不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  天孫降臨の不可解さ 

天孫降臨神話

天孫は大国主からこの地を譲ってもらったのにどうして

高千穂に降臨したのか考えたことが有りますか?


矛盾だらけのヤマト神話ですが、考えてみれば正直に書けない話や

書こうとしても知らない話がないまぜになって、この国の神話が成立した

私はそう思えるようになってきたのである


オオクニヌシから禅譲されたのなら、わざわざはるか遠くの高千穂に

降り立つ必要も無い話ではないか

どうして天孫は出雲の地に降りなかったのか?


その疑問の答えなどだれにも分かるまいが、天孫と呼ばれる一族が

自ら選んでその場所に着いたのではないという推理ができる

おそらくは南九州のいずれかに漂着したのではないだろうか

後に「熊襲(くまそ)」と呼ばれる一族かもしれない

ところが北九州には別の部族が基盤を整えていた可能性が高い

(「筑紫族」と仮に呼ぶことにする)


世間で言うような、出雲の国譲りの後に天孫降臨があったとされることが

私にとって不可解なのである

単純に考えれば、天孫降臨→九州全土の平穏→ヤマトへの侵攻という

のが一番納得できる推理ではないか

わざわざ譲ってもらった土地を無視して、はるか遠くの山頂に降りる

意味が解らないのである


その後、熊襲族と筑紫族が和平を結んだ後、ヤマトへと向かったとすれば

その中心であった「出雲族」との間に武力抗争があったものと考えられ

出雲の国譲りとは天っ神の威光で、出雲の地を譲られたとしたい何者かの

意を汲んで創作されたものだと思える


とにかく話し合いなどで解決する問題ではない

農耕民族間の争いは、土地を奪うか奪われるかだ

「はいどうぞ 差し上げます」

などと言うのは幼稚園児向けの子供だましに過ぎない


此処で疑問なのは、アマテラスとスサノオだけが出てくる神話

どうしてツクヨミが出てこないのだろうか?

三貴神の中でどうしてツクヨミだけ無視されて、男女の区別も不明なのか

それはツクヨミが筑紫族の先祖(祖神)だったからではないだろうか・・・

この神話を編纂する時代には「忘れられた存在」になっていた可能性もある

悉く滅ぼして土地を増やしていった天孫一族によって、口述しかなかった時代

の歴史・記憶は途切れてしまった可能性はないだろうか?

伝承は一族の頭の中に在って、口々で伝えられていた

その人々を抹殺すれば、口伝も歴史も消えてしまう

ツクヨミを隠したのではなく、知る術を失くしてしまっていたとしたら・・・


もし意図的に隠したとしたら、筑紫平定のさいの不都合な史実を隠したり

アマテルからアマテラスに差し替える際に不都合な問題が生じたからでは

ないかと思えてしまう


つまりは出雲族の生き残りの伝承と、天孫一族の伝承の断片を都合よく

繋ぎ合わせたものが記紀神話かもしれないのである・・・・


アマテルを始祖とする天孫一族がスサノオを始祖とする出雲族を

侵略した征服譚が出雲神話かもしれない


その時に天孫側に寝返った者の末裔が「出雲国造」だったと考えれば

代が替わるたびに朝廷に神賀詞(かんよごと)を奏上するのは

数多いた国造の中で「出雲国造」だけなのも頷ける話になる


出雲国造が天孫一族であったならば、何故スサノオやオオクニヌシを

祀る役目を担っているのか甚だ疑問に感じてしまう

祟り神を祀れるのは祟り神の子孫だけなのである

寝返った「報奨」が天孫一族に加えてもらうことだったとしたら

いろいろな謎が解けてくる


身逃げ神事において国造が身を隠し、裏口から逃れるように出て行ったり

神事の行列を観てはならないなど、不可解なものが多い

裏切ったもの(神々)に合わせる顔が無いとも考えられ、罪の大きさに加え

神事を直接執り行えない後ろめたさがあるのかもしれない


これは暴論であるが、神武東征の時「長脛彦」を殺し寝返ったとされる

人物こそが出雲国造の祖先かもしれないと思っている


それまで劣勢だった神武勢が突然逆転できたのは腑に落ちない

内部で寝返った者がいて、混乱に乗じて制圧したとしか思えないのである

しかし、その後厚遇されたとは思えないので、時を経て出雲国造の要職に

ありついたとも考えられる



天皇家と親戚という言葉に昔から違和感を覚えてきた長屋の爺のいう事

あくまでも暴論と言う事で承知おきください


神武東征だけを観ても、様々な解釈・憶測・推理、そして暴論が言える

何を基準に、何を信じ、何を否定するかで、どんな仮説も成立するのが

日本の神話(記紀神話)なのである

数十年前の事も正しく書かなかった史書・日本書紀である

神話なら尚更、如何様にも書ける状態だったのは言うまでもない


どこまでが史実で、何処から創作なのか

どこまでが「神」のことで、どこから「ヒト」の話なのか

それとも全体を通して、ヒトを神に置き換えた創作話なのか・・・

十回考えれば十回違うストーリーが描けるのが記紀神話かもしれない(笑)
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兵家の常


長屋の爺殿 おはようございます。 お邪魔します。

歴史の興味を持った小学生のころから、
高千穂に降臨→九州の平定→ヤマトへ進出
したのだと疑いを持ったことはありませんでした。

“小学生の頭”には、それが一番しっくりする解釈だからです(以来一歩も進化しない私の頭?(笑))。

>「寝返った「報奨」が天孫一族に加えてもらうことだったとしたらいろいろな謎が解けてくる」
これには“はっと”させられました。

「勝敗は兵家の常」と申しますが、配下、一族の寝返りもまた、兵家の常だということに考えが及びませんでした。

身逃げ神事は、寝返った一族に課せられた懲罰的な儀式ということかも知れませんね。

2016/07/16(土) |URL|AKI [edit]

AKIさん

こんにちは

天孫は高千穂へ降臨したと教えられ、出雲では神々が国譲りを成し遂げたと教えられた

どうして出雲に降臨しなかったのか「のどに刺さった魚の骨」でした

諸説ある推論のどれにも納得できないのは、書いてあるから事実という思い込みによる呪縛との格闘でした

書いてあっても事実でない事もあり、すべてでも無い事を・・・。

2016/07/17(日) |URL|長屋の爺 [edit]

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