不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

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◎  天の意思と神風 

久々の更新になりました

先週仕事の最中に背中と腰を痛めて、左肩から左大腿にかけて

痛みがひどい爺でありましたが、何とか右手だけでキーボードを

叩けるまでに回復しました


またぞろ沖縄に猛烈な台風が接近しているらしいです

沖縄の政(まつりごと)が天の意思に適っていないから・・・

などと軽率な事を言ってはは沖縄県民に対し失礼かもしれませんが


雷と天罰は「狙った場所」に落ちてくるとは限らないそうです

もし、天罰と言うものが有り、天の怒りと言うものが存在するなら

ピンポイントで落ちてほしいと願わずにはいられません


軍事を否定し武装をせずに平和を唱えるのは古代日本の貴人の

特徴だと井沢元彦氏はいう

その理論からいうと、憲法9条を護れ、軍備反対を唱えている左翼脳の

人々は「貴人」だと言う事になる

(間違っても奇人とは言っていないですから)


隣の国の女性酋長が「正しい歴史認識をせよ」と日本に発したが

まさしく護憲派と言われる左翼脳の人たちは「歴史に疎い」し、歴史の

不勉強が際立っているかもしれない


警察権力を否定し、軍事装備を排した結果、日本がどういう状況になったのか

若しかして防衛などしなくても、平成の時代に「神風」が吹くとでもいうのか?

貴族と言う言葉は日本と諸外国では全く意味が違っている

諸外国の貴族や王は「戦う武人」である


どの時代、どの文明、どの帝国の王たちは「戦う支配者」だった

記紀に残る日本の古代天皇も自ら先頭に立ち、武器を振るって敵を

殺してきたとされる

私たちが辛うじて知っている西欧の王侯貴族の姿は、鎧兜(よろいかぶと)に

身を包んだ武人の姿であるが、綺麗な衣をまとい優雅な姿なのは平安以降の

日本だけなのである


最近やたらと「死刑の廃止」などと言って死刑制度に否定的な「人権派弁護士」が

横行しているが、奈良時代には死刑が当たり前のように行われ、対象が親王であろうと

妃であろうと、名門貴族であろうと容赦なく死刑にした

その反動かどうかは不明だが、平安になると死刑が行われなくなってしまった

国家反逆罪で罰せられた(冤罪だったが)、菅原道真も流罪ですんでいるのである


平成が平安に近くなっていると思ってしまうほど、平安の政治と平成の政治は

非常に似通ってきていると考えています


現代の国会議員が平安の貴族と仮定するなら、自分の手を汚さずに綺麗事ばかりを

並べて、目の前の「国難」「危難」から眼を遠ざけ、自己保身と無責任な言動で

その場凌ぎに躍起になっていると見えてしまう

尖閣に押し寄せるシナの艦船も、ある日「神風」が吹いて蹴散らしてくれる

冗談では無く本当に国会議員の先生たちは、そう考えている気がしています


自分が議員の職にある間に「事が起きなければ」OKなのである

そんな日和見先生たちに、私たちの日本を任せてよいものか?

野党ばかりが悪いとは思っていない長屋の爺

自民党支持者には申し訳ないが、この状況を作ったのは誰でもない

自民党の中に潜む「無責任な国賊議員」たちなのである


異常気象は続いても「平成の神風」は吹くことは無い


私は「神風特攻隊」という言葉大嫌いである

鎌倉時代の【神風】とは貴族が武士(もののふ)たちの功績で元寇を撃退したと

認めたくなくて「神のご加護」「神威」によって、敵を撃退したことにすり替えた

とても卑劣な言葉なのである

そして・・・大東亜戦争において、親・兄弟・妻子を人質に取られた形で

国のために命を捨てて来いと命令したのが「神風」なのである

それはお前たちの行跡では無く、神の思し召し、神の意思であると

意義をすり変えたかった事に寄る「命名」に過ぎない・・・・

敵艦特攻は神の意思なんかじゃない

一部の無責任な権力者による「自死命令」だったと私は思っている

そんな御霊が眠る靖國に足を運ばない人間は天皇であろうと総理であろうと

私は認めたくないし、尊敬も恭順の気持ちも微塵も持てないのである。

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