不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  伝える事の難しさと歴史の嘘 

【お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる】

これは江戸時代の「多賀講」信仰の流行によって

拡がった「里謡(りよう)」である

「お多賀さま」とは滋賀県にある【多賀大社】のことだ

祭神は「イザナギ命」「イザナミ命」の二神である

日本の神話の中の【創生神】として、詳しく古事記に

かかれている

古代ヤマトでは「死」は穢れたものであり、そのケガレを

一番最初に経験したのが「イザナミ神」である

神さまは「天上の世界」に居て、清浄なものとして

認識されているが、なぜか「不浄」「ケガレ」である「死」

を迎えてしまうという矛盾を伝えている

神は人間と違って「穢れである死」とは無縁だと思って

いたが、創生母神である「イザナミ神」は穢れてしまうことに

なっている

このイザナギ神・イザナミ神の神話は、見ようによって

現代にも通じる「人間模様」が描かれている


出現(誕生)→結婚→出産→諍い→離婚→死

という凡そ神さまらしからぬ、ドラマを演じている

これは特定の神様というより、各地に伝わる「創造神」

や「始祖神」の伝承を一つに纏めて作り上げた神さま

だといわれている

通説では、神様のイメージが人間に近ければ近いほど

より古い伝承であるという

近い時代の神さまは人間離れして、人間とは一線を画して

伝えられるが、時を経れば経るほど、人間臭さが加味されて

伝えられていくという

人の伝記も時と共に「誇大」や「神格化」され、現実とは

ほど遠い伝承になっていく傾向があり

人々の「願望」や「親近感」が、人の口を介して「尾ひれ」

がついて、形を変化させていくのだろう

一晩で何百キロも駆けたとか(今の時代なら可能か)

一人で36人を斬った荒木又衛門など(実際に斬ったのは二人)

「尾ひれ」の顕著な例なのである。




さて、文字のない時代なら、言葉(音)で伝える手段しかない

一人から一人でも、一人から多数でも同じ問題を孕んでいる

正確に「伝える」ことの難しさが此処にある

「*月○日 △時 ++の前で」

これを口伝えで行えば、どのくらい正確に伝わるか

おそらく「△時」が「△時ころ」「△時過ぎ」に変化したり

「++の前」が「++の辺り」だったり、「++の中」に

変わるかもしれない

人の記憶の曖昧さの根源は、情報と言うモノに「意思」

が加味されてインプットされてしまうからだろう

「++の前」は人ごみがすごいから、横でも良いよね

「△時」と言ったけど、電車の時間が分からないから

「△時ころ」でよいだろう・・・・

これが自分だけでなく、他者に伝える「情報に変化」して

拡散してゆくことになる

(これは想像ではなく、爺の実体験による考えである)


古代の史実と言うモノに、「諸説」あるというのは、おそらく

こういう事も原因の一つになっていると思っている

そして・・・その中で一番「尤もらしい」説が、通説とされる


通説、常識の嘘とは「人の意識」というフィルターを通って

確立された【仮説】である

古代史に模範解答のようなものはあっても、【正解】は

誰にも分からない(その時その場所に立たない限り)


「歴史書」に対して著者の勝手な思い込みなどと批判する

コメント・書評を観る事がある

百人居れば「百通り」の仮説があって当然であり、書いてあるから

事実だという人間の「程度」が疑われてしまう話だ


「その当時は、***が明確で、そのようなことは考えられない」

いつも、違う事がおきるから「最初」があるのではないか?

それを人は「異例な事」とか、「歴史上初めて」と流してしまう

通説も定説も、常識でさえ、最初は「常でない出来事」だった


神さまも天皇でさえ、書いてあるから実在したという思い込み

を少し違う角度から、観てみることも「有り」なのではないか


私の「歪んだ思考」かもしれないが・・・・

古代史は「歴史学」と「考古学」そして「宗教学」を総合的に

判断・解釈するべきだと私は思っている


その意味からも、天皇陵(古墳)を根拠の無い「比定」では

なく、きちんとした「学術調査」をすべきであって、神も祖先も

冒涜する事にはならないと思っている

(現実には宮内庁が廃されるか、皇室が解体されないことには

その実現は不可能に近い)


小学生に「異国の言語」を教える前に、この国の「本(もと)」を

キチンとおしえる必要があると思っている

架空の古代天皇に墓(古墳・陵)があることの不可解さを

どうやって教育するのか?

戦後において「軍国主義」を否定するならば、その背景にあった

偽りの天皇陵の「学術的解明」こそが、「現人神(あらひとがみ)」

ではない、本当の「皇室の在り方」を国民に示す事になるはずだ


口では「戦前の思想」を否定しながら、行動といえば悪しき風習を

踏襲している現在の政府・役所・機関の「矛盾」を国民が気づかない

ことも残念である

天皇は「神」ではない、日本の「元首」であり、「祭祀王」である


元首である天皇家の墓(陵)が「偽り」であって良いはずがない

祖神(祖霊)を冒涜しているのは、研究者達ではない、宮内庁という

「公僕」の思想こそ「皇祖の霊」を冒涜しているのである


私達が「**宮」だったり「*宮」であったとして、祖先の墓と

聞かされてきたものが、まるで関係のない墓(陵)だったとしたら

これほど酷い侮辱・冒涜はないのではないか

「責任者は出て来い」 と言っても不思議ではない話だ

天皇陵といわれる古墳は、宮内庁が昔々に「多分そうではないか」

と言われてきたものを、確たる根拠も無く「踏襲」しているにすぎない


一事が万事と言う言葉がある

天皇家の陵(みささぎ)でさえこの有様である

史実といわれる「史書」にどのくらい「不実」が書かれているのか

もっと言えば、史書自体どの程度信憑性があるのか疑問である

何度も書き換えられた形跡さえあり、一度に書かれたものでは

無いとまで言われている

私はこれからも「書いて無いもの」にこそ、真実の歴史が

隠れていて、形を変えて今に伝わる、先人の思いを探したい

そう思って「日本の古代史」を考えて行きたいと思う

                   

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こんばんは。

いささかは寒さの厳しからぬ夜です。

奈良の地に住まって40年近く。電車に乗れば車窓から御陵が見えます。車で走れば古墳の傍を通り過ぎます。近くには古い古い天神さまの道があって、当たり前に蛇にも出遭います。私は海の恋しい人間ですが、このまま奈良でひとよを終えて悔いない気持ちに、今はなっています。

かつて。

巨大なデパートが出来るとて、平城旧跡に近いあたりを掘り返してみれば、そこから現れたのは「長屋王邸宅跡」。

地階を作るは成らぬとお達しが出て、デパート一階は女性用のブランド化粧品各社の色彩、芳香に溢れかえるその奥は、食料品販売エリア。天ぷらトンカツを揚げる匂いが・・・。奈良に地下街は無理です。

考古学的理由により工事が遅れていた時期、なぜかわが家にも新規の付き合いを求めて来た外商の若いお兄さんが。

「あんなの、埋めてしまえばよかったですのにねえ」

とのたまいました。彼の立場、見解は、そうであったのでしょう。

巨大デパート(そごう)が去った跡は、かなり庶民的な大型スーパーへと変身を遂げて、店舗は未だに営業をつづけております。店先に

「長屋王邸宅跡」と、申し訳のごときプレートを掲げられて。しかし。

春には、豪気に大きく成長した桜の木が何本も、恣な花を咲かせます。

バスに乗ってその桜を眺め通りながら、昔の人と同じ空の下で、桜の満開を見ている、と、感じます。毎年、感じます。

それだけで、胸のつまる思いがします。

もうすぐ、春です。

2015/01/25(日) |URL|KUON [edit]

軽んじる風潮

KUONさん こんばんは

奈良を最後に訪れたのは、40年以上前です

そのころは「歴史」というものに全く無関心で、奈良の記憶は

薬師寺で聞いた管主・高田好胤師の説教だけが残っています

法隆寺も奈良公園の鹿も記憶にありません(笑)


日本の大きな過ちは世界の国々に比して、歴史遺産・遺物に無関心だという事です

今頃あわてて「世界遺産」に血眼になっている国民を見ると、哀しくなってしまいます

これも文明開化という名のクーデターによって国民が「古き歴史」より「西洋の新しさ」を重要視したからでしょう

伝えてゆくべき義務を怠った明治政府に対し怒りと失望を感じます

日本の価値を半減させているのは、「伝統・歴史」を軽視する風潮・国家観にあるのかもしれません

2015/01/25(日) |URL|長屋の爺  [edit]

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