不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  あるブログを観て・・思った 

とある方のブログのコメントに

激昂した言葉を残された人が居た

「人の口に戸は立てられない」

とはよくいったもの・・・とは思わない

何処が「お気に召さなかった」のか?

自分だけが「辛い」「苦しい」「不幸」

そんな気持ちがどこかにあったのか・・・


私も北海道の山奥、雪深い田舎の生まれ

雪に関する苦労は人並みに体験している

「心に余裕が無い」「周りが見えない」

それを「心を亡くす」、忙しいと言うそうだが

生きるのに必死と思っているうちは、余裕がある

本当に必死、生き延びるを経験すれば・・・・

ヒトサマの言葉を批判する余裕など

湧いてこない、私の経験上での見解だが


ヒトサマのブログで「悪口雑言」は・・・

無理やり聞かせた話でもない

自分が自分の意思で「覗いた場所」で

唾を吐くに等しい

そんな結果に苦いものを感じた


ブログを閲覧するという事の無理解が

そういう結果を招くというのが解っているのか・・


ブログは気を使って「仲良しごっこ」を繕うような

場所ではない

自分の気持ちや考えを吐き出す場所

お友達、いい格好しい集まれ!

のスペースではないのである


どうも最近、「傷を舐めあうのが」ブログ仲間

という風潮が見える

閲覧の自由は閲覧者に委ねられている

嫌なら観なければよい

気に食わないならスルーすればよい

自分の言葉は、ブログ主以外にも他の閲覧者

の眼に留まる

そんなもの観たいがために、ブログを訪ねるわけで

はない

自分の憤懣を晴らしたければ、自分のブログで

大長編記事を投稿すればよい

どういうわけか、他人様のコメント欄を

2Chの板とかん違いする人間が居る

かん違いはどこまで行っても「勘違い」

コメント欄は「批判板」「反論板」ではない


私のような人間は、まったく気にしないが

気にする人には「いささかムタイな仕打ち」に

感じるコメントも多々見受けられる


ブログにも、【閲覧上手】とか【閲覧下手】

コメント上手やコメントベタなんてぇのが有るのかも


判る人に解ってもらうのが「ブログ」

報道記事に「批判メール」するのとは

そもそも別次元の「文字世界」なのである


ご自身が笑われたと感じたとしたら

被害妄想か考えすぎと思うのだが・・・

ブログを読む限り、怒る要素が感じられない

そんなことから、余計な事であったかも

しれないが

とあるブログを観て感じた長屋の爺の自論

であり、お気に召さなかったら、ご容赦を・・

おっと・・寝なくちゃ今日も仕事だw

                   
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