不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  神さまとお賽銭 

運勢 星占い を信じる人は多い

幸運のアイテム 運気を上げるアイテム

幸運の壺 魔除けの御札・・・・


神社で拝礼するとき、いったいいくらのお賽銭を

投げ入れますか?

5円は「ご縁」に通じ、良いとされ

10円は「遠縁」に通じるからダメという

これを信じている人・・・結構多いそうです(笑)

これは「俗信」でしかないですから

根拠など皆無です、芸人の「語呂遊び」の類ですね

縁起を担ぐ、担がれる人は、ぐるぐる巻きにされて

身動きできなくなります

人を騙すのも「担ぐ」といいます、基を糺せば一緒で

縁起はそれを信じ込むことによって、騙されている

ことに眼を背けて都合の良い解釈をする

きつい言い方ですが、そういう事だと思っています

ご縁(5円)・縁遠く(10円)なるなども、もともとは

「言霊信仰(ことだましんこう)」の産物です

良い意味の言葉を使えば、運気が上がり

忌むべき言葉を使うと不幸になる

(ことばあそび も神さまと深い関係があります)


さて、そもそも神さまが「いくら頂戴」というはずもなく

参拝する人の「心を形に替える」手段でしかないのです

沢山入れたからといって、特別何かが変わるわけではない

・・・ですが、感謝する気持ち、見えないモノを敬う気持ちは

けっして無駄ではありません

神社の賽銭箱には

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と様々な形や、文字が書かれていたり、紋が彫られて

居たりします

この中に「浄財」と書かれたものがあります

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浄財 というのは、寺社などに寄付する金銭のこと

そうなんです・・・神さまに供えるというのは便宜上

で、寺社のために「使ってください」という寄付行為

なんです

それなのに、「ご縁がある」「縁が遠のく」なんていうのは

明らかに神さまを冒涜している事なんです

どうしても「5円」=「ご縁」を通したいなら

私がお勧めしたいのは、5円玉を何十枚か数珠繋ぎにして

賽銭箱に入れてみるのはどうでしょうか

地元の「氏神様」も修理や行事に「経費」がかかるもの

とくに禰宜さんや神主さんが常駐しないところなどは

維持に苦労していると思います

(余裕があるなら少しでも多くの賽銭を出してください)

神さまが寄進や浄財を欲しているなどという新興宗教は

100%出鱈目だと断言します


本来は神さま・仏様に「お供え」は不要な物

あくまでも供える人間の気持ちであり、言葉は悪いですが

「自己満足」でしかないと考えます

感謝の気持ちが「見えるように」形に替えたのが、「供物」

だったのです

私達は「これくらい感謝しています」と奉げることから、始まった

ものだと考えます

自分が神さまだったら、きっと喜ぶだろう、喜んでくれるはず

に違いない・・・という事なんです

賽銭が少ないから、供物が少ないから、ご利益が少ない

という発想は、「ギブアンドテイク」であり、「無私の祈り」

とは異質な物でしょうね

賽銭箱の中の「お賽銭(お金)」は神様の手元に入る

わけでもなく、その神社を管理する人にわたるのに

神さまが「どうこう言う」はずがありません

どう解釈しようと、賽銭を入れた私たち自身が思い込んで

いるだけに過ぎないのです

神さまのために使って欲しいという思い

それが「お賽銭」の存在する意味だと思います


見返りを求めないことが「神に感謝する事」

活かされている事、微笑むことができることに感謝する

その原点を心の片隅に置いて、神さまと向き合って欲しい

そんなふうに私は考えます

神さまは「本殿や祠」に居るのではなく、各々の心の中に

住んでいる

神さまに拝礼するという事は、自分の存在に感謝する事

言葉にすると理解し難いですが、感謝する相手(対象)は

親兄弟家族、自然大地、を含めて何処にでも居るということ

草花にも、小さな水溜りにも、線路脇の砂利にも、神様という

精霊が宿っている

その精霊に感謝する事が、神社での拝礼だと、私は思っている

のです



綺麗事に聞こえるかもしれませんが、信じることとはおそらく

神さまに何かを求めるのではなく、神様に感謝を表すこと

「自分が生きている事」に感謝すること

ただそれだけ・・・



熱心で無くていい、ほんの少しでいい、形なんてどうだっていい

神さまと向き合うのは、人それぞれでいい・・・


長屋の爺はそう思っています

                   
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こんにちは

今日は、ゲンも担いで、
そしてお宮参りもいき
美術展にいってまいります🌹

2015/01/17(土) |URL|hippopon [edit]

行ってらっしゃい

おはようございます

げんかつぎ→言(げん)を担ぐ→言挙げすること、だと思っております

よくなるように、笑顔になるように、満足できるように、そして他者に幸いが降り注ぐように願い、言挙げ(ことあげ)をした

おそらく「ゲンを担ぐ」のは「人間本来の心」のもとであるゲン(源・元・眼)を、再確認する行為だったのかもしれません。

2015/01/17(土) |URL|長屋の爺  [edit]

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