不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  古代を知ることができない原因 


日本紀などはただかたそばぞかし。

これらにこそ道々(みちみち)しく詳しきことはあらめ。

・・・・・・・源氏物語 「蛍」巻より


* 天皇の勅命で作られた「日本紀(日本書紀?)」などの歴史書

は権力者に都合のいい事、事実のほんの一端が書かれているだけで

作り話として低く見られている物語にこそ詳しい本格的な事情が描かれている



日本人が日本の事、とくに古代の事を知ろうとしても、知ることができない理由

それは庶民の暮らしについて、国家が意図的に記録を残さなかったから

一握りの権力者の正当性ばかりを書き残し、庶民の実情を正確に残さなかった

というべきかもしれない

都合の悪い事、権力者にとって取るに足らん実情など書き残すとは考えられない

書きのこすには書き残すだけの大きな理由が存在する


朝起きて、顔を洗い、朝食を食べ、着替えをして、部屋に鍵をかけ、歩いて駅に向かった

そんな事を日記やブログに書く人は「特異な人間(変人)」と言われてしまう

非日常であったり、大きな感銘・衝撃を受けたり、どうしても記録しておきたいこと

忘れたくない事などは、残したい欲求に駆られるのだと思う

だから、特別で大事な事柄として「書き残す」のではないだろうか?

「書く」「残す」という行為は、理由も意味も特別な事だと私は考えます



平安貴族は殿上人でない下級貴族、一般庶民は「人」として扱わなかった

それが「ひとでなし」の語源だと考えます

安倍晴明の逸話に出てくる「式神」が貴族には見えなかったのではなく

人で無いモノ=悪しき者・下賤の穢れた者 であって、観ると「眼が穢れる」という

発想から、見えない事にしていたのだろうと思う

安倍晴明が使役していた「式神」とは、都の裏世界に暮らす「ヒトデナシ」だった

平安貴族は暴力や流血を「ケガレ」として認識していた時代であり

その「汚れ仕事」を密かに安倍晴明が担っていたとしたら・・・・

式神を使って「ヒトデナシ」の命を絶つ事を命じられたこともあったのだろう

情報力と貴族たちの諸事情・秘密を握ったからこそ、晩年になって時の権力者

藤原道長に重く用いられたのだろうと、私は考えている

遠く西の地方で雨が降ったことを、早飛脚のような形で式神から伝達され、

晴明が事前に知っていたとすれば、「雨乞い」をして雨を降らすことも可能だった

可能性すらある(笑)

*安倍晴明の信奉者には意に添わない説でしょうが・・・・


話を戻す・・・

権力者にとって不都合な事でも、庶民にとって大事な事は当然あっただろう

一部のヒトデナシがその事実を書き残した可能性は高いと思っている

しかし、官位五位以上でないと「人」として扱わない貴族たちである

今の中国や北朝鮮に近い、少数の人間による統治がまかり通っていたと推測する

不都合なモノは廃棄・破却・抹殺・焚書が行われたのだろう

なぜ古代の民間の手による文献が残っていないのか・・・

それは字を知らなかったわけでもなく、紙や筆が手に入らなかったからでもない

書き記したすべての「不都合」は破られ、燃やされたのだと私は思っている

石に彫り刻むか、紙や板に書き記すか・・・・

形あるものを見つけられたら、一つとして残されなかったとすれば

人々の口述によって残すしか方便が無かった

それも工夫を凝らし、権力者側に悟られないように・・・・

それが「昔話」であったり、「童話」と呼ばれるものではないだろうか


童話と聞くと古代から伝えられてきた「子供向けの説話」だと日本人は

信じて疑いません

私たちが習った童話のほとんどが、江戸時代から明治時代、中には昭和に

なってから、編集されたものだと言う事を・・・・

これらは「お伽噺(おとぎばなし)」とよばれるものです



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ひとつ例を出してみると、「かちかち山」という童話は誰でも知っていますが

きっとこんなあらすじだったと記憶しています


 ある日お婆さんが「タヌキ」に殴られて大怪我をしてしまい

その可哀想な老夫婦を観て、ウサギが仕返しをして、最後にはタヌキが

改心をして仲良くなった


では昔の「かちかち山」とは、いったいどんな話だったのか・・・・


* ある日、捕えられたタヌキが「タヌキ汁」にされそうになった

そこでタヌキはお婆さんに哀願して縄をほどいてもらう事に成功する

そのあと、タヌキはお婆さんを殺して「婆汁」にしてしまう

その婆汁を御婆さんに化けたタヌキが、お爺さんに食べさせた・・・

「婆を食った爺やい」

「縁の下をよ~く見てみろ」

そこにはお婆さんの白骨が遺されていたという

(明治21年ごろの「かちかち山」の記述です)


「人肉食」について昔の人が伝え続けてきたものかどうかは

今となっては知ることはできません

その後、昭和初期に残虐性を抑えた記述になり、戦後は今のような

子供に聞かせても問題ない記述の「かちかち山」になったようです・・・


童話と呼ばれるものの骨格は「子供向け」では無く、社会性の高い

民間伝承だったのでしょう

一寸法師も桃太郎も、かぐや姫も・・・・同じだったと考えられます


近代の日本人は「焚書」にするのではなく「改竄」して【毒】も【骨】も

取り去ったものを「子供向け」と称して残したのです


日本の歴史の「物差し」を記紀に依存している限り真実に近づくことは

出来ない気がします

政治や祭事の大きな流れは知ることはできても、人々の生活や風習・信仰

まで、記紀から知ることはできないのでは・・・と私は思っています。
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