不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  糟目犬頭神社 

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【 糟目犬頭神社 (かすめけんとうじんじゃ) 】

岡崎市宮地町字馬場31にある郷社だが、地図には記載されていない神社である

大宝元年(701)に彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を祭って、槽目(現上和田町)というところに

建てられていたので槽目神社と呼ばれていた。

しかし、たびたびの洪水にあったため現在地(宮地町)に移されたと伝えられている

この神社は【犬頭伝説】、【新田義貞公首塚伝説】が残る神社でもある



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              (神門)


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              (石造り 鳥居)

石で造られた鳥居で【越前鳥居】としては最古の形式を伝えていると言います


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               (石造り 狛犬)

越前鯖江産の石製で慶長15年(1610)の作と彫られている


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              (石造り 唐猫)

狛犬と言われるものはたくさん見てきましたが、猫は初めて・・・・

慶長10年に造られた越前鯖江産の石製の猫

拝殿の奥(本殿の前)にあり一般の目には触れない場所に在るため実物を見る機会

は無いに等しいものです

(貴重なものを実際にこの目で観れて感激でした)


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                【 祠 (首塚) 】

新田義貞公首塚伝説が残る、「蓮池」に浮かぶ島にある祠

朱の鳥居と神橋の先に見える祠

この先は立ち入りが禁止されていて、遠くから眺めるだけである



* 首塚伝承

南朝の忠臣で上和田城主・宇都宮泰藤(大久保氏の先祖)が、延元3年(1338)、

足利尊氏によって京都に晒されていた新田義貞の首を奪い返してここに埋め、

その首を隠すために犬頭伝説を流布させ、犬頭霊社を祭ったと伝えられている


* 犬頭伝説

上和田の城主・宇都宮泰藤が、鷹狩の道すがら大杉の下で休んでいるうちに、

ついつい寝てしまいました。



しばらくすると大杉から大蛇が降りてきて今にも泰藤を呑み込もうとしていたが

泰藤は何も気づかず眠り込んでいた、その時つれてきた白い犬が大蛇を見つけて

しきりに吠えたので泰藤は目を覚ましたが、大蛇には気づかずまたまた寝入ってしまった

それでも犬は吠え続けているので、眠りを妨げられ怒った泰藤は刀を抜き犬の首をはねて

しまったという

すると犬の首は上へ飛び上がって大蛇ののどに噛付き、大蛇をかみ殺した

泰藤は驚き、後悔し、暫く茫然としていましたが、忠犬の霊を慰めるため犬頭霊社

としてこの宮に葬ったと言われている



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                  (手水)

シンプルな蛇口だけの手水、龍の蛇口とは言わないまでも

もう少し体裁の良いものだと良いですよね(笑)


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                   (百度石)


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                   (由緒書き)

以前来た時より文字が消えていて、読むことができない状態ですが

近いうちに改めて由緒をまとめたものを拝殿横に設置すると聞きました

そのころにもう一度訪れてみようと思います


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             (建て替え中の社務所)

見事な梁材を使用した立派な社務所

なかなか最近では観ることができなくなった立派な材料を

使っていました

瓦は地元三河が誇る三州瓦で、時代の先端を行く流行の

パッキン工法で建てられています

普段人の住まない社務所は湿気対策と耐震を兼ねて理想的な

工法かもしれません


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                    (太鼓)




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                  (本殿)

       【祭神】  彦火火出見尊 伊弉諾尊 伊弉册尊 素盞嗚命 犬頭靈神




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                 (拝殿 内部)

幕には「三つ葉葵」の紋が・・・代々岡崎城主から厚い庇護を受けていた

ということでしょう





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               (拝殿の額)

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