も無い・・・

其の当時、話し合いではなく、武力で物事

を決める風習だったから

神だ仏だという、宗教観からの諍いが

絶えなかったから

天皇の言いつけを守らない人間が多かった

だから憲法に明文化したのではないか

それも天皇や仏教よりも、「話し合い」が最も大事

といい、1条だけではなく最後の17条にも同じ様な

記述をしている

話し合って決めたことは道理に適い、どんな事も

成し遂げられるとまで言っているのだ(17条)


では十七か条の憲法が定められたあとは

憲法に沿った国政が実現したか?

答えは「否」である


「相談して決めなさいよ」の精神は、現代でも

会議好きの社会に残されている伝統だ


私が注目したのは「三宝を敬え」である

神の子孫と公言する天皇家を中心とする王権が

皇祖神でもなく八百万の神でもない

「仏」を敬えと憲法に明記する飛鳥の心

神話も社も何もかも、716年を境にして

湧いて出たかのように・・・


昔から「神を中心に」国は歩んできた・・・

というのは、国史に書いてあるからに過ぎない

十七か条の憲法が「捏造」なのか

それとも、国史に書いてある古代史が「虚説」

なのか・・・どちらかでなければ整合性が無くなる

(さすがひねくれ爺だw)


これは明治新政府が出した、「五箇条の御誓文」

にも踏襲されていて

広(ひろ)ク会議(かいぎ)ヲ興(おこ)シ万機公論

(ばんきこうろん)ニ決(けっ)スヘシ

「天下の政治は世論の向かう所に従って決定せよ」

という意味である (知ってますか政治家さん・・・)


716年は重大な意味を持つ年である

元正天皇という皇后でも男性天皇の皇女でも

ない皇族が天皇になった「歴史の珍事」である

母親が天皇だからと言って、其の娘の父は

天皇ではない

これについては万世一系擁護派は触れたがらない

伝統という名の欺瞞である (批判お断りですw)


皇后の即位

男系男子から女史では、皇后は天皇を補佐して

きたので政務にも明るいからと理由付けした

政務にも就いていない、皇后でもない女性皇族

を天皇にすることは、万世一系には抵触しない

「特別措置」そういう理論だろう(笑)


これを世間では「断絶」「中断」という

繋がるには「筋」が不可欠である

その「筋論」を外したときに「伝統」は途絶える

女性皇太子も筋から言えば、男系であっても

つなぐ事は出来ないのであって、「皇統」とは

男性天皇の血筋を「筋」とし、男子から男子へ

つなぐ事が最低条件なのである

本題を逸れてしまったが、伝統に関して

「出雲大社」と「国造家」について次回から

「おさらい」してみたいと思います。

                  

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