不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  藤原氏と藤原京の虚実 

持統天皇四年十月条

「壬申に、高市皇子、藤原(ふぢはら)の宮地(みやどころ)を

観(みそなほ)す。

公卿百寮(まへつきみつかさつかさおほみ)従(とも)なり」


同十二月の条

「辛酉に、天皇、藤原に幸して宮地を観す。公卿百寮、皆従なり」

とあって、同八年十二月の条に「藤原宮(ふじわらのみや)に

遷(うつ)り居(おは)します」



 【藤原】 ふじわら・ふぢわら

私達は何の疑いも無くこの文字を「ふじわら」と読んでいる

なぜ「ふじわら」と読むのだろうか?

先生が教えてくれたから・・・では納得できない

  《漢》 トウ 《呉》 ドウ 《訓》 ふじ

  《漢》 ゲン 《呉》 ゴン 《訓》 はら

藤という植物は日本の固有種であり、大陸にあった花の名を

訓読みしたわけではない

というより固有種である花になぜ「藤」という字を当てたのか

藤を《ふじ》と読めば「花」のことである

藤を《とう》と読めば「ラタン」のことになる

これからは長屋の爺の妄想である

大陸ではラタンの事は「トウ」と読んでいて、「藤」の字

をあてていた

ところが「藤の花」も蔓科の植物のように「つる」を這わせる

習性があることから日本では「ふじの木」のことも「トウ」と

呼ぶようになった

そこで「トウ」の音を持つ「藤」を充て《ふぢ》と読んだ

・・・ちょっと苦しいか(笑)

ふじ という音も、古代では「ふち」「ふし」などだったかもしれない

アイヌ語で「トウ」とは、二つの という意味である

「ケム」は 血 のこと、「ケン」は~の上 の意味である

藤原を「トウ・ゲン」と読めば、二つの血筋、二人の先祖と

いう解釈も出来る



【藤原宮】は、676年(天武5年)に工事が始まり、704年(慶雲元年)

に完成したという《考古学》

(通説では690年(持統4年)に着工され、完成は704年(慶雲元年))

ところが「藤原宮」という名は「日本書紀」に記されているが

「藤原京」という呼び名の都は何処にも無い

「新益京」という名が正しいというが、なぜ「藤原京」という

名が広まったのか不可解である

「大阪府」を後世の人間が「橋下都」と呼ぶようなものか(笑)

藤原の宮という呼び方は、後世の書き換えではないかと

思っている

なぜなら、京(みやこ)の名前を臣下の「姓」に与えるという

ことはありえないと思う

反対に臣下の姓を新しい都に命名するなど異常である


藤原氏にしてみれば、自分の姓が嘗ての京の名前であり、天皇から

下賜されたとなれば、これ以上の名誉は無いだろう

藤原の出自を偽造するための、後世の加筆・捏造の可能性

を感じている

藤原宮という僅か16年の間の日本の都

持統天皇がどの様な思いで、京の名前を「藤原」としたのか


天智天皇から中臣鎌足が「藤原姓」を賜ったのは669年である

天皇が下賜した「藤原」という文字を、新しい京に命名すること

は不可解でしかない


もし・・・嘗ての都の名前を「下賜」されたというなら

鎌足が天智天皇から賜ったというのは「嘘」であり

鎌足が本当に賜ったというなら、「藤原宮」も「藤原京」も

捏造である

藤原が絶大な権力を握ったのは、もっと後の時代なのである

藤原宮があったから、藤原氏が隆盛したのではなく

藤原氏の隆盛があったから、藤原宮と後に呼ばれたのでは

ないだろうか・・・・

                   
関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

Trackback

トラックバックURL:http://theangerheart1182.blog.fc2.com/tb.php/596-47b82a05


back to TOP