不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  日本人にとっての8月という月 


日本人にとって八月と言う月は特別な月である

八月朔日(8月1日)は、「八朔」と呼ばれ、この日に徳川家康が

江戸城入りしたことを祝い武家の祝日とされた

吉原では遊女が「白無垢」に身を包み、客を出迎えたともいい

江戸の町全体が祝賀ムードで満ちていたのかもしれない


首都東京も8月朔日を迎え、新都知事の歓迎ムードが満ちているように

活気のある八月を迎えたようで・・・

老害と反日、親韓の邪念に満ちた候補者を天が指名しなかったことを

素直に歓迎したい


そして・・・現代、日本の大きな節目である「広島・長崎の原爆」

敗戦の日と、八月は我々日本人にとって、特別な月だとも言える


日本の一番長い日 と言われているが、私は8月15日というのは

日本人にとっての長い日々の始まりの日だと思っていて

その日は・・・未だに続いていると思ってもいる
 





70年経っても暑い夏に違いは無い・・・ 
(花はそっと咲き静かに散れ 一年前の記事)




最近、何かを忘れているように感じるときがある

その何かが解らないままに日々を過ごしている自分が居る

長い人生、忘れ物や落とし物は有って当然であり

それがどれほど大事で重要なものかは、人それぞれ・・・・

何か忘れていないか? 立ち止まって考えてみるのも一つかも


暑い8月だからこそ・・・

日本人にとって特別な8月だからこそ・・・

先祖と向き合う、大事な人と向き合う8月だからこそ・・



ちょっとでも良いから考える時間を持ってみようと、ふっと思った

長屋の爺です。
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慰霊

長屋の爺殿こんばんは。 お邪魔します。

こちらは先日ようやく雲がとれ、夏本番となりました。
3日前、帰宅するおり見上げた夜空に、久しく見えなかった星が輝いておりました。

先年、呉市の大和ミュージアムを訪れた際、鮮烈な印象を受けた1枚の写真、それは、終戦を翌月に控えた昭和20年7月末、呉軍港で米軍機の苛烈な空襲を受ける戦艦榛名の姿でした。

対空火器のほどんどを取り外されていた榛名は、それでも激しく抵抗し、米軍機に損害を与えたそうです。

“これは慰霊だ”と思いました。
“歴戦を経、多くの乗組員の犠牲によって得られた戦訓を活かす為には闘い続けるしか道は無い。それが慰霊だ”
と思ったものです。

闘い続けることこそが“慰霊”そのものではないでしょうか...

“一億総服従”の夏、英霊は何を想う。どう英霊に対すればよいのか?
私は“敬意を表します”としか答えられません。 綺麗事にしか過ぎません。

2016/08/06(土) |URL|AKI [edit]

AKIさんへ

おはようございます

戦艦の架装を取り外すのは自殺行為であり、その場凌ぎの愚作です

今また各自衛隊が同じ過ちを繰り返そうとしています

10式にエアコンをつけない、コブラの後継機を導入しない陸自もその代表でしょうし、何時になるかわからないF35を口を開けて待つ空自も同類で、親中の豪州に潜水艦を売ろうとした海自も哀れです

闘い方を忘れた日本が本当に、国を国民を守れるのか疑問に感じます

2016/08/07(日) |URL|長屋の爺 [edit]

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