不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  東京へ行ってきました (その一) 


先ほど東京より帰って参りました

人生は常に試練という言葉が脳裏をかすめました(笑)


いつものように新幹線で品川に到着(東京駅は迷子になるので回避)

京浜東北線から中央線に乗り換え【御茶ノ水駅】へ

そこから徒歩で【神田明神】に向かう、日ごろ歩かない自分には

結構な距離に感じたw

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平日の昼間だというのに、そこそこの参拝者が居たのは

さすが神田明神というところか・・・

外国人(西洋人)の姿もチラホラ、真剣に写真撮影をしていたが

日本人の若い女性が特に多かったのは、そういう時代なのか?

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私が隨神門の前で一礼して潜ったとたん・・・異変が起きた

それまで何事も無かった左足の親指の付け根に激痛が・・・

痛みをこらえ拝殿へと向かう

そのまま帰るわけにはいかないと思ったが、朱印帳も持参せず

咄嗟に社務所で朱印帳を購入し、御朱印を頂くことにしました

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ところが・・・その朱印帳が↓

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《 朱印帳 》

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お金を払おうとして、なんともカワ(・∀・)イイ!! デザインに大汗w


ただ・・・朱印をもらう「やり取り」が、みょうに事務的というか

上から目線というか、高圧的というか・・・

古い人間からすると、温かみの無い応対に感じたのは考え過ぎか?

あくまでも長屋の爺の私感で、批判ではありませんから・・・


私が隨神門のまえで一礼をして神田明神に背を向けた途端

左足の痛みが消えた・・・・・

どういう事なのか解りませんが、不思議な現象だったことは間違いないですね


汗ばむ陽気(妖気ではない)の中、今度は御茶ノ水駅から中央線で水道橋へ

そこから、よせばよいのに徒歩で九段下へ向かう

消えかけた記憶を頼りに、モクモクと汗をふきふき歩き続けた爺だった


電話でホテルの予約をしなかったので、直接ホテルへ向かうことにした

幸いにも空き室があり、無事予約を完了した

九段下が良いのか赤坂見附が良いのか迷った挙句電話しないで

直接交渉・予約を選択・・・九段がだめなら見附があるさw

考えてみれば、何と無謀な爺なのかw

長屋の爺に失うことの恐怖など有りませんから・・・・


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《アパホテル 九段下》

寝具の上に「折り鶴」が添えられてあった(Good Job)

予約はシングル禁煙室 食事なしだったが、夜部屋に行くと

枕が二つ、なぜか「セミダブル?」・・・・シングル料金でなんだか嬉しいw

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とても清潔なホテルで、細かな気配りがなされていて大満足

けっこう高級感のある部屋でした

次回があれば、このホテルに泊まろうと思いました


予約完了後、そのまま徒歩で靖國へ

私はすっかり忘れていました・・・・・

九段下から靖國への道はすごい上り坂だったことを


靖国通りを西に向かい、田安門側から大村益次郎の銅像へ

靖國ではイベントを行うようで、業者の方が大勢で作業中だった

職人の仕事中を写真に撮る事は遠慮して写真は無しです

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参拝はしましたが、英霊の眠る拝殿は写真を撮る事に躊躇いがあり

写真はありません

なぜなら、此処でも第一の鳥居を一礼して潜ったとたん

左足首に激痛が・・・・

またしても痛みをこらえ、緩い坂を上って行きました


歩き慣れていないから、こうして足が痛くなるのだろう

そういうとらえ方をしていた長屋の爺も二度目となると

真剣に考えねばならなくなります

どうして左足ばかりなのか? 解るわけなかったw


その後、遊就館へと進み展示(90分コース)を拝観した

意外だったのは西洋人の数が驚くほど多く、それも真剣に

英文表記を食い入るように観ていたのには、ちょっと複雑な・・・


私と同じような年代はあまり居なく、若い年代の方がグループや

カップルで拝観していたのには驚いてしまった

ネットの時代、自虐史観や押しつけ歴史観では若者は納得しないのか

また、そうであってくれれば良いのだが・・・・

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神田明神の朱印帳・・・ここで出すのは躊躇われたが(笑)

応対してくれた巫女さんが丁寧で、笑われずに安心した爺でした

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       《友人たちの「お守り」》

是のために行ったというのは不敬の極みかもしれない・・・・


そして、靖國の鳥居を出て振り返り、一礼して背を向けた途端

左足首の痛みが嘘のように消えていた

もっと早くに来い! と言うのか?

もう一度来い ! とでも言いたいのだろうか?


やはり私にとって、靖國は神社では無かった

行ってみて再確認できた長屋の爺である


一応、儀礼・作法である「二礼 二拍手 一拝」は行ったが

ここは神社とは違う場所である


気づかれている方もいるだろうが、神社の拝殿はそのほとんどが

南に向いている



地域の社でも、大神社であっても・・・・神社の神様は南を向いているのである

私は西に向かって進み、その先に在る拝殿で参拝した

つまり・・・・東を向いているのが靖國なのである


皆さんの周りに在る神社は、南または南南東・南南西を向いて

建てられているはず、一度確かめてみると納得できます


おそらく靖國では、理由を考えてあるのだろうが、私の中の神社とは

ちょっと違う、だから以前から私は靖國神社とは呼ばず【靖國】と呼ぶように

している
 のである


この後・・・は、明日にでもつづきを書きます 乞うご期待?

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今日の我に明日は勝つ

お早うございます

わたくしも写真に二つの想いがございます
時間を止めてはいけない、と
刻を切り取れ、です
私はいつ命果つるとも知れません
『オフ会』でのツーショットは
いつ時もたちどころにしてあの日に帰るためのものです
拝殿を撮ったことはありません
時を止めてはいけないと思うからです
お侍さまたちはとわに(永遠)に生き続けると想っているからです
写真は私物ですが
拝殿はわたくしのものではありませんから

長屋の殿のお蔭で往年の『岡田さん』を思いだしました
ヤクルトの敗戦の後で
とぼとぼと家路につく哀れに自分を観たのです

な~に明日があるさ、でしゅ
あはは

2016/07/09(土) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

こういうときだから

ウナさん こんばんは

仕事が少ないこの時、収入が減るときなのに

私の周りの人間は「こんな時に行かなくても」とは言いません

「いい機会だからゆっくりしてこい」と背中を押してくれます


人は張りつめていたら、何時かは切れてしまいます

緩めることが長続きする秘訣かもしれません


英霊は何も語ってはいません

静かにしておられました

其処に居ると思えるだけで十分です

それ以上は「我欲」であり、先人を利用することになり

特別な場所に特別な方々が眠っておられるという現実だけがあり

それだけで私は満足しています

2016/07/09(土) |URL|長屋の爺 [edit]

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