不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  言霊体質を理解する 

長屋の爺は「へそ曲がり」であり

世間では「変わり者」である


面倒くさい爺なのである

「どうして そういう風に考えるかなぁ」

と旧友にほめられ(咎められ?)ます(笑)

これは性分であり、他人を傷つけるような

結果になっても、曲げられない性(さが)で

この歳では、もはや変えようが無い・・・


何かを決めるとき、なんとなく決めたものなど

この世には在りはしない

親を大事にという事は、大事にしない人間が

この世に少なくないからであり

人は皆、仲良くするべき、ということは仲良く出来ない

人間が多いという事なのである


規則や法律も、それに反するものがいるから

規則と言うものを設定するのではないだろうか


日本人は言葉を大事にする民族であり

大事にするあまり、その言葉に酔いしれて

しまう事がある

そして・・・言葉を大事にする結果、その言葉に「チカラ」

が存在するとかん違いをしてしまう


「お人好し」の根底に潜むものは、過剰なまでの

言葉のチカラへの信頼ではないだろうか

こういう現象を【言霊体質】と呼ぶのだろう


差別語 というものがある

差別語は言っても書いてもダメだと言う

差別語を言わないと「差別」はなくなるだろうか

この世から差別語をなくせば、差別がなくなるなら

私は今日から「差別語」を使わないことにする


これを「屁理屈」と思う人には、理解できない

かもしれないが、これが言霊に通じる問題なのである


差別語と同じ様な扱いを受けるのが「忌み言葉」である

結婚式で、「去る」「切る」「帰る」「戻る」「別れる」

などは使ってはいけないと言われる


だけど・・ケーキは切っているじゃないか

と言うと、「ケーキにニュウトウ(入刀)」ですと

反論される (私にとって同じことなのだが・・・)

これも「言霊」のなせることである

同じ「動作」であっても、言葉が違えば別物に

なるのが日本人なのである


縁起でもない言葉は口にしてはいけない

なぜなら実際に起こってしまうかもしれない

からだという・・・

起こらなくても問題ではないが、起こったら

口にした者の責任になってしまう

離婚したことは「本人たち」の問題であり

別れるという言葉を使った人間のせいではない

・・・と、長屋の爺は思いますが、どうでしょ?


私は時折言葉を「かな」にして考えます

稀ではあるが言葉の本質に(漠然としてではある

けれど)気づくことがある


「いたい」と聞くとどの文字を連想するか?

痛い なのか、居たい なのか

私は痛いという言葉を、【意・退】と感じた

気持ちが後ろ向きになる「呪文」である

いくら「痛い」と叫んでも、愚痴っても痛みも

消えず、気持ちが暗くなるばかり

痛いは自分も廻りの者も、気持ちを暗くする

【痛い】を言わずに、明るく【居たい】ものです


「かなしい」はどんな文字?

哀しい なのか、悲しい なのか・・・

「悲しい」は【可・無し・い】と書く

悲しいときにうつむく事は過去を引きずる事

そんな状況では良い事など起こりはしない

可なるものなど無し なのである

【不可い可無し身】は真っ平である


時折、景色を見ながら、車窓からみる街並み

を見つめながら、つまらない言葉遊びをする

暇な爺と言われてもしょうがないですね・・・。

【予告】

今日も此処まで来るのに3時間格闘しました

パソコンはいよいよ終局に近づいています

突然の休みがあれば、パソコンの不具合ということ

予備のPCの設定が済めば更新します

その日が来ないことを私自身は「切望」して

いるのですがねぇ・・・。

                  

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