不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  #1000回  

穏やかな秋の日を実感しないうちに、冬が来たような

そんな気配さえ感ずる今日この頃・・・

風邪の具合も良いのか悪いのかハッキリせずの日々


何とか1000回の記事を書くことができました

パソコンを触らない日も増えてきて、冬眠準備に追われています


楽しい事も殆ど書かない拙いブログを長い間訪問してくださった皆様に

心から感謝しております


諸事情により更新を断念することになりました

この状況が・・・もし改善・解消されたなら、もう一度新たなブログを

始めたい気持ちはありますが、どうなるかは神のみぞ知るであります


思えば同年代の人間が顔を合わせれば、「どこそこが痛い」「今度は**の検査」

そんな痛い話、具合の悪い話が中心になってきているのが実情で

長屋の爺も御多分に漏れず、その仲間入りをしております (笑)


病気のデパートとまではいきませんが、病気の雑貨屋さんぐらいでしょうか

精神力や気合では何ともならないことはこの世に多々あり、医者でもどうにも

ならないことも多くあるのが現実ですから

かと言って、私がいま大病に冒されていることは無いのですが・・・・



琢(みが)かざれば、器(うつわ)を成さず

  人 学ばざれば、道を知らず 

長屋の爺の座右の銘でありますが、未だ道に迷っております



この世に偶然は無く、この世はすべて「必然」によって成り立っている

ブログを休むことも必然の事であり、再開するか否かも必然の事として

この先に待っていることかと思っております


拙い独りよがりのブログでしたが、沢山の訪問、励ましをいただき

感謝の言葉しかありません

またいつの日か・・・・

そう思う事で前を向いて、次の一歩を踏み出せそうな気もしております

皆様のご厚情に感謝しかありません

またいつの日か・・・縁(えにし)の糸がつながっていることを信じて

ブログの最期といたします。

                感謝 長屋の爺
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◎  近況 (#999) 


急に寒くなって馬鹿はひかないはずの「風邪」を引いてしまった

のどの痛みと鼻水、体のだるさに、さすがにギブアップした爺

禁酒も1週間になろうとしている

昨日はそんな状態ながら定例のゴルフに参加してきた

高速道の事故渋滞でスタート時間に間に合わず

朝の珈琲すら飲まないでスタートして、落ち着かないまま終了

何年かぶりに三重県のゴルフコースを選択したが、鬼門かもしれない(笑)



最近のミコは寒くなったからか窓辺に定位置を移したようで・・・

今日、少々早いがホットカーペットを出してみた




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先週まではフローリングで大の字だったのだが・・・


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ただいま 体重 4,7キロ ダイエットしなくちゃ・・・・




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みなさんも 風邪に気を付けてください (ミコ)


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◎  時間外労働と人生(#998) 


東大を出て電通に勤務していた女性が自殺したという

ひと月100時間を超える時間外労働とはどういうものか・・・


私も20代前半のころ、ひと月100時間以上の時間外労働を

一年以上続けた過去がある

残業手当が基本給を上回り、ほぼ2,5人分の手取りになっていた

むろんその内には「サービス残業」は含まれていない

給与計算の算定で表示される時間と金額である


私は学歴も無い中途採用の若造であり、プライドも無ければ

その企業にしがみつく気もゼロだった

ただ・・・そのころから「できません」という言葉が大嫌いだった

やらないうちから「できない」という事に、自分自身が納得できない性分

つまりは・・・馬鹿であり 救いようの無い人間だった


幸い私は自殺も過労死もせず、役員と口論の末その後転職した・・・・

だが体は問題ないが、心(精神)はかなり壊れたと思っている

(現在の爺を観れば納得してくれると思うが 笑)

100時間を超える時間外労働をするには、まず早出をする必要がある

8時出勤の企業なら6時にはタイムカードを押していなければ厳しい・・・

残業も定時17時半ならば20時から21時までは最低仕事をすることが前提だ

これを週休2日でこなすと100時間は達成できる

*私の場合はこの他に徹夜勤務と休日出勤があり、正確には示せないが

電通の彼女の倍は時間外勤務をしていたことになる

何故私が時間外労働をすることになったのかは、同僚が病気退社

して欠員が出て、特殊な業務内容だったので後任が採用されるまでの「繋ぎ」

としての代打だったのである

ところが私が二人分をこなしてしまうと、企業も真剣に後任探しをせず

ダラダラと一人二役勤務が続いてしまった

その当時の睡眠時間は平均4時間程度・・・・・

若かったからできたことだろうとは思っている

私はいつでもその業務から「抜ける(退職)」ことができたから、悲壮感もパワハラも

存在していなかった(笑)

そんな状況が続くと当然のこととして労働基準監督署に眼をつけられてしまう

経営者はさすが「猿ものひっかくもの」である

私を入社二年にして管理職にしてしまった

数百名の社員を抱える中堅企業の本社管理部総務課である

前代未聞の出来事に、私は現場や別部署の諸先輩から想像以上の

妬みや嫌がらせを受けた・・・

30代の社員がもらう給料より高い手取り額なのだから、妬みを感じないほうが

どうかしている話ではある

私はその当時、学校を卒業した地域ではなく、生まれ育った土地に帰っていて

友人も居なければ、特に家でやるべき事もなく、遊びたいという意識も無かった

だから仕事が趣味であり、仕事が友達だった

つくづく、その当時も一人が好きな性分で良かったと今は思っている

友達が多くいる「地元」であったなら、我慢もできず悩んだり途中で離脱したかも

しれないし、心がぽっきりと折れて彼女のように最悪の結果を選んだかも・・・・

しかし

長屋の爺は性格と根性は曲がっているが、覚悟と責任感だけは持っていた

打たれ強い性格と仕事に対して「苦労」とは感じない「生い立ち」が影響したのかも

しれないとは思っている



 婆(ばば)死ぬ 嬶(かか)死ぬ 倅(せがれ)死ぬ 孫(まご)死ぬ

この言葉は江戸時代末期の曹洞宗の禅僧・物外不遷(もつがいふせん)がある殿様

から正月用の掛け軸を依頼されて書いた言葉だという

正月のおめでたい日に掲げる掛け軸には相応しくないと思えるのだが・・・

物外は「人は年齢順に亡くなっていくのが、いちばん悲しみが少ない」ということを

言いたかったようなのです

このことから、人は必ず死を迎えますが

「死を不幸ととらえず、後悔しないように毎日を精いっぱい生きるように」

物外和尚はそう教えてくれているということです




災難に逢う時節には 災難に逢うがよく候

さいなんにあうじせつには さいなんにあうがよくそうろう

死ぬる時節には 死ぬがよく候

しぬるじせつには しぬがよくそうろう

是はこれ災難をのがるる妙法にて候

これはこれさいなんを のがるるみょうほうにてそうろう


これは自然体で生き、子供をこよなく愛した良寛和尚の言葉です

これは1825年 新潟で起きた1500人の犠牲を出した「三条地震」

で良寛の住む地区は被害が少なかったのですが、友が暮らす地域は

被害が大きく、その友人に充てて書いた見舞いの手紙の一文だと言います


人は非常事態になったとき、其処から何とか逃れようと抵抗します

しかし、もがけばもがくほど「死」への恐怖心が増していきパニックに

陥るといいます

良寛は「腹を決めて現実を素直に受け入れなさい」

「自然に逆らわず受け入れることで、心の安らぎを得ることができる」

と言いたかったようです

しかし・・・実際に体験したら、素直になれるものかどうか・・・

長屋の爺は人間ができていないので(笑)


このブログもあと2回の更新で区切りとなります

終わるとなると「あれも書きたかった」「あれは中途半端のままだった」

そんなことを思いだしています

多分気の利いた内容のブログにはならないような気がしていますが

最後に「みそ」をつけないようにだけ、気を付けて締めくくりたいと

思っています

今月中には1000回更新を達成できそうですが、ブログはしばらくの間

放置状態にしておく心算です



永い間 訪問ありがとうございました(気が早い?)

寒暖の差が激しくなりました、お体ご自愛下さいますように (長屋の爺)

◎  平成28年度の新聞協会賞のお粗末 

平成28年度の新聞協会賞を受賞したNHK「天皇陛下『生前退位』の意向」報道

新聞がいかに堕落したかを象徴するものだろう

NHKは天皇から直接聞いたとでもいうつもりなのか・・・

天皇みずから語ったとするなら、これは憲法違反の疑いが濃厚となる

さらに、何処からかのリークであったなら天皇は国家の威信にも関わる重大事を

口の軽い性悪な人間に漏らしていたことになる

スクープなどと言いながら「憲法違反」の片棒を担ぐNHKを表彰する珍事であり

新聞業界が如何に腐っているかの証明でもある

「しんぶん紙」が担ってきた役目はすでに終わっているのかもしれない

その事に気付かないのか、あるいはそれを認めたくないのか・・・

今の新聞業界は断末魔の叫び声を上げるしか成す術がないと言える

理念を忘れ矜持を捨て、読者に迎合する内容とプロパガンダに利用された

新聞紙の運命は決まっていると私は思っている

朝日を批判し毎日をあざ笑い、中日を罵る人たちでさえ、未だに新聞紙に

光明を見つけようとしていることが哀れでもある


皇室の話のついでに言うと、愛子内親王が長い事学校を欠席しているという

ネット上ではいろいろな憶測が飛び交っているが、単純に「偽物愛子さん」が

校内の眼の中に「耐えられない視線」を感じていて、登校する気持ちになれない

私はそんな気がしている

いくら学習院の関係者が「かん口令」を敷いても、十代半ばの子供たちである

「あいつ 偽物らしいぜ」 なんて陰口が聞こえれば、たまらなくなるのも納得できる

自閉症児はよほどの軽度であったり、乳幼児の時から専門の人間にフォローして

貰わなければ、おおきな改善は期待できない

最近の「愛子様画像」を見る限り、被写体の女児は自閉症児ではない

健常者の眼と手足の動きをしている

私はこの一連の状況を見ていると、安倍晴明に仕える「ヒトデナシ」を見えるのに

見えないモノとして扱った「平安貴族」を想像してしまう

どう見たって「愛子内親王」ではない別人を「愛子様」として扱う関係者たち

狂った世界の中だけで通用する異常な現象としか見えないが・・・・





我が子も気づくのが遅かったばかりに可哀想な人生を歩ませてしまった

自傷行為やパニック障害は日常茶飯事であり、こだわりは解消されることは無い

それが自閉症児の現実である


どんなに大人たちが巧妙に隠そうとしても、子供の世界では通用しないことが多い

子供というのはある意味「世界一残酷」で、「世界一賢い」生き物なのである

ネットで少しずつではあるが「真実」が浸透し始めている

東宮や千代田の関係者がどんなに秘匿・隠蔽しようとしても、今の時代は

子供もネットの世界で大人社会と繋がっていることが理解できないようだ

まるで、シナ共産党政権が国民は知らないと思って、情報統制しても

海外経由のSNSなどで真実は次第に露見してきているのと同じである


政府もマスゴミも東京五輪だ築地移転だと騒いでいるようだが、東日本はどうなっている

熊本復興はどうなっている?

日本の政府も政治家も痛みの理解できない「木偶人形」ばかりなのが現実である

いま日本に何が必要で、何を優先させなければならないのか・・・

商業五輪に期待感を膨らませている人には申し訳ないが、他人の痛みは百年でも

我慢できる見本みたいな話なのである

生前退位(譲位)などで時間を浪費している状況ではないはず

皇室も政府も馬鹿ばっかりだと・・・国民やってられないわ(笑)

◎  へそ曲がりの細やかな感謝 

滋賀県の「稲部(いなべ)遺跡」で弥生時代終末から古墳時代初め(3世紀前半)の

鉄器工房群の遺構が見つかったという毎日新聞の記事があった

素人には極めて分かり難く、古代史をある程度知っている人間にとっては

不可解な記事でもある

何と言っても表題が・・・

【滋賀・稲部遺跡:大規模な鉄器工房遺構 「邪馬台国」時代 】

誰が決めたのか「邪馬台国時代」という言葉にちょっと違和感を感じた長屋の爺です

卑弥呼論争と共に邪馬台国論争と言うものもあるのは事実

しかし・・・邪馬台国と言う国が現実にあったのかどうか・・・・

だれかが確かめたのだろうか?

現代の言語の発音で和式漢字に置き換えて「邪馬台」と呼ぶその国は

何処にあったのかすらわかってはいないのも事実なのである

縄文時代と私たちが言っているのも、近代になって誰かが命名したに過ぎない

なぜなら縄文の付いた土器が多数発掘されたから「縄文時代」というだけで

その時代には文様の無い土器も作られている

1メートルも誰かが定めたから「1メートル」なのである(笑)


この記事の中に「鉄器製造が終了した3世紀後半には、一辺十数メートル規模の

大型の建物2棟が相次ぎ出現」 と書かれていた

私は無知なもので「鉄器製造が終了した」その後は鉄器は作られなかったのか?

私の記憶では石器→青銅器→鉄器 のはずだったように思うが

鉄器の次に何が主体となったのか・・・・アルミやステンレス、セラミック?

まさか4世紀に鉄器以上の素材の器具が存在したとも思えないのだが

学問は奥が深いのだろうと納得はしてみた(笑)

学芸員とか専門家の発表は理解しにくい事が往々にしてある

それを素人が活字にするとなおさら難解なことになるのかもしれない

どうも専門家の方々は「**j時代」という区切り、レッテル貼りが好みのようで・・・・

織田信長の時代を尾張時代と呼ばず、秀吉の時代を豊臣時代とは言わないで、

「安土桃山時代」、源氏の時代を「鎌倉時代」、足利氏の時代を「室町時代」

さらには徳川氏の時代を「江戸時代」と呼ぶ・・・

同じ江戸(東京)に首都があっても「明治時代」「大正時代」「昭和時代」

なんとなくざっくりとした基準で「**時代」は定義されてきている


たぶん・・・こんなこと考え、しょうもない事を書くのは自分だけだろうけど

ただ一つ言えるのは、このようなことが学校の授業で教えられ、試験にも出ること

そして常識として日本人の中に浸透していることに誰も疑問に思わないことではないか

外国人が日本の歴史を覚える過程で、きっと不思議に感じる事かもしれない

わずか15年でも「大正時代」・・・・

何世紀にわたっていても「縄文時代」・・・・

偏屈でへそ曲がりの爺の戯言でした。




「そんなこと知ったからといって人生に何の影響もないぜ」

その通りなのであります(笑)


この世の中で生物は「生きるために食べ」「食べることが生きること」である

どうして人間だけが【余分な知識」を得ようとするのか・・・・

友人たちの言う通り、知らなくても生きていけ、知ったからと言って何も変わらないこと

この世の中にあまりにも多すぎる気もしている


今晩の夕飯は何にしようか悩んでいる人も居る

かと思えば、夕飯など腹が満たされればよいと思って、新聞記事に難癖付けて

わけのわからないブログを書いている長屋の爺がいる・・・・


もし農業が発展しなかったなら、人間は日々獣を追いかけ、木の実を集めることに

人生のすべてをかけていただろう・・・・

私がしょうもないブログが書けるのも、【稔り(実り)】が与えてくれたもの

太陽と大地の恩恵に感謝して当然であると実感する現在である


感謝と我慢を忘れた現代人たち・・・

首を垂れるのは千代田の住人にではなく、天上の太陽であり

大地の実りに対してではないだろうか・・・・

今日の朝を迎えたことに感謝し、今日を精いっぱい生きることを誓う

それが私の毎朝の日課なのである。

◎  久しぶりの更新です (#995) 


いろいろあって更新ができなかった・・・

パソコンの不調と言うかWin10の更新をした辺りから

様々な不調が出てきて、追い打ちをかけるようにWi-Fiを

ハイスピードに契約更新したことで設定が面倒なこともあり

タブレットが使えず閲覧もままならなかったというお粗末


相変わらず暇さえあれば家の片づけをしていて、衣替えと

部屋の模様替えでへとへとになっています(笑)

ついでに家の周りの雑草と格闘し、不要になった鉢・プランターの整理と

貧乏暇なしの爺でした


今年の秋は最近になく「仕事がヒマ」で、この先どうなってしまうのか

政府や日銀が言うような景気ではないことは確かです・・・

首都圏はこれから「五輪特需」で上昇するかもしれませんが、地方では

ますます経済が悪化して行くような気がしています

「欲しがりません 勝つまでは」

「贅沢は敵 質素倹約」

何時の時代の事なんだか・・・・(笑)


日本の霊峰・富士山が現在の形になったのは一万年前といいます

ところが日本の歴史書にはあまり出てきていません

いや、出てこないというより「触れないようにしている感」がありありで

記紀にとって相当不都合な存在だった可能性すらあります

私は富士山は「名前を盗まれた霊峰」だと考えています


古代日本では山は【御神体】とされてきた歴史があります

富士山より低い山でさえ崇拝の対象であったり、山岳信仰の霊場で

あったりしていることからも、富士山だけが意図的に存在していないかのような扱い

をうけていることが不可解でなりません


私の暴論ですが・・・・

「富士山」という名前こそ、持統朝&藤原一族にとって、不都合な存在

だったのではないかと思っています

謂われも根拠もなく突然湧いて出た「藤原」という言葉

藤原宮にしても藤原姓にしても、あまりにも唐突に、この世に出た感があります

藤原がヤマトで最上位につくには、相応の権威づけが必要だった

そこで選ばれたのが霊峰富士の名前だった

富士→藤 

富士の裾野→藤原

藤の頂(諸侯の頂点)から古代氏族を足元に従える光景を夢見たのかも

しれませんが、名前を盗んだ後ろめたさから、記紀には明確に富士山を

書くことができなかった

その当時富士山をどんな名で呼んでいたのかも不明ですが、私は神話にあるように

不死の山→富士山 だったのではないかと思っています

人は亡くなると魂は山に帰ると信じられていた時代

最高峰の富士山こそ魂が死なない場所であり、不死の山だったと言える


外国人が富士山を見たらその美しい姿に衝撃を受け、写真を撮ったり

登ってみたいとさえ思うのだから・・・・

藤原一族(鎌足の末裔)なら、その山にあやかりたいと思ったとしても

不思議ではないのではないだろうか・・・・

日本の古代史を改ざんした張本人は持統天皇と藤原不比等であり

輝かしい日本の皇統史を汚したのも持統&不比等だと思っています




世の中には男女の区別とか役割の違いはあるが、人民はすべて

平等に神(天御祖神)からこの世に遣わされて、天地自然の一部をなしている

その中で天皇が神(天御祖神)から与えられた役割は、天を照らす太陽の光を

反射して地上を照らす光なのである

またその光を受けて重臣たちは国の隅々まで明るく照らす役割を

与えられています、民もまたその光を受けて周囲を明るく照らすのです」

 (ホツマツタエ より一部引用)




天御祖神の子孫であるはずの天皇が果たして「太陽の光」を地上に届けている

のか大いに疑問ではある

天御祖神の子孫・今上天皇が天(祖神)に恥じない言動をしているのかどうか

「お天道様は観ている」というのは、天御祖神が常に見ているという事なのである

邪悪な陰が陽の光を遮っているならば、天の怒りは抑えきれないだろう

現在、日本の皇統の最大の危機なのである

どんな時も誰であっても、お天道様はいつも観ている・・・・




「夫は太陽で妻は月の役割を担っている 月はもとより発光体ではないので

太陽の光を受けて輝いて見えるのです」

  (ホツマツタエ より一部引用)



男女同権 男女平等 ・・・

その前に天地の理(ことわり)があり、人として男として女としての役割を

全うすることが神の意思であり願いなのではないだろうか・・・。
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◎  秋の大掃除 

暑く長い残暑と雨の日々が終わったと思ったら、秋がすでに到着していて

朝晩は短パン・Tシャツでは寒くてかなわない



気候も良くなり連休と言う事もあり、気まぐれ爺は衣替えの準備をしながら、

突然「秋の大掃除」を始めてしまった

断捨離は得意なのだが、転居も想定しながらの掃除はかなり疲れる作業だった

要らなくなった衣類から、もう見ることも無いだろうDVD、パソコンに取り入れてしまって

無用になったCD、他人様にはお譲りできない「読む価値のない駄本」などを処分した

溜まっていた領収書も3年分だけを保管し、あとはシュレッダーにかけて可燃ごみに

床や壁の雑巾がけ、メダカ用品の整理・処分などこの一週間で出したごみの量は

相当なものになったが、とにかく未使用の品物が多い事に愕然としてしまう

必要な物だけを買っているつもりの本人だが、未使用な商品をしまいこんで

忘れているものだと深く反省してみたり


こういう大掛かりな片づけ・掃除をすると、決まって出てくる意外な物

とっくに処分したつもりの懐かしいあれこれ・・・

しばし手を休めてのタイムスリップで時間のロスを誘うことに(笑)

おそらく今回処分した数倍の不用品がこの先出てくることは間違いなさそうだ

不用品は生活の「垢」と割り切って、容赦なく断捨離しようと自分に言い聞かせながら

去年も今年も着ることのなかった衣類・・・

来年も着ないことは明白なのだから、年内にも処分する事に決定・・・

靴も買ったは良いがどうも足にしっくりこないで箱入りになっていた物もあった

これも他人様に譲ることはできないので、焼却処分となりそうだ


貧乏人の悪い癖と言えるのだが

何時かは使う 何かの役に立つ 高かったから勿体ない・・・・

断捨離の一番最初にリストアップすべきものであることは確定である(笑)

出る出ると言って出たことのないのが「お化け」

いつかは使うと言って使った試しがないのが「不用品」

「勿体ない」と言い続け、結局最後には処分する「高額不用品」

人間両手に持って人生を歩むことのできる数量は決まっているそうな

苦労であれ、喜びであれ背負う荷物・持てる荷持つには限りがある

断捨離は天の決まり事、どう抗っても最後には捨てなければいけなくなります

嫌なこと 辛かったことを不用品と一緒に「断捨離」してみては・・・・

少しは空が澄んで見えるかもしれませんよ




◆ 奈良の都にペルシャ人役人がいた…木簡に名前

 奈良市の平城宮跡から出土した8世紀中頃の木簡に、ペルシャ(現代のイラン付近)を意味する「破斯はし」という名字を持つ役人の名前が書かれていたことが、奈良文化財研究所の調査でわかった。
 国内でペルシャ人の名前を記した出土遺物が確認されたのは初めてで、奈良時代の日本の国際性を裏付ける成果となる。
 木簡は1966年、人事を扱う式部省があった平城宮跡東南隅の発掘調査で出土した。文字が薄く肉眼では一部が判読不能だったが、今年8月、赤外線撮影をした結果、役人を養成する「大学寮」でのペルシャ人役人の宿直に関する勤務記録とわかった。
 表側の上部に「大学寮解 申宿直官人事」、下部に、定員外の特別枠で任じられた役人「員外大属いんがいだいさかん」という役職名、中国語でペルシャを表す「波斯はし」と同じ読み・意味の「破斯」という名字を持つ「破斯清通」という人名と、「天平神護元年(765年)」という年号が書かれていた。
           2016年10月05日 Copyright © The Yomiuri Shimbun



この時代に外国から来て日本人になった人は渡来人である

「え?帰化人でないの」、と思っている人も居そうなので、簡単に・・・

そもそも帰化人という言葉の定義は・・・

文明の低い国の人間が、高い国を慕って同化する事をいう

進んだ文化や技術を有する国から、途上国に来てその国の人間になった人は

「渡来人」と呼ぶべきなのであり、嘗ての唐や漢などの大陸から日本に来て、

日本人になった人は渡来人と呼ぶのが正しいと思っている


ところが、蝦夷・太墓公阿弖流為を降参させた征討将軍(征夷大将軍)

坂上田村麻呂は後漢・霊帝の曾孫・阿智王の子孫で、応神天皇の時代に

帰化したと「続日本紀」に記されている


どれだけ見栄っ張りな記述なのか(笑)

応神天皇の時代に、大陸よりヤマトの文明が高かったというのは、百歩譲っても

あり得ない話ではないか・・・・



ちなみに、巷間を騒がせている R4 は間違いなく「帰化人」であることは間違いない、

大陸の血しか流れていないし嘘つきだし・・・・

日本を慕ってもいないから「なんちゃって帰化人」という説もあるくらいだ

とにかく日本は一番になってはいけないらしい(笑)

どうか(同化)してるぜ!


話を戻そう

最近日本人になりたい外国人が増えているそうだ

いまや日本の文化は世界中の羨望の的という事だろう

その美しく奥深い日本の文化を知ることも無く、世界中に飛び出してゆく

日本人たちは日本の誇れる文化をあまり熟知していないというのだから

困ったものである

負うた子に教えられて浅瀬を渡る ならぬ、異国の徒に文化を教えられ

では、まったく話にもならない惨状ではないか・・・・

かく言う長屋の爺も日本の文化を熟知しているかと問われれば

恥ずかしながら「詳しくはない」と答えるしかないが(笑)


未だに日本の47都道府県の四分の一に足を踏み入れたことが無い私

は日本を知っているとは冗談でも言えないのが現実だ・・・


バタバタしていて落ち着かない秋の日々であるが、こんな時こそ静かな

公園にでも足を運ぶべきだと思ってはいるのだが

解っちゃいるけど 実行できないのが人間・長屋の爺なのである。

◎  タヌキの糞と日本の英雄たち(#993) 

どうやら台風は列島に大きな被害も残さずに低気圧になったようだ

台風10号の時に「かの国」の国民は「被害が少なすぎ」など

日本に対して罵詈雑言を浴びせていたが、ブーメランになって

半島にも被害をもたらしたようだという

溜飲をさげた日本国民と共に乾杯したいものである(問題発言は承知です)


さて、天皇陛下が「タヌキの論文」を発表したことが報道された

国立博物館の研究員のご苦労には同情を禁じ得ない

ゴーストライターなら報酬も破格だろうが、共同研究では内廷費から

支出されることは無いだろう(笑)

なぜ タヌキの糞なのか?

タヌキの糞を毎日集め、顕微鏡でその内容物から季節の食の変化を

明らかにしたというが・・・・

どうせ糞の分析をするなら、東宮御所に住む「Mタヌキ」の糞の分析をして

どんな食生活をしているのか国民に対し論文発表をすれば、天皇支持率は

うなぎ上りになる事は保証できるのに(笑)


都庁問題も先の見えない事ばかり、聞くところによるとテレビでは擁護学者

が次々と出てきて、「呑むわけでないから人体にはさほど影響がない」などと

安全問題を煙に巻く手法に変わってきているらしい


日本は「話し合いの国」、「話し合う事がすべてに優先される国」である

聖徳太子の「十七か条の憲法」の第一条・十七条にもある通り

「和を以て尊しと為す」国なのである

だから英雄・独裁者を必要とはしない民族性が根付いている

一時の感情でヒーローを望んでは観ても、あっという間に民族性が

何よりも優先される結果になってしまう


小池都知事も一時の時間が求めた歴史の中の「刹那の女神」でしかない

私は残念ながらそういう感想を持っている


源頼朝、平清盛、足利義満、織田信長、井伊直弼、大久保利通、西郷隆盛、

伊藤博文、吉田茂、田中角栄・・・・

民衆が諸手をあげて狂喜するのは「刹那の時間」に限られる

民衆の支持が高くなればなるほど、大きな権力が付いて回り、その姿から

「独裁者」の影を観てしまい、自ら求めたヒーローでありながら、その求めて

得たものを自らの意思で否定する

そして時間が経過した後になって、やはり彼等は英雄だったのだと・・・

何とも「めんどくさい」のが我々日本人なのかもしれない(笑)


歴史の中に表れては消えた英雄たちが大きなうねりを造りながら、大きな変革を

成せなかったのは偶然では無いような気がしている爺の根拠でもある







【母】

はは という文字は二つの乳房をもった女性の象形文字

【毎】

まい は髪を結い、髪飾りを沢山付けた女性の象形文字

その事から「頭上が鬱陶(うっとう)しい」状態をいう

【晦】

かい は日を加えることで、「暗い」という意味に

毎の鬱陶しさによって、日が遮られ暗くなるからかもしれません



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【海】

うみ も 晦 と同様に「暗い」という意味を持つ文字

氵 を加えることで、海の中が暗く見えない事を意味していると

私個人の解釈である

もう一つ、海の中に比べて陸上の「諸々の事象」が鬱陶しく

感じた率直な感想からできた言葉かもしれません


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【悔】

かい は毎に「心」を加え、「暗く重苦しい心理状態」を意味する文字

それによって「くいる」の意味となった


此処まで書くと「海」という文字に、「毎」が使われていているが、「母」という

文字には大きくかかわっていない事が解る

女性が頭(結った髪)に有るだけの簪(かんざし)等を刺して、針山のように

なった姿が、誰の目にも鬱陶しく見えたことが「毎」の語源である


私の個人的解釈では、「母」は子供を産んだ女性に限定するのではなく

豊かな乳房を持った女性を意味する文字であり、一般の女性を指す文字

ではないかと思っています

【女】

じょ・おんな 

この文字は、「手を前で重ね神の前に膝まずく人」の姿を表す文字 

酒で清められ神霊に仕える女の姿と言われる

巫女の原始的な姿の象形文字ではないだろうか・・・・

氵 を加えて「汝(なんじ)」というのは、沐浴して身を清めた女性の事で

かつては、「汝」とは女性を呼ぶ言葉だったと解釈しています




◎  天の意思と神風 

久々の更新になりました

先週仕事の最中に背中と腰を痛めて、左肩から左大腿にかけて

痛みがひどい爺でありましたが、何とか右手だけでキーボードを

叩けるまでに回復しました


またぞろ沖縄に猛烈な台風が接近しているらしいです

沖縄の政(まつりごと)が天の意思に適っていないから・・・

などと軽率な事を言ってはは沖縄県民に対し失礼かもしれませんが


雷と天罰は「狙った場所」に落ちてくるとは限らないそうです

もし、天罰と言うものが有り、天の怒りと言うものが存在するなら

ピンポイントで落ちてほしいと願わずにはいられません


軍事を否定し武装をせずに平和を唱えるのは古代日本の貴人の

特徴だと井沢元彦氏はいう

その理論からいうと、憲法9条を護れ、軍備反対を唱えている左翼脳の

人々は「貴人」だと言う事になる

(間違っても奇人とは言っていないですから)


隣の国の女性酋長が「正しい歴史認識をせよ」と日本に発したが

まさしく護憲派と言われる左翼脳の人たちは「歴史に疎い」し、歴史の

不勉強が際立っているかもしれない


警察権力を否定し、軍事装備を排した結果、日本がどういう状況になったのか

若しかして防衛などしなくても、平成の時代に「神風」が吹くとでもいうのか?

貴族と言う言葉は日本と諸外国では全く意味が違っている

諸外国の貴族や王は「戦う武人」である


どの時代、どの文明、どの帝国の王たちは「戦う支配者」だった

記紀に残る日本の古代天皇も自ら先頭に立ち、武器を振るって敵を

殺してきたとされる

私たちが辛うじて知っている西欧の王侯貴族の姿は、鎧兜(よろいかぶと)に

身を包んだ武人の姿であるが、綺麗な衣をまとい優雅な姿なのは平安以降の

日本だけなのである


最近やたらと「死刑の廃止」などと言って死刑制度に否定的な「人権派弁護士」が

横行しているが、奈良時代には死刑が当たり前のように行われ、対象が親王であろうと

妃であろうと、名門貴族であろうと容赦なく死刑にした

その反動かどうかは不明だが、平安になると死刑が行われなくなってしまった

国家反逆罪で罰せられた(冤罪だったが)、菅原道真も流罪ですんでいるのである


平成が平安に近くなっていると思ってしまうほど、平安の政治と平成の政治は

非常に似通ってきていると考えています


現代の国会議員が平安の貴族と仮定するなら、自分の手を汚さずに綺麗事ばかりを

並べて、目の前の「国難」「危難」から眼を遠ざけ、自己保身と無責任な言動で

その場凌ぎに躍起になっていると見えてしまう

尖閣に押し寄せるシナの艦船も、ある日「神風」が吹いて蹴散らしてくれる

冗談では無く本当に国会議員の先生たちは、そう考えている気がしています


自分が議員の職にある間に「事が起きなければ」OKなのである

そんな日和見先生たちに、私たちの日本を任せてよいものか?

野党ばかりが悪いとは思っていない長屋の爺

自民党支持者には申し訳ないが、この状況を作ったのは誰でもない

自民党の中に潜む「無責任な国賊議員」たちなのである


異常気象は続いても「平成の神風」は吹くことは無い


私は「神風特攻隊」という言葉大嫌いである

鎌倉時代の【神風】とは貴族が武士(もののふ)たちの功績で元寇を撃退したと

認めたくなくて「神のご加護」「神威」によって、敵を撃退したことにすり替えた

とても卑劣な言葉なのである

そして・・・大東亜戦争において、親・兄弟・妻子を人質に取られた形で

国のために命を捨てて来いと命令したのが「神風」なのである

それはお前たちの行跡では無く、神の思し召し、神の意思であると

意義をすり変えたかった事に寄る「命名」に過ぎない・・・・

敵艦特攻は神の意思なんかじゃない

一部の無責任な権力者による「自死命令」だったと私は思っている

そんな御霊が眠る靖國に足を運ばない人間は天皇であろうと総理であろうと

私は認めたくないし、尊敬も恭順の気持ちも微塵も持てないのである。



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