不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  天皇の祭り 古の行事「さば」 


明治維新を考えるとき、皇室祭祀や神道の

位置から見ると、もろ手を挙げて評価は出来ない


というより、日本の古代から続く伝統・祭祀を

今のような惨状に落としたのは、間違いなく

明治新政府であったと私は思っている


天皇の政治利用という形で、皇室の形骸化を

計ったのは「明治の西洋かぶれ」たちの仕業である

(若干 感情的な表現であった・・・)



「さば」という皇室行事がある

正しくは「あった」というべきだろう

古代から明治まで、千年の間続いてきた行事である

「さば」の行事は毎食ごと行われていた


* 天皇は食膳で傍らに置かれた皿に、一品ずつ料理を

取り分け、その後はじめて召し上がった

【この国はわが子孫が統治すべき地】という、天照大神の

精神を重んじて、「自分が治める国に飢えた民が一人でも

居るのは申し訳ない」という思いで、名もない国民のために

この行事を続けられてきたと伝えられている


「さば」は漢字で【生飯】と書くのが一般的で、梵語のようで

仏教由来の行事だといわれている


「さば」 ・・・ 生飯 散飯

《 食事の時に少し取り分けて、鬼神に供え、また食後に施餓鬼

の供養として鳥や獣に施すもの (古語辞典)》

《 食事の時に少しの飯粒を取り分けて鬼界の衆生に施す事

遍(あまね)く諸鬼に散ずるため「散飯」といい、最初に三宝

(仏法僧)、次に不動明王、鬼子母神に供するところから【三飯】

という (仏教辞典)》


日本独自の伝統文化を尊重するという明治政府の意向で

仏教的な行事は廃止されたのだという

これにも異論は多々あり、仏教由来説は「後出しじゃんけん」

のように唱える人も居る・・・


私は「さば」は仏教とは違うと感じている (漠然としてだが)

仏教で言う「陰膳(かげぜん)」とは似ているが異質感を

感じている、日本独自の風習では? 根拠は無い・・・(笑)


「食べる」の古語は「食ぶ」である

【食ぶ(たぶ)】

 「飲む」「食う」の謙譲語(けんじょうご) いただく

由来は【賜ぶ(たぶ)】・・・神と君より食を賜(たまわ)る

という意味である

天皇も初穂を神に謙譲し、その残りをいただく・・・

まさに「食べる」ことは「いただく」ことなのである


いただきます」を 命をいただく などと実しやかに

言う者もいるが

本来は 【神から食を賜っている事への感謝の言葉】 

・・・・ではないだろうか

これが神仏習合の時に、仏教由来として混同されたと

私は思いたいのである


飽食の時代にあっても、この日本でさえ「飢え」る国民がいる事

他所の国の人間が「労せず満たされて」、赤子が飢える現状を

歴代天皇はどう見ているのだろう・・・・

日本人が飢えることが無いよう、今日も千代田では祈りが

行われているかもしれない、天皇の祭祀は我々国民の為でも

あると思わずにはいられないのである。

                  

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