不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  御柱祭の事故 

諏訪大社「御柱祭」:特別抗告該当せず 中止申し立て棄却

理屈と膏薬は何処にでもつくそうだが(笑)

祭りに参加して怪我や事故死するのは国家の責任でもなければ

人命を軽視しているからでもない

人命とか人権とか唱えていれば気が済む弁護士というのは

おもしろい生き物である


日本人が忘れかけている「命がけ」、「自己責任」という言葉の本質

御柱祭の犠牲者が6年ごと、若しくは8年ごとというのもあらためて気づいた

神が「生贄」を求めているのかどうかは不明であるが・・・






年年歳歳 花相似たり、歳歳年年 人同じからず。

言を寄す 全盛の紅顔の子、応に憐れむべし 半死の白頭翁。
 


ねんねんさいさい はなあいにたり
さいさいねんねん ひとおなじからず
げんをよす ぜんせいのこうがんのし
まさにあわれむべし はんしのはくとうおう

くる年くる年 花は相似(おなじ)くわかわかしいが、
めぐる歳めぐる歳 人は不同(さまかわ)りとしとっていく
寄言(きいてく)れ 全盛(いまをさかり)の紅顔子(わかいきみたち)
この半死(しにかけ)の白頭翁(しらがじじい)を応(ふさわ)しく憐れんでおくれ。

劉希夷 白頭を悲しむ翁に代わる より抜粋
       代悲白頭翁

洛陽城東桃李花 飛來飛去落誰家 洛陽女児惜顏色

行逢落花長歎息 今年花落顏色改 明年花開復誰在

已見松柏摧爲薪 更聞桑田變成海 古人無復洛城東

今人還對落花風 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同

寄言全盛紅顏子 應憐半死白頭翁 此翁白頭真可憐

伊昔紅顏美少年 公子王孫芳樹下 清歌妙舞落花前

光禄池臺開錦繍 將軍樓閣畫神仙 一朝臥病無相識

三春行樂在誰邉 宛轉蛾眉能幾時 須臾鶴髪亂如絲

但看古來歌舞地 惟有黄昏鳥雀悲


洛陽城東 桃李の花 飛び來たり飛び去り 誰が家にか落ちん

洛陽の女児 顏色を惜しみ 行き逢う落花に長歎息す

今年 花落ち顏色を改め 明年 花開いて復た誰か在らん

已に見る 松柏摧れて薪と為るを 更に聞く 桑田變じて海と成るを

古人また洛城東に無く 今人また落花風に対す

年年歳歳 花は相似たり 歳歳年年 人は同じからず

言を寄す 全盛の紅顔子 應に憐れむべし 半死の白頭翁

此の翁の白頭 真に憐むべし これ昔 紅顔の美少年

公子王孫 芳樹の下 清歌妙舞 落花の前

光禄池臺に錦繍を開き 將軍樓閣に神仙を畫く

一朝病に臥して相識るなく 三春行樂 誰が邉(ほとり)にか在る

宛轉たる蛾眉 能く幾時ぞ 須臾にして鶴髪は亂れ絲のごとし

ただ看る 古來歌舞の地 ただ黄昏 鳥雀の悲しむ有るのみ

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命がけ襷がけ雑巾崖

お早うございます
多分、隣の源爺だったと記憶しておりますが
読み書き算盤礼儀作法と教わりました
『命懸け』とも教えられました

読み書きとは文字を読み解くのほかに
ひとさまの心根を想えでした
算盤は無駄使いをするな!
銭は生かして使えです
礼儀作法とはひとを敬えでした
命懸けとは
ひとたび決めたら一心不乱に打ち込めでした


死にもの狂いは『尻に物貰い』と・・・・
おいらの間抜けが止まりません
あはは。

2016/07/28(木) |URL|へたれ・ウナ [edit]

命は切り札

ウナさん こんばんは

 死ぬことは生きた先に在る到達点

人生どう生きたかの判断は「命を懸けた」かどうかで大きく変わります

命は一つ補充の利かない、唯一無二の「賭け札」

それをどこでどのように貼るのか・・・・

命を賭けたからこそ見える人生があるのかもしれません

私の「札(ふだ)」は安物ですから、いつどこで捨てても悔いはありません

2016/07/28(木) |URL|長屋の爺 [edit]

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