不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  祭祀王なのか・・・ 

日本の天皇は祭祀王である ○か☓か・・・・

久しぶりの更新になりました

「日本の天皇家は神道家ではない」と言うと語弊がありますが

天皇家は神道の宗家だったのか断言できない長屋の爺です


晩節を汚す気などさらさら無いですが・・・・

天皇家が仏教徒だったことは普通に知られていることです

仏教徒ではなくなったのは「明治天皇」の時代からですから

歴史としては「百数十年」と言うところでしょう


仏教徒になったのが【聖武天皇】の時代である

それから延々と天皇家は仏教徒として生きてきました


そもそも日本(ヤマト)の国では、万葉の時代から奈良時代頃までは

天皇=現人神という認識が残っていました




私たち凡人は天皇=神であるなら、仏の弟子である天皇となると

仏 > 天皇=神 というように単純に解釈してしまいます


おそらく明治政府も明治天皇もその矛盾に気付いたのかもしれません

そこで仏教から離脱すること、仏教徒であることの否定を画策したのだろう

現人神の復権である

王政復古は「神の復活」でもあったのかもしれない


その後、何食わぬ顔で「祭祀王」を演じてきた天皇家だが

昭和天皇の願いも空しく、宗教観の曖昧さを露呈してしまった今上帝である

おそらく皇室祭祀は簡素化され、省略され、改竄されて【儀礼】としては

成立しなくなる事だろう


天皇家が仏教徒になった時点で、祭祀王では無くなった可能性が残る

神は常に【南面する】のであるから、神社も南の方角を向いて建てられる

当然天皇が現人神であり、神の子孫であるなら南面するのが道理であり

聖武天皇が「仏の奴」となり大仏に対し「北面した」時から天皇は神ではなくなった

私はそういう解釈をしています


神でなくなったと同時に、神の子孫でもなくなり、祭祀王と言う身分も放棄した

そのような解釈もしています

これについては異論があると思いますが、あくまでも私の個人的感想ですので・・・


そうは言っても日本人のアイデンティティーを簡単に否定するわけにもいかず

祭祀王であってほしいという願いは私の心の隅っこに存在しています(笑)

もし私のような捻じ曲がった皇室論の持ち主が多くなれば、皇室不要論は

大きくなるかもしれませんが、その確率は低いでしょう

なんたって「天皇陛下 いつもありがとう」、「M皇后さまいつも素敵・・・」

「M子さま お可哀想」の時代なのですから・・・


GHQのしかけた「時限爆弾」、臆病者マッカーサーの置き土産「パンドラの箱」

それが対に日の目を見たという事かもしれません


好きという感情を認めたくなくて、それ故に「嫌い」、認めることを受け入れられず「否定する」

愛するがゆえに敢えて「冷たく振舞う」

人間と言う生き物はそういう不可思議な行動をとるといいますが・・・

なんとなく日本人には悪口雑言を口にしながらでも、どこかで許している部分が

多少なりともあるのだと思っています

それでなければ皇室に対する「怨嗟の声」がこんなに小さいはずが有りません

まだ救える可能性が残る日本の皇室&天皇家

神の家の未来をどんな神に願い、どんな神に委ねればよいのか・・・

人それぞれの心の中に居ます神に祈る事なのかもしれません・・・・。




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