不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  生前退位とは 

生前退位

今回いきなり社会に出てきたような言葉だが

言い換えると【譲位】のことである

では譲位はどのくらいあって、どのようなケースが最も

多かったのかは割と知られていない


歴史上、通説・定説を含み、最古の譲位は645年だと言われている

第35代・皇極天皇が弟・孝徳天皇に天皇位を譲ったのが嚆矢(こうし)とされ

以来1817年に第120代・仁孝天皇が譲位を受けるまで59例が存在する

* そのうち9例が女性天皇が絡む譲位である


譲位の理由も様々で、病気が理由だったり、公卿・大臣の強制であったり

武士とりわけ幕府の要請による強制的な譲位も行われた

特に藤原摂関政治において、藤原氏の気に染まぬ天皇は半ば強制的に

譲位若しくは退位させられた歴史が事実としてある

そのような歴史的経験則から、譲位を認めない皇室典範が存在するのかもしれない


おそらくは天皇位を軽々しく右から左に群臣が図る事への懸念を、排除する目的で

群臣とは、今ならさしづめ宮内庁や害務省の魑魅魍魎、狐狸・狢たちに相当するだろう


今回の生前退位に庶民は賛同する意見が多いと思っている

今上天皇の高齢を考えれば当然かもしれない・・・・


しかし、皇室典範を改正する際に絶対認めてはならないのが女性天皇容認である

生前退位を明文化してしまえば、理由など後から幾らでも付けられるという事実

我々の目の届かない伏魔殿で何が起きても、不思議でない世界がそこに在る


生前退位が認められ、皇位継承者が不慮の死を遂げれば、譲位は皇統男子

という垣根さえ取り払ってしまうことにもなる

**内親王の即位もやり方によっては可能となるのだ・・・

選択肢を狭める「諸刃の剣」が生前退位、すなわち譲位なのだと私は思っている

現在の皇位継承順位は、今上天皇~東宮~秋篠宮~悠仁親王となっている

現在秋篠宮家以外の宮家の男子は高齢者ばかりである

言い換えれば数年後、十数年後には天皇家と秋篠宮家だけが皇位継承者

を抱えることになるのだ

これ以上は不敬の極みと思えるので控えるが・・・・


皇位継承候補者が少なくなれば、幼少の天皇の可能性が高くなり

皇位継承が権力の争いになる事も考えられる


公務を減らすのを何処まで許せるのかは別にして、祭祀王たる宮中祭祀の

簡素化を図るなら、内定費などの見直しをきちんとするべきであり、内定費は

何に使用しても良いなどという事は廃止して、明確にするべきだと思っている

皇室の内定費は庶民の「生活保護」とは全く違うものであり、しっかりと公務・祭祀

を実行するのが当然だと、国民一人一人の意識改革も必要なのかもしれない


参考

*645年   皇極天皇 → 孝徳天皇   *697年   持統天皇 → 文武天皇
*715年   元明天皇 → 元正天皇   *724年   元正天皇 → 聖武天皇
*749年   聖武天皇 → 孝謙天皇   *758年   孝謙天皇 → 淳仁天皇
*781年   光仁天皇 → 桓武天皇   *809年   平城天皇 → 嵯峨天皇
*823年   嵯峨天皇 → 淳和天皇   *833年   淳和天皇 → 仁明天皇
*876年   清和天皇 → 陽成天皇   *930年   醍醐天皇 → 朱雀天皇
*946年   朱雀天皇 → 村上天皇   *969年   冷泉天皇 → 円融天皇
*984年   円融天皇 → 花山天皇   *1016年  三条天皇 → 後一条天皇
*1072年  後三条天皇 → 白河天皇  *1086年 白河天皇 → 堀河天皇
*1123年  鳥羽天皇 → 崇徳天皇   *1141年  崇徳天皇 → 近衛天皇
*1158年  後白河天皇 → 二条天皇  *1165年 二条天皇 → 六条天皇
*1168年  六条天皇 → 高倉天皇   *1180年  高倉天皇 → 安徳天皇
*1198年  後鳥羽天皇 → 土御門天皇 *1210年 土御門天皇 → 順徳天皇
*1232年  後堀河天皇 → 四条天皇  *1259年  後深草天皇 → 亀山天皇
*1274年  亀山天皇 → 後宇多天皇  *1287年  後宇多天皇 → 伏見天皇
*1298年  伏見天皇 → 後伏見天皇  *1301年  後伏見天皇 → 後二条天皇
*1318年  花園天皇 → 後醍醐天皇  *1339年  後醍醐天皇 → 後村上天皇
*1383年  長慶天皇 → 後亀山天皇  *1392年  後亀山天皇 → 後小松天皇 
*1412年  後小松天皇 → 称光天皇  *1464年  後花園天皇 → 後土御門天皇
*1586年  正親町天皇 → 後陽成天皇 *1611年  後陽成天皇 → 後水尾天皇
*1629年  後水尾天皇 → 明正天皇  *1643年  明正天皇 → 後光明天皇
*1687年  霊元天皇 → 東山天皇   *1709年  東山天皇 → 中御門天皇
*1735年  中御門天皇 → 桜町天皇  *1770年  後桜町天皇 → 後桃園天皇
*1817年  光格天皇 → 仁孝天皇

赤字表記は女性天皇)
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