不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  天皇家の血統と桓武天皇 1 

よく聞く言葉に「天皇家は半島の血統」だ

という

何を以って「血筋」と言うのか、何を根拠に

先祖というのかである


「皇室の先祖は半島人」の根拠は多彩である


渡来人が初期の朝廷に影響を与えたこと

天皇の数人に半島人疑惑が根強いこと

政権を牛耳ってきた藤原氏の出自の謎

文化・風習が半島由来という誤解


たしかに初期ヤマトでは、大陸の影響を根強く

受けているし、半島を経由して文化が入ってきて

も居るが、半島の文化が日本に入ってきたというのは

誤解されている面も多々ある

その当時(現在もだが)、半島の文化は「独自性」は

稀であり、殆んどは中国の文化と言っても過言ではない

たまたま中国の文化が日本に伝わる経路上に「半島」

があったと観るべきだろう

現在の半島人は「ワイ族」であり、朝鮮族ではない

朝鮮人とは半島北部(中国)に住む、中国系部族であり

ワイ族が住む前の半島の住人だったのである


何でも「朝鮮発祥」というが、そのほとんどが中国起源

と言ってもよいだろう

日本は魏・宋・唐・漢・呉などと直接・間接的に外交を

してきた

半島に住む人間も倭人が多かったし、その国々の中にも

倭人が「王」だった国さえある


私が考えている「皇室朝鮮人祖先説」の一番の根拠

は、「桓武天皇」ではないかと・・・あくまでも妄想である


桓武天皇 第50代天皇

光仁天皇の皇子でありながら、出自(母親)の低さから

中務省の役人であった時代がある

当然、皇位継承など望むことなど無理な立場だった

私はこの天皇は「結果」に恵まれた人物だと評価して

いる

言うなれば、「あがいた結果が好結果を齎した」

天皇の子でありながら、母親の出自のために、将来

の夢も乏しく、悪魔の誘いに乗っても不思議ではない

そんな境遇だった

唯一の救いが、父である光仁天皇が「凡愚」であった

この天皇も即位など夢また夢の立場で、政争に巻き込まれ

ないように、人生の大部分を「酒びたり」ですごした人物

その天皇の後継者として「皇太子・他部親王」がいた

母親は聖武天皇の娘・井上内親王で、申し分ない血筋

だった、

ところが、この井上内親王・他部親王を冤罪によって

抹殺してしまう

通説では、藤原種継、藤原百川の陰謀だというが

私は山部親王(桓武天皇)が加わっていたと考えている

藤原種継・百川の傀儡に納まるような山部親王ではない

さらに、その当時の朝廷の原則は「母親が天皇の子」か

「藤原の女」である事が求められたのである

そのどちらにも当てはまらない母親・高野新笠の子では

即位など絶望だったはずで、他部親王の存在は揺るぎない

ものだったのである

今で言う「コンプレックス」が桓武帝のエネルギーだった

しかし、一つ道を誤ると、それを押し通す(正当化する)ため

新たな「わき道」に足を踏み入れてしまう

早良(さわら)親王の「廃太子」と謀殺である

早良親王は同母弟であり、自分が通った道が弟の

通れる道となった事に「不安」を感じたのかもしれない

さらに、自分の皇子・安殿(あて)親王に皇位を継がせたい

欲求に駆られたという事も言える

間違いなく、高野新笠が半島人であるならば

皇室の血筋に「半島の血」が混じった事は否定できない

(あくまでも何処までを血筋と見るかであるが・・)

かれの人生は、血塗られた京(みやこ)からの脱出に

傾倒することになる

長岡京への遷都である、わずか10年の京にこめられた

ものとは、「過去」から逃れる為、天武朝の都から自らの

都への遷都を模索していた

平城京とは「天武系の都」であったわけで、他部親王を

抹殺したことで、天武の血筋は途絶えてしまった


子孫が絶えた家系は「祟る(たたる)」のである

その祟りから逃れたい為、新しい「天智系」の都が必要

になったという事だろう・・・。

(次回に続く)

                    
        
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