不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

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◎  民の声の深層 

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日本の国も台風も史上かつてないほど迷走しているようで

心中複雑な日本人が多いと感じるこの数日・・・


世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
        山の奥にも 鹿ぞ鳴くなり

              ( 皇太后宮大夫俊成)


私は皇太子妃が祭祀を受け入れようが、受け入れまいが

どちらでも構わないし、皇室祭祀に関して皇后はあくまでも

添え物であると思っている

私が皇太子妃を認めないのは、天皇をはじめ皇后、皇太子

さらに宮内庁と言う組織が、あまりにも常識外れを続けることに

我慢がならないからである


考えてみれば誰でも理解できる理屈が、なおざりにされている現実


自分の家族が「病気を宣告」されて、そのまま何もせず傍観している

家族がいるだろうか?

自分達が行える最大限のチカラを駆使し、回復の道を探るのではないか

たった一人の医師に委ねたままの現状に驚きより怒りすら感じてしまうのだ・・・



取り敢えず「適応障害」と診断されたのを受け入れたとしよう

その病気を治すために次期皇后候補の病に日本の医学界が何もできない

させてもらえないと言うのは、異常な事なのである


病名が解っていてなぜ国立病院、宮内庁病院、著名な大学病院が静観しているのか

静観するしかないとすれば、いったい誰がその診療の道を閉ざしているのか


それほど日本の医師たちが頼りにならないなら、内廷費を使い外国の権威を

雇ってでも治そうと努めるのが「家族」であり「身内」であり、宮内庁という組織では

無いのだろうか・・・・

治すために使われる税金なら私は反対などしない

カネの事をいうと古い日本人の中には「嫌う方々」も多くいらっしゃるだろうが

皇族だから「何でも許してしまう」という体質が今回の騒動の原因だと

私は思っていて、それをしない、できない現状を憂いているのである


世間の親や夫が、妻・娘が病気になれば、どんなことをしても、どれだけ高額な

医療処置でもきっと受けさせたいと思うだろうし、受けさせる努力をするものだと

私は信じて疑わないのである


では日本の天皇・皇后、皇太子はその努力をしたのだろうか?

宮内庁・東宮職は最高の治療をうけさせる努力をしたのだろうか?


病人らしくない病人

私が知る限り適応障害の「因」はストレスで、適応障害に対する特効薬は

存在しないといいます


適応障害という病気の治療法は薬を飲んだり手術したから治るという単純な

ものではなく、「原因となったストレスから離れる」事が治療となるそうだ


効果が望めるのは「因」を取り除くこと、ストレスの元を排除するか

そのストレスの元から遠ざかる事ではないでしょうか・・・


常に見られている生活がストレスなら、隔離された病院に入るとか

皇室という作法・慣例のある環境がストレスなら、皇室から離脱すべきだろうし

自分の気に染まない公務がストレスなら、皇太子妃の地位を捨てれば済む


*スキー場や百貨店に頻繁に出ていける事から、「観られるストレス」は考えられない

*皇室の作法・慣習がストレスなら、皇族としての資質の問題であり、離脱以外に

 対処法は無いと言える

*国内の公務がストレスで、海外訪問がストレスでないなら、これも不適正としか言えない


病気の皇族本人が治す努力をしている姿が見られないから、巷の日本人たちは強い口調で

糾弾し、余分なことまで口にすることになるのだと私は感じている

病気を理由にするのは勝手だが、治す努力をしない者に同情が必要だろうか

そういう単純な疑問が脳裏をかすめるのは私だけではあるまい・・・



保身のために嘘をつくことは誰しもある事

それ自体に大きな罪が無い事もある

しかし・・・その嘘を隠すために嘘を嘘で覆い隠すことを繰り返すことは

大きな罪なのである

嘘にも「情のあるウソ」、「愛するが故の嘘」というものもあるのだ

その境目から出た嘘は怒りや拒絶しか生まない事もこの世の中に存在する

その怒りや拒絶心が世の中を判断する「基準・物差し」になる事は

この国にとっての最大の不幸となる気がする

声が上がっている間に、しかるべく対処することが急務なのではないだろうか。




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逸する者はその声楽しく、怨ずる者はその吟悲し。
もちて懐を述ぶべく、もちて憤を発すべし。
天地を動かし、鬼神を感ぜしめ、人倫を化し、夫婦を和すること、
和歌より宜しきはなし。


いっするものは そのこえたのしく えんずるものは そのうたかなし
もちておもひをのぶべく もちていきどおりをおこすべし
てんちをうごかし きしんをかんぜしめ じんりんをくわし
ふうふをわすること わかよりよろしきはなし


(訳) 満足して暮らす者はその声が楽しく、不満に思って暮らす者は
   その声が悲しい。 だから、思いを述べたり、不満を吐き出したり
   するべきである。 天地を動かし、鬼神を感動させ、人間を救え、
   夫婦を睦まじくするものとして、和歌にまさるものはない。

                《 古今集 真名序より 紀淑望 》


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◎  出てきた狢(むじな)・魑魅魍魎 


◆ 二階幹事長、女性天皇を認めねば「時代遅れ」

 自民党の二階幹事長は25日、BS朝日の番組収録で「女性尊重の時代で、天皇陛下だけはそうならないというのはおかしい。時代遅れだ」と述べ、女性天皇を認めるべきだとの認識を示した。

 皇室典範は皇位継承を男系男子に限っており、女性天皇の実現には典範改正が必要になる。

 二階氏は収録後、記者団に「諸外国でもトップが女性である国がいくつかある。日本にもそういうことがあったらよい」と語った。また、政府が天皇陛下の生前退位を巡って有識者会議設置を検討していることに関し「(女性天皇の検討も)この機会に一緒にやれれば良いが、やれなければ切り離せば良い」と述べた。

        2016年08月25日 Copyright © The Yomiuri Shimbun

とってもわかりやすい代議士先生である (笑)

突然、総理の任期延長を言い出し、小池知事の処分を辞めたのは、

やはり今回の譲位騒動とリンクしていそうである

黒幕は悪しき自民党の魑魅魍魎だったということではないのか?

総理大臣の任期を伸ばすことに加担する代わりに、女性天皇を認めろ!

つまりはギブ&テイクを持ちかける手段なのだろう

それに乗るつもりなのか安倍晋三総理・・・・


諸外国の王・女王と日本の天皇を同じ次元で語るところが似非日本人を

証明していることになる

皇太子批判をする方々の中にも「自民党支持者」は多いと思うが、これが政治家

の理念・愛国心であることに気付いてほしいものである


* これとは直接関係ない話ですが、皇太子が自らその地位を辞することを

「退位」とは呼ばず 【遜位(そんい)】と言います

なので、「御退位なさいませ」ではなく、「遜位なさいませ」のほうが私は適切な気がします

どうでもいい話で申し訳ありませんが・・・・この意味は「譲位」することと同じになり

天子(東宮)がその地位を辞して他の継承権者に譲る事をいいます


当ブログの読者はすでに承知の話だが、諸外国に男系男子の規定が無いのは

「同等婚の定め」が基本に在るからである

そんな事も知らないで、「時代おくれ」とは、よくも言ったものである(笑)


男系男子を女性蔑視・差別としか考えない「もの知らず」が自民党幹事長とは

この先、何と思いやられることだろうか・・・・


日本の天皇は何処まで行っても「祭祀王」なのである

祭祀をやらない 祭祀ができない 祭祀を軽んじる そんな人間は天皇に相応しくない

それを許しては日本の存在意義を否定することになる

過去の歴史で↑のような理由で「廃太子」された東宮は居ませんが、明晰・鋭敏なため

廃太子になった東宮は少なからず存在し、現皇太子は歴史的に観ても「群臣」が望む

東宮の資質を全て備えていることになる(笑)


凡愚で持病があり、妃の意のままに行動し、群臣の操り人形に徹することができる

理想的な東宮ということになる



なぜ病弱・持病を持つ東宮が好まれるのか?

次の世代を支える東宮の取り巻きである東宮職にとって、歓迎すべきことだから

先を睨んで、凡愚で病弱な東宮の皇位継承に加担するのです

早死にすればそれだけ新東宮が早く皇位に就ける理屈になり、それを支える者たちの

欲が満たされることになるのです

これはあくまでも、昔の皇室制度での話ですが、天皇には天皇の側近・取り巻きが

皇后には皇后の側近・取り巻きが、東宮には東宮の側近・取り巻きが、東宮妃にも

内親王にも・・・そして親王にも、側近と呼ばれる者たちが居ます

そのそれぞれが「主」である人の栄達を望み画策し、主の栄華は自身の処遇・権力に

大きく影響してきます

その結果、熾烈で陰湿な皇位継承争いが起きました

故に尊い命の犠牲を出さないように

醜い争い事が起きないように、天皇の「譲位」を決めなかったのだとわたしは思っている


問題だらけの皇太子が即位しても、本質的に日本が終わる事になるだろうし

それに反対し皇室制度そのものが崩壊しても、日本が終わる事になる

そういう意味では【行くも地獄 戻るも地獄】 というところか・・・・


世論が政治を動かそうにも、お花畑国民が「お可哀想」では話にならず

天皇や宮内庁の「憲法違反」を真剣に糾弾するメディアすらない

法の下の平等も見掛け倒しに過ぎず、特権を持つ特権階級の人間だけで

国が動いていることに日本人は気づいていない

日本国憲法は平等と謳いながら、天皇家や皇族の罪を特別扱いする

それを許すか許さないかの判断権は国民の手には無い




公務ができないので譲位したいと言いながら、観賞には出かけられる不可解さ・・・・

公務も満足にしないで湯水のごとく税金を使い、静養ばかりを繰り返す愚息家族・・・

静養の意味すら理解できないこの一家に、血税を使われることに強い抵抗感

が湧いてくる

どんなに国民が声を上げようとも、内廷皇族の行動は改まらないのが現実だ


にごりゆく 世を思ふにも 五十鈴川
       すまばと神を なほたのむかな  (後土御門院)


われわれ国民はいったい何を頼みとすればよいものか・・・・。

◎  古代を知ることができない原因 


日本紀などはただかたそばぞかし。

これらにこそ道々(みちみち)しく詳しきことはあらめ。

・・・・・・・源氏物語 「蛍」巻より


* 天皇の勅命で作られた「日本紀(日本書紀?)」などの歴史書

は権力者に都合のいい事、事実のほんの一端が書かれているだけで

作り話として低く見られている物語にこそ詳しい本格的な事情が描かれている



日本人が日本の事、とくに古代の事を知ろうとしても、知ることができない理由

それは庶民の暮らしについて、国家が意図的に記録を残さなかったから

一握りの権力者の正当性ばかりを書き残し、庶民の実情を正確に残さなかった

というべきかもしれない

都合の悪い事、権力者にとって取るに足らん実情など書き残すとは考えられない

書きのこすには書き残すだけの大きな理由が存在する


朝起きて、顔を洗い、朝食を食べ、着替えをして、部屋に鍵をかけ、歩いて駅に向かった

そんな事を日記やブログに書く人は「特異な人間(変人)」と言われてしまう

非日常であったり、大きな感銘・衝撃を受けたり、どうしても記録しておきたいこと

忘れたくない事などは、残したい欲求に駆られるのだと思う

だから、特別で大事な事柄として「書き残す」のではないだろうか?

「書く」「残す」という行為は、理由も意味も特別な事だと私は考えます



平安貴族は殿上人でない下級貴族、一般庶民は「人」として扱わなかった

それが「ひとでなし」の語源だと考えます

安倍晴明の逸話に出てくる「式神」が貴族には見えなかったのではなく

人で無いモノ=悪しき者・下賤の穢れた者 であって、観ると「眼が穢れる」という

発想から、見えない事にしていたのだろうと思う

安倍晴明が使役していた「式神」とは、都の裏世界に暮らす「ヒトデナシ」だった

平安貴族は暴力や流血を「ケガレ」として認識していた時代であり

その「汚れ仕事」を密かに安倍晴明が担っていたとしたら・・・・

式神を使って「ヒトデナシ」の命を絶つ事を命じられたこともあったのだろう

情報力と貴族たちの諸事情・秘密を握ったからこそ、晩年になって時の権力者

藤原道長に重く用いられたのだろうと、私は考えている

遠く西の地方で雨が降ったことを、早飛脚のような形で式神から伝達され、

晴明が事前に知っていたとすれば、「雨乞い」をして雨を降らすことも可能だった

可能性すらある(笑)

*安倍晴明の信奉者には意に添わない説でしょうが・・・・


話を戻す・・・

権力者にとって不都合な事でも、庶民にとって大事な事は当然あっただろう

一部のヒトデナシがその事実を書き残した可能性は高いと思っている

しかし、官位五位以上でないと「人」として扱わない貴族たちである

今の中国や北朝鮮に近い、少数の人間による統治がまかり通っていたと推測する

不都合なモノは廃棄・破却・抹殺・焚書が行われたのだろう

なぜ古代の民間の手による文献が残っていないのか・・・

それは字を知らなかったわけでもなく、紙や筆が手に入らなかったからでもない

書き記したすべての「不都合」は破られ、燃やされたのだと私は思っている

石に彫り刻むか、紙や板に書き記すか・・・・

形あるものを見つけられたら、一つとして残されなかったとすれば

人々の口述によって残すしか方便が無かった

それも工夫を凝らし、権力者側に悟られないように・・・・

それが「昔話」であったり、「童話」と呼ばれるものではないだろうか


童話と聞くと古代から伝えられてきた「子供向けの説話」だと日本人は

信じて疑いません

私たちが習った童話のほとんどが、江戸時代から明治時代、中には昭和に

なってから、編集されたものだと言う事を・・・・

これらは「お伽噺(おとぎばなし)」とよばれるものです



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ひとつ例を出してみると、「かちかち山」という童話は誰でも知っていますが

きっとこんなあらすじだったと記憶しています


 ある日お婆さんが「タヌキ」に殴られて大怪我をしてしまい

その可哀想な老夫婦を観て、ウサギが仕返しをして、最後にはタヌキが

改心をして仲良くなった


では昔の「かちかち山」とは、いったいどんな話だったのか・・・・


* ある日、捕えられたタヌキが「タヌキ汁」にされそうになった

そこでタヌキはお婆さんに哀願して縄をほどいてもらう事に成功する

そのあと、タヌキはお婆さんを殺して「婆汁」にしてしまう

その婆汁を御婆さんに化けたタヌキが、お爺さんに食べさせた・・・

「婆を食った爺やい」

「縁の下をよ~く見てみろ」

そこにはお婆さんの白骨が遺されていたという

(明治21年ごろの「かちかち山」の記述です)


「人肉食」について昔の人が伝え続けてきたものかどうかは

今となっては知ることはできません

その後、昭和初期に残虐性を抑えた記述になり、戦後は今のような

子供に聞かせても問題ない記述の「かちかち山」になったようです・・・


童話と呼ばれるものの骨格は「子供向け」では無く、社会性の高い

民間伝承だったのでしょう

一寸法師も桃太郎も、かぐや姫も・・・・同じだったと考えられます


近代の日本人は「焚書」にするのではなく「改竄」して【毒】も【骨】も

取り去ったものを「子供向け」と称して残したのです


日本の歴史の「物差し」を記紀に依存している限り真実に近づくことは

出来ない気がします

政治や祭事の大きな流れは知ることはできても、人々の生活や風習・信仰

まで、記紀から知ることはできないのでは・・・と私は思っています。

◎  酒と人生 


暑い夏と言いながら、今年の夏は「ヒマ」である

身体にやさしい夏と考えれば、これもまた佳い事なのかもしれない

日曜の仕事で体調を崩したが、次は土曜日なので、しっかりと休養できている

週休5日というのも考えてみれば贅沢な話なのだろうが、爺と猫が生きていくには

理想的かもしれない

(ただし、これが通年になると死活問題になるが、春から初夏にかけて連勤したので

働きアリはぬくぬくと休めるという訳だ)



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私は生来の「酒呑み」ではない、嫌いでもないが呑まなければ生きていけないわけでもない

父親が大酒呑みだったので、自分は酒は呑まない人間になろうとした過去があるが・・・

蛙の子は蛙というのだろう、大酒のみにはならなかったのだけは自己評価している


だから酒にはそれほど詳しくは無いし、味など解るわけも無い

ビールも呑めば、日本酒も焼酎も、ウィスキーもワインも呑むが

世間の人のように「呑む」という範疇には入らない

舐める程度に・・・「たしなむ」だけである(笑)



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若い頃はスコッチを二日で一本開けていたことも有るが、体を壊して呑めなくなった

「ベル」というスコッチがお気に入りで、月に20本、年に230本呑んだ過去がある

給料のほとんどを酒で消費していた馬鹿野郎であるが・・・


焼酎は10年ほど前から、友人との付き合いから呑むようになったので

味とか美味い焼酎の判断などできない

九州の焼酎を呑むことが多く、最近は【小鹿田の里】、【双葉の里】という大分の

焼酎を呑んでいる


どうして大分なのか?

理由は簡単で、酒瓶のガラスの姿がどうも気に入らなくて、【陶瓶(焼き物)】に入った

焼酎を選んでいるだけ・・・・(笑)



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酒を量や味で嗜むほど酒が解る人間ではない

雰囲気と心地よさだけで呑む、酒飲みの範疇に入らない爺なのである



日本酒は地元の【空】という酒を、季節ごとに入手し、特別な時に呑んでいる

無いと不安になるので、常備酒と言えるかもしれない


仕事がある日の前日は酒は呑まない

潔斎しているわけでもないが、仕事に「ほどほど」はあり得ない

持てる経験と知識と技術を出すために仕事に出るのが信条となっていて

忙しかったころは酒を呑むことなど無かったのである


だからヒマと言うか、仕事が毎日でなくなった今、酒を呑む余裕ができたと言う事になる

若い頃に呑む酒と、老いてから呑む酒は、別物だと思っている


私は酒を呑む目的を「現実逃避」にしたくない人間で、呑む前も、呑んでいるときも

呑み終わって体を横たえる時までも、気分よくありたいと考えている



だから「やけ酒」は呑んだことが無いし、呑んで周りの人間に「絡んだ」こともない

降りかかってきた「火の粉」を掃ったことは何度かあるが(笑)



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よく酒を呑んでの言動を「覚えていない」と言う人もいるが、私は信用していない

意外と酒飲みは覚えているもので、翌日「自己嫌悪」と「恥ずかしさ」から、なにも

覚えていないと言うのだと勝手に思っている

言葉は雑音ではない、胸の内・意識の奥底にあるものが「言葉」として出てくる

酒の席での失言・暴言は、心の声であるのだと私は受け止めている


私はスポーツと酒は「楽しく」なければいけないと考えている

悲痛な顔をしたスポーツ選手の顔は観たくないし、不満が顔に出ている酒呑みとは

同席したくない人間だ・・・

年がら年中「ヘラヘラ」していればよいとは言わないが、常時眉間に皺を作る人と

一緒に居て楽しいわけも無い・・・


上を向く人の顔は「好ましい」と思っていて、うつむくことが多い人は、深呼吸して

空を見上げてほしいと願っている長屋の爺である


この世は「なるようにしかならない」のが鉄則であり、頑張れば頑張っただけ深みに嵌まる

人間は頑張るようには神さまが造ってくれなかったと思っている


努力することは必要だが、頑張ればその代償は必ず払う事になり

私は親しい人には「頑張らないで」「頑張りなさんな」、「深呼吸して上を向いて」と

言い続けてきたのである

頑張る事と努力することは別物、頑張るのは無理をすることと同じで

無理をすれば当然疲れたり、思考が偏ったり、いろいろなことに影響が出てしまう


言葉では違う「頑張り」と「努力」だが、それぞれの行動が曖昧なのは承知しての

話であり、自分の意識の中で、「頑張らなくちゃ」が「頑張らなければダメだ」になり

ドンドン自分を追い込んでゆくことに気付けなくなってしまうのが問題だと思う


私はいい加減な人間だから、これだけ努力しての結果だから「しょうがない」と

自分を慰め、妥協納得してしまう

努力が足りないとか、頑張らなかったからだとは、決して思わない事にしている

物は考えよう  気は持ちよう 何とかなる 成るようにしかならない

周りのみんなも、そうして生きていけたらよいのにな・・・・

ようやく気付いた長屋の爺の戯言でした。


◎  雌鶏勧めて雄鶏時を作る Part2 

首相夫人
.
真珠湾を訪問し「祈りをささげた」


 安倍晋三首相の妻昭恵さんは22日、自身のフェイスブックで、旧日本軍が奇襲攻撃した米ハワイ・真珠湾のアリゾナ記念館を訪れたことを明らかにした。昭恵さんは「お花と祈りをささげた」と書き込み、米軍犠牲者の慰霊碑に向かって手を合わせている写真を投稿した。
 これに関連し、菅義偉官房長官は22日の記者会見で、昭恵さんのハワイ訪問は「海洋環境フォーラムに出席するため」と説明し、「訪問は私的なもので政府としてコメントすることは控えたい」と述べるにとどめた。

 そのうえで、オバマ米大統領が今年5月に被爆地の広島を訪問したことを受け、日米両国に安倍首相の真珠湾訪問を期待する声があることに関し、「首相のハワイ訪問は全く予定にない」と語り、否定的な見解を示した。【毎日新聞 松井豊】


◆ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◆

此処にも居た・・・雌鶏が

日本のファーストレディーと称される人物が「私的」を言うなら、その行動を

逐一SNSで公にする必要があるのだろうか・・・



首相夫人が公人であるかどうかは、判断が分かれるところだろうが

少なくとも内外に与える影響は少なくないと私は考える



プライベートを主張するなら、総理夫人を辞めてから言うべきではないだろうか

そもそも政府要人の家族の言動は様々な影響を考えれば、「公人扱い」されても

しかたが無い事なのである


私は個人的に、この女性を好きになれない

余りにも「自己主張」し過ぎで、総理大臣の夫人の自覚が無いように思えてしまう

多くを語らずに、過激なパフォーマンスなどしなくても、存在感・好印象をアピール

することはできるはず、うれない芸人のように目立とうとする意識は、逆に観る者の

気持ちを萎えさせてしまう事に・・・・

「いいとこの御嬢さん」で生きてきて、できないことは無いとでも言いいたいのだろうか

総理が「株を上げて」女房が「足を引っ張る」、絶妙のコンビネーションだ(笑)


此処にも居た「雌鶏」

雌鶏歌えば家滅ぶ・・・これが総理の考えなのか、夫人の思い付きなのかは知らず

真珠湾奇襲と同時刻に訪問したことに、言いようのない不快感を覚えた長屋の爺




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             《撃沈された対馬丸》




彼女がほんとうのファーストレディならば、対馬丸の慰霊祭のほうに足を

運ぶべきでは無かったか?


* 疎開児童乗せた対馬丸の慰霊祭…撃沈から72年

 太平洋戦争中に学童疎開船・対馬丸が撃沈されてから72年となった22日、

那覇市で慰霊祭が行われた。

 生存者や遺族らが慰霊碑「小桜の塔」前に集まって黙とうし、約1500人の犠牲者を悼んだ。

 沖縄から本土に疎開する児童らを乗せていた対馬丸は、鹿児島県の悪石(あくせき)島沖で

米潜水艦の魚雷を受けて沈没した。

式典では、参列者が平和への願いを込め、「那覇市のチョウ」に選ばれている国内最大級の

チョウ「オオゴマダラ」を空に放った。

2016年08月23日 Copyright © The Yomiuri Shimbun より


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              《 オオゴマダラ 》         
     



無辜の市民数十万人が犠牲になった広島・長崎の御霊にどう説明するのですか?

学童疎開船・対馬丸が撃沈されたのは日本が悪かったからですか?

あなたは靖國に参拝したことが有りますか?

貴女の心の中ではそんなに日本は悪い国なのですか? 

私は心の中で、総理夫人に問うてみた・・



同じ質問を、皇*陛下と吉*小百合氏に問いかけてみたい気がしている。




◎  熱中症に 

台風が通過した地域には自然のチカラを見せつけるような

大きな被害が遺されているのを観て、あらためて自然=神

を意識してしまう

まるで、何かに向かって激しい怒りをぶつけるように・・・

千代田から那須、東北から北海道へ

風神、竜神、雷神、海神がそれほど怒るのはなぜなのか・・・・


日曜日の現場は面倒できつい仕事だった

関東・東北とは違い、猛暑のなかでの仕事で、お約束のように

軽い熱中症にかかってしまった

熱中症の予防というものは、すべての人や行動に適応するとは言えない

というか・・・一般人の通常の生活ならば、世間で言う予防や回避措置が

有効なのだろうが、炎天下の外作業さらに、こまめに休憩のできない現場では

予防法など「絵に描いた餅」「机上の空論」でしかない・・・

如何に軽い症状で済ませることができるか・・・なのである


そんな私は翌日から休日で、「大したことが無かった」とばかりに、放置していた

家の周りの雑草を刈り取る事にしたのが間違いだった

午前中の一時間半程度の草刈り作業、とにかく暑かった

着ていた衣服が「汗を絞れる」くらいに濡れていたことを考えても、おそらく36°は

優に超えていただろう

シャワーを浴びて一休みした辺りから異変が起きた

体の熱がこもった状態になり、股関節・腰・ひかがみ(膝の裏)に痛みを感じ

意識が朦朧になってしまった

私にとって毎年の恒例なので、冷蔵庫の中の「アイスノン」「冷えピタ」を取り出して

午後の明るいうちから就寝し、16時間の睡眠で対処することに・・・

とにかく体を冷やして熱を下げ、体力を回復することに専念した、おかげで今朝は熱も下がり

腰の痛み以外はすこぶる快調である(笑)


世間で言うところの熱中症予防とは、熱中症にかからないためでは無く、いかに軽い症状

で済ませられるかのガイド・アドバイスでしかない・・・

熱中症の本当の予防法とは・・・家から出ないでエアコンの効いた部屋でまったりすること

これ以外には無いと断言します!


◎  雌鶏(めんどり)勧めて雄鶏(おんどり)時を作る  

雌鶏(めんどり)勧めて雄鶏(おんどり)時を作る

女性にそそのかされて行動を起こす男性を皮肉ったことわざ

夫が妻の思い通りに言動することを卑下したことわざとも言える


今年の日本の一番長い日において、天皇の言葉を聞いて

あらためて「家滅ぶ」兆しを観た思いがしている


人間だれしも「老い」から逃れることはできない

精神的にも体力的にも、できていた事ができなくなったり

何気ない動作が負担に感じることも有るだろう

今上天皇が一般庶民と同じ境遇なら、「そうですね」と私も

理解してあげたい気持ちはある

が、しかし・・・

天皇家とは、日本国天皇とは・・・どういう立場なのかを考えれば

痛い・痒い・疲れた・しんどいなどと言える立場で無い事は誰もが承知して

いる話ではないか・・・

象徴天皇という自覚の無さが今回の「譲位騒動」に表れている気がする

日本国民の象徴を辞退することは、即ち天皇家を「畳む」意思の表明と

私は考えている

個人の裁量で譲ったり辞めたりできる「天皇位」でない事は明白だ

摂政を立て自身は象徴(日本のシンボル)でいれば済む話であるにも

かかわらず辞めたいと言うのであれば、皇室制度廃止、天皇家断絶も

覚悟して発言するのが筋道ではないだろうか


雌鶏歌えば家滅ぶ とは、かの国のたとえだが・・・

妻がいろいろと口出しして権力を持つようになると,夫の権威が保たれなくなり,

遂には家が滅んでしまうと言う意味である


まさに、「今の日本を表している」と世間では囁いているのかもしれない(笑)


譲位を認めることは、皇室の「在りよう」が国民から奪われてしまい

一部の人間たちに好き勝手にされてしまう事を意味するのだ


今の皇室典範の元になったのが「旧(明治)皇室典範」である

日本で最初の皇室に関する「明文化された決まり事」といえるものだが

この中で「譲位」に言及せず定め無かった事の理由が皇位継承に際して

多くの尊い命が奪われてきた「皇統史」から学んだ反省の上に立ったものなのである

皇位を「私的理由」によって、臣下や皇族の不埒な陰謀で曲げられないように

不変を願って譲位という制度を想定せず、認めなかったのだと思っている


旧皇室典範25条

摂政又は摂政たるべき者 精神若しくは身体の重患あり 又は重大の事故あるときは

皇族会議及び枢密顧問の議を経て 其の順序を換ふることを得

(摂政又は摂政たるべき者が精神もしくは身体に重大な病気があり、又は重大な事故の

ある時は、皇族会議及び枢密顧問の議を経て其の順序を換える事が出来る。)


*この重大な病気とは「不治の病」とは限定していないことに注目してほしい


第三十五条 

皇族は天皇之を監督す

(皇族は天皇がこれを監督する)

*今回の一連の騒動、一部国民の皇室不審問題の原因がこれに相当する

天皇が皇族(身内)を監督・説諭できないことが一番の問題か?



この旧皇室典範の「お手本」となったのが、欧州各国の王室制度だった

その中で臣下の欲望の影響を受けないように定めた「決まり事」に大きな

影響を受けたとみられる

「同等の婚媾(こんこう)より生まるる所の子」でなければならない

王位継承権者は必ず実父・実母ともに【王族】でなければ

ならないと欧州王家では定められていたのです

*一般庶民の出身の女性の産んだ子は王とは認めない・・・

というより、王の后は平民の出自はみとめないと厳密に定めているのだ

その理由は、父母が王族であるならば、その間に産まれた子供は

男子でも女子でも【二人の王の血を引く直系】であるから、女性の王(女王)を

認める要因になっているのである

これを「同等婚の原則」といいます


日本の皇室典範に「女性天皇」の記述(定め)が無い理由が、欧州王家の理に適った

決まり事を手本としたからだと、私は思っています


父方からみれば直系であっても、母方からみれば「平民」の血統となる現皇室

どう考えるか、どう思うかは人それぞれかもしれませんが・・・・




日本の皇室が皇室でなくなった理由の一つ、開かれた皇室がいかに危ういもの

だったかを考えさせられる問題かもしれません





◎  天皇陛下おことば(全文)…戦没者追悼式 

 ◆ 天皇陛下おことば(全文)…戦没者追悼式

 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

 ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。


深い反省が何に対し、誰が反省するのかは語られていない

愚民よ! 察しなさい・・・・

そう言われたように感じたのは長屋の爺だけだろうが・・・・


「戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意」と言われたが

本当に心からそう思っているなら、どうして靖國の英霊に向き合ってあげないのか

口先で慰霊だ鎮魂だ追悼だと言うばかりで、行動が伴わない事をこの日本では・・・

偽善 と呼ぶのである


英霊を疎かにすることが皇室の人間のすることなのか?

誰のおかげで血税でぬくぬくといきていられるのか考えてもいないのだろう

我々国民の父親や祖父たちが命を賭けて国を守ったからではないのか?

国が残ったからこそ、皇室も無事に残ったのであり、国が消滅して皇室だけが存続

することなどあり得ない話だ


常に上から目線でモノをいうのに慣れてはいたが、今回ほど不愉快に思ったことは無い


だれが書いた原文なのかは知る由も無いが、この一年の天皇家の言動は常軌を逸している

祈るのは務めであり、それも見えないところで静かに努めてほしい・・・・


戦場跡地を訪問することが務めではない!

慰霊をしたければ靖國に行くのが道理であろう

夫・父・祖父の最期の地に行きたくても行けない国民ばかり

だからこそ靖國に足を運ぶのである


「靖國でまた会おう、靖國で待っている」

その言葉の意味するものは、靖國こそ英霊の目的地ということだろう

そこに参らずしてなにを慰霊と言うのだろうか・・・

自分の父祖の墓には参るのに、国を守ってくれた英霊に参れない皇室が

本当に必要なのか・・・

今年の暑い日に多くの事を考えさせられた長屋の爺であります。



*私は地元の議員が靖國に参拝したか否かを必ず確認している

隣国(シナ・朝鮮)に遠慮して靖國に参拝しない議員は支持しない事にしている

たとえそれがどこの党の議員であろうと・・・・


自分が生まれ育った国、祖父母が眠る国を愛せない人間、国に誇りを持たない人間は

なんだかんだと言って、靖国参拝を回避すると思っている

信念も覚悟も無い人間が、日本のかじ取りができるはずがない

名誉や欲のために議員をしている輩に「愛国」と言う言葉の意味など理解できるわけがない

自分の国がきらいな人間だけで国を動かす国・・・それが日本と言う国なのかもしれない。


◎  漢字の雑学 8・14 


 

は「矢」と「口」の組み合わせで、矢は【誓約】のしるしです

口は祝詞を入れる器のこと、神に祈り、神に誓うことを知と言います

意味としては、「しる」「さとる」であり 

神に誓うことによって、はじめてあきらかに「知り・悟る」事ができるからと言います

神に祈る事ができる人は、物事の本質・世の摂理を知ることができる人

そういう事も考えられます

知ることから目を逸らしたり、関心を持たない人は、神に向き合っていない人なのかも

しれないと私は思っています




は「耳」と「心」の組み合わせです

なぜ耳なのでしょう?

人間は心に恥じることがあったり、恥じらいを感じると最初に耳が赤くなります

恥じる気持ちや恥じらいは耳に表れることから  という文字ができました

何処かの国の国民は 恥 の意識が無いと言われています

その結果その民族の「耳たぶが欠けて無い」のだと・・・・(俗説ですが 笑)

耳の付いた文字を幾つか書いてみます



音はチョウ、きく

本来の文字は 

「耳」と「𡈼」と「悳」の組み合わせ

𡈼(てい) はつま先で立つ人を横から観た形

その人の上に大きな耳を加え、「聡明 そうめい(かしこいこと)」

神の声を聞くことができる事をいう

神の声を聴くことができる聡明の徳を「聴」といい

つま先で立って神に祈り、神の声を聞くことができる人を  といいます

*神の声が聞こえなくなったので、日本には聖職者が不在なのでしょう

聴に「广」が組み合わさると「」となり、「庁」の元の文字になります

庁とは物事を聴き、訴えを裁くなどする役所の意味

しかし本来の意味からすると「神の声を聴く聡明な人たちがあつまる役所」であるべき

宮内庁・消費者庁・検察庁・復興庁・文化庁など、最近国民に疑問を感じさせる

役所も多くなったと言われていますが、きっと神の声が聞こえなくなったから?




は「玄」と「田」の」組み合わさった文字です

玄は「糸の束をねじった形」で、田は「染汁をいれた鍋」のこと

染汁の中に束ねた糸を漬けて「染色」することです

長い時間点けると深く染まる事から、とどめる・たくわえるの意味に・・

畜には音(よみ)が3種類あり

* チク は「たくわえる」
* キク は「やしなう・かう」
* キュウ は「家畜・けもの」 の意として発音します

畜生(ちくしょう)という文字は本来【キュウ ショウ】と読むべき文字ですよね

ちなみに「畜生」と言う言葉は、隋の皇帝・文帝が太子を罵って使った言葉だそうです



◎  天皇と新嘗祭 


宮中祭祀の基本とは何だろう?

神に祈る・・・皇祖を祀る・・・八百万の神を祀る・・・


私が知る宮中祭祀の基本とは・・・

人はみな神によって生かされ、食によって命を繫いでいる

そういう真理に基づく【食儀礼】のかたちであると考えている


我々の身近にある神社祭礼で、どうして供物(米や魚貝・酒)を供えるのか

それは神前に命の糧を供え、それを参列した人(氏子)がお下がりを

いただくという【神人供食】の儀礼の形だからなのである

これは我々一般人も天皇も基本的には同じ形をとっていることになる


天皇が毎年11月23日に執り行う【新嘗祭】で、神前に新穀と新酒を

奉げ、自ら食する儀式が【神人供食】に沿ったものであることは理解できる

神によって生かされていると言うのは、米や魚などを食することによって、命を

つないでいること、神さまと同じものを食するという観念、結果としてその食は

神さまから頂いたものである、という事を基本としているのだろう


では天皇はその食儀礼で、いったい何を祈っているのだろうか・・・

神社の神官が「祝詞(のりと)」を上げるのと同様に、神官のトップである天皇も

祝詞を奏上する


これを 【申詞(もうしことば)】 といいます

これは建前としては【天皇直伝】ということになっていて、天皇が存命ならば

直接、崩御後ならば天皇の御傍に仕える神官が次期天皇に伝授します

実際には直接教えることなどほとんどないと思われますが、後鳥羽上皇が

子である順徳天皇に秘儀について教えたことが記録されています

作法は御付きの神官が、申詞は奉書に書かれている物を「読む」ことに

なるのでしょう・・・

読める、読めないを心配することも無さそうで、「るび」さえふってあれば

あとは「抑揚・調子」さえ乱さなければ、誰が見ているわけでもなく

閉ざされた空間での出来事であり、「無事完了」は決定事項と言う事になる


その申詞から解る事は、天皇は常に「国中平らかに安らけく」と祈る立場であり

本来自分や身内のために祈るものだが、日本の天皇は私心を捨て日々どころか

常に国のため、国民のために祈りをささげていることになるのです



それも・・・だれも観ていないところで



観ることもできない天皇の祈りをどうして日本人は信じているのだろうか?

それは日本の天皇は「私心」を捨て、会ったことも無い国民のために、日夜

「安寧であれ」「安らかであれ」「命をつないでくれ」と祈っていると、信じているから

敬うこともでき、信頼を寄せ、誇りに思っているのである



その天皇が、「身内が・・・」「残された家族が・・・」 と私心を表に出すとは

考えもしなかったので、今回の騒動になったということでしょう


なぜ天皇は天皇としてこの国に君臨してきて、政治が変わっても、閉ざされることなく

脈々と「天皇家」を繫いでこれたのかは、この国のために国民のために、「私心を捨て」

ひたすら祈ってくれているという、信頼・尊崇が基盤にあったものと思っています


そういう意味で考えれば、今の天皇(実際は皇后)は 国民<長男家族 という事になる

そんな天皇を信じろ、敬えといわれても、信じるべき「心の柱」を欠いたままでは

如何ともしがたい状況なのではないだろうか・・・


何事も無く時間が経過すれば、日本の法律では皇太子が次期天皇に就くだろう

象徴天皇の公務と言うが、2年前の新嘗祭も秋篠宮が代理を恙なく勤めた経緯もあり

祭祀以外の公務は摂政を立てれば、何も問題など無い話なのだ・・・


皇室典範を変えようとするのは、皇太子をすぐに天皇にすることでは無く

そのあとの天皇に「女性天皇」の道を開きたい思惑が透けて見えているのである


それが解っているから、政府も腰が重いと言う事ではないか?

やり方を間違えれば、皇室制度そのものが消滅する忌々しき問題だからこそ

国民が冷静に天皇家と皇室制度、過去・現在の皇室の現実を知っておく必要が

あるのだと私は思っている。




申詞(もうしことば)


伊勢の五十鈴川の河上にます天照大神、、また天神地祇、諸神明にもうさく

朕(ちん)、皇神の広き護りによりて、国中平らかに安らけく、年穀豊かに稔(みの)り

上下を覆寿(おお)いて、諸民を救済(すく)わん

よりて今年新たに得るところの新飯を供え奉ること、かくのごとし

◎  この差は何?  

皇太子さま愛知県入り、「三河万歳」を鑑賞

 皇太子さまは7日、名古屋市で開かれる第18回結晶成長国際会議に出席するため、愛知県入りされた。

 7日は安城市歴史博物館で伝統芸能「三河万歳」(国重要無形民俗文化財)を鑑賞し、演舞者に「声も舞も、そろっていましたね」と述べられた。続いて、和本や絵図など約8万点を所蔵する西尾市岩瀬文庫を訪問された。8日は同会議に出席し、熱田神宮を参拝した後、帰京される。

            2016年08月07日 Copyright © The Yomiuri Shimbun

さすがと言うべきか・・・

7月20日の当ブログにも書いたが 、同じ場所に秋篠宮が訪れた時は

マスゴミは一切記事にしなかったのに、凡宮が来るときは記事にした

ちょうちん記事を書かせたらとっても上手な日本の報道各社(笑)

これも何処から(そーか辺り)の意向が反映されたモノだろう・・・


精力的に公務を「こなしている」姿をアピールする狙いだろうが

あくまでも「ぼっち害遊」であり、大したこともしていないだろうし

お言葉とやらも鳥の羽より軽そうである



こういう差別というのか贔屓をするから、巷の雀が大騒ぎするのが千代田や

霞が関の高学歴者たちは、理解できない「低能ぞろい」なんだろう


閉ざされた世界とも言うべき、千代田の行状など、綿密に計画し遂行すれば

世の中の日本人を欺き、ひれ伏させることなど容易な事なのに

みずから墓穴を掘ってばかりの愚行に怒りより、絶望すら感じてしまう

頭は生きているうちに使うものだと親から教わった長屋の爺でありながら

齢を食ってからようやく気づいた、愚か者だが・・

その低学歴の爺に、此処まで言われるほど、**ばっかりと言う事だw


曇った眼で観る者は何が最善で、何が最悪かの区別・判断ができなくて

どんどん国民の反発を買い、自分達が悪者になって行くのが理解できない

のである



本当に利口な者は、相手を叩きのめすのではなく、相手を味方につけるものだ

誰が最後に笑うのか・・・・ 「笑う」ために何を成すべきか?

その処方箋が描けないほど頭が悪いと言う事だろう


なぜ小池都知事が、選挙前の予想を覆し「圧勝」したのか?

それを考えれば、千代田の醜態は何も得ることができない理屈になる

一つの嘘を隠すためには、その何倍もの「うそ」をつかなければならない

物事には「因」があるから「果」がある

一つの罪を隠すためには、さらに多くの罪を犯すことになる

それが何であるかは皆さんが考えているあの「嘘・罪」であるのは明白だから

ここで言及はしないでおきたい・・・(笑)


暑いので体調を崩さないように・・・

そんな励まし・助言を多く貰いながら、体調を崩した長屋の爺です(笑)

こんなところにも、へそ曲がりの性格が強く出ています(汗)



◎  暑中見舞い? 


の暑さは異常ではないのか?

この世に光(太陽)は一つあればよい

二つあるから異常気象が起きるのだと、夢で誰かがつぶやいた・・・

引きこもりの気持ちが理解できる、一歩も外に出たくない爺です(笑)






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ミコが何かに向かって威嚇しているいるかのような写真ですが

実際はあくびの途中を切り取ったものです





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我が家のミコ、飼うようになってから2年が過ぎましたが

とにかく健康で、病院の世話になったのは「避妊手術」の時だけ

今まで「下痢」したことも無く、食欲は旺盛でも私の食べるものには

一切興味を持ちません




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今までのネコは決まって「毛玉」を吐いていましたが、ミコは一度も

吐いたことが無いのです

おそらく餌のせいだと思っていますが・・・・

モン○チの「美味しく毛玉をケア」というものと、メディフ○スの

「インドアキャット1歳から」と「体重ケア6歳まで」それと「毛玉ケア」の餌を

適量混ぜたものを与えているのが、結果として健康なのか・・・・

下部尿路の健康維持に良いとされるものをチョイスしたが、どういう訳か

ミコは気に入っているようだ(笑)


まぁ本質的に「丈夫な猫」だったのだとは思うが・・・・

飼い主同様「痛い」「痒い」を言わないので、健康でいてくれるなら何より




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襖3枚が崩壊状態だが、柱に爪を立てないのだけは評価している

襖など何枚壊しても、作り直せば済む問題

それも最近「大人」になったせいか、破らなくなったのでこれ以上の被害

は無いと思われる(笑)




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月に数回、「猫用かつお節」をおやつとして、留守番のご褒美として

「クリスピーキス」というものを与えている

その結果「でぶ」になったようだが、やせ細った姿は人も猫も見苦しい


古の時代「豊満な姿」は美しいとされ、美人は「ふくよか」なのが当然だった

現代「鶏のガラ」のような姿が美しいというそうだが・・・

「骨のような姿」が美しいとは長屋の爺は思わないのだがw




世の女性たちよ・・・太りなさい!

女性の魅力は「豊かさ」であるのは、永久不変の理(ことわり)です

(・・・と、ミコも言っているとか、いないとかw)


*アフリカの栄養失調の子供たちの「やせ衰えた」姿とダブって見えるのは

私だけだろうか・・・・

栄養では無く人(女性)としての魅力・美しさが失調しているとは思わないのだろう

流行のモデルが着ている服を着たからと言って「美しい女性」になれるわけでは

無いというのに・・・




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暑さが厳しい折、皆さまもよく食べ、よく眠り、ちょっぴり太って

ミコのように健康でお過ごしくださいますよう・・・ 

   by 爺&ミコ より


◎  天皇とは 神道とは・・ 


ここ最近、天皇や皇室について「不敬な発言」を繰り返してきたが

ここでもう一度、天皇とは何か、神道とは何かを整理してみたい

最初に断っておくが、私は天皇否定論者でも無いし、皇室無用論者でも無い

だからと言って、闇雲に皇室や天皇家に心酔しているわけでもない


なぜ天皇家には「姓」が無いのか?

それを知るには逆になぜ日本人には「姓」というものが存在するのかを

考えてみれば理解できると思う

姓とは他家と自家を区別をするためのモノだったと私は考えている

天皇家は世界の王室・王族と違い、易姓革命によって交代していない

稀有な血統なのである

古代の事を知ることはできないが、通説から考えてみて脈々と続いてきた

世界最古の家柄なのである

区別する対象が無いのだから、区別するアイテムである「姓」は不要だった

それが天皇家に「姓」が無い理由だと私は考えている


なぜ天皇という存在が日本人に敬われるのだろうか?

古代のさらに昔・・・

人間は祭祀という儀式によって、一つの集団を形成し、強く、大きく纏まって行き

その祭祀の頂点に立つ者が「王」となり、大きな文明を維持していたのだと思う


日本の天皇の原点は「強権をもつ覇者」ではなく、祭祀によって集団を纏め上げる

「祭祀王」だと私は考えている

日本人の原点は「アニミズム(多神教)」を信じる民族なのである

身近にあるものすべてに「神(精霊)」が宿り、見守ってくれていると信じた民の

頂点に居たのが「祭祀王」だったのだろう

精霊(八百万の神)を崇める民にとって、祭祀王は神の次に崇めるべき存在だった

だからどれほど時が経っても、日本人は祭祀王を崇めることを否定できない

日本の天皇が祭祀王でいる限り、国民は天皇を敬い、慕い、崇め続けるのである


天皇が天皇位に関して私心を漏らしてよいのか?

これには賛否両論があるだろうが、今のGHQ憲法で解釈すればNOである

天皇は大東亜戦争終戦後、GHQによって軟禁状態になっている

幾分改善されたとは言っても、制約をされていることに変わりはない

その基本が「象徴天皇制」である

天皇が天皇であったころには許されていただろうことも、今は許されない事が

多々ある

(それが何時の時代だったかは、人によって多少の違いがあると思う・・・)

政治や政事についての言動は許されないのは、象徴天皇だからこその制約であり

天皇が天皇だった頃、貴族や皇族以外から皇后になる事など許されなかった時代が

現実にあったことはご存知の通りだ・・・

それが許されたのも、GHQ憲法の第23条 婚姻の自由によってであり、第24条の

法の下の平等 という条文によって「由緒ある天皇家」が今の惨状になったのは事実である

*法の下の平等 であるなら、税金で養われる生活困窮者と皇族は平等なのか?

という問題もあるが・・・


さらには天皇が天皇らしく無くなった大きな要因は【政教分離】という駄文によるものである

祭祀王が国家の祭祀を否定されたのだから、天皇は抜け殻・マリオネットと変わらなくなった

そのGHQ憲法にがんじがらめにされた天皇が、言葉を発するのは異常な事であり

「マリオネット」から「パペット」に変貌したのかと驚いてしまった


神道は宗教なのか?

今までも多くの議論がなされた問題で、結果から先に言えば「神道は宗教ではない」

宗教の定義は・・・

① 宗教は起こした【教祖】が必ず存在する

② 宗教には必ず【教義】が存在する

③ 宗教は必ず布教活動をする

では、皇室祭祀の基本である神道はそれに当てはまるだろうか?


全て・・否である

神道を最初に起こしたのは誰ですか? 知っていますか・・

神道の教義とはいったい何ですか? どういうものでしょうか・・・

皇室神道(祭祀)を広めようと、誰が布教活動をしている? いたら教えて・・


つまりは皇室祭祀について、政教分離とは無縁のモノだと理解できるはずです

国民の多くは皇室祭祀がどういうものか知らないのですから、誰も知らない宗教など

この世に存在しないでしょう

古式ゆかしいモノという認識だけが存在する宮中祭祀に宗教の匂いはしません

だから特殊な神道以外は宗教とは呼べないのが現実なのです

「**教」という看板を掲げ、布教活動を熱心にしている神社などは「宗教」です

中には神社と分離させて「表面上」別にしている姑息な神社もありますが(笑)

そういう神社は正確には神道とは呼びません

それに組するならば天皇の祭祀の骨格である皇室神道も宗教になりますが・・・

そこが曖昧なために宗教と思う人も多いのが現実かもしれませんが


かつて、伊勢も御師を使い布教活動をしたのも事実で、これをどう判断するか

そして神社本庁を宗教団体と見るべきかなど難しい問題です・・・・

微妙な問題は幾つかありますが、基本的に皇室祭祀を執り行う「皇室神道」は

宗教ではないように考えます


これからの皇室(天皇家)・・・

いつまで皇室を拘束するのかという問題と、古の皇室に戻せるのかという問題は

複雑に絡んできます

皇室に入内する女性がどんな宗教の信仰者であっても、これを拒否できない現行憲法

【信教の自由】とはそういう一面を持っているからです

現日本国憲法(GHQ憲法)によって、古代から続いてきた天皇家は観るも無残に改変

されてしまった感すらありますが・・・


覆水盆に返らず 

古の形に添った違う天皇家・天皇制度の制定が可能なのかは不明なれど

世界の羨望の的だった「天皇家」は二度と戻ることが無いような気がします

だれが天皇になるか以前に、どういう天皇家にするかが議論されないままでは、有名無実な

旧天皇家が存在し続けるだけかもしれません


天皇一家の行状ばかりに関心が向いていますが、天皇制度と憲法を切り離して考えている間は

理想とする解決策は見つからない気がします

天皇家・天皇制度・皇室神道、皇族の存在がどういう形になるのかは皇室典範では無く

日本国憲法を変えることからしか見えてこないように思います


皇室問題をタブー化しているうちは、何も変わらないし何も改善されないだろうし

今の政府にそれを望むほうが無理がある・・・正直に言えばそういう事だと私は思っています。

◎  時の話題に一言 


毎日 暑い日が続いております

そんな暑い日にゴルフに行ってきた、信じられない爺です

昨日、やはりと言うかお約束のゴルフの誘い・・・

行ってきました・・・!

風の無い丘陵コースで、スポーツドリンク、栄養ドリンク、お茶、麦茶

を瞬く間に飲み込んだ長屋の爺です

さらにはカートに「うちわ」まで用意されているというのは驚きました

それだけこのコースは風が吹かないと言う事なのかもしれませんがw

前半はまだ日も高くなく、上々のスコアでしたが、後半は暑さと前の組に追いついて

待ち時間が多くあり集中力も無くなり、ゴルフをしているのか我慢比べしているのか

解らなくなり、気が付けばOB4発で轟沈!

無残なスコアになって、夏のゴルフは遠慮したいと思った長屋の爺でした(笑)



時の話題に一言・・・

皇室制度について、意外と知られていない事の一つに

天皇皇后両陛下 という呼び名ですが、当たり前だろう、当然だろうと

思っている貴方&貴女・・・・

正確に言いますと、民間(臣下)から天皇の后になった「太皇太后」、「皇太后」

「皇后」は殿下と呼ばれていたことをご存じだろうか?

今のように皇后陛下と呼ぶようになったのは明治からなのである



天皇は皇室祭祀を執り行うが、皇后が祭祀を行うとは定められていない

言い方は悪いが、祭祀などできなくても皇后は勤まるとも言える

だから陛下と呼んで敬う必要はないという考え方もできる

あくまでも天皇の「妻」であり、一夫一婦制になった現代においては

婦人であり女房であり、妻であり、母親なのである


天皇の妻だから天皇と同じように敬われているが、わが国の天皇史から

考えれば、天皇の妻の一人に過ぎないと言う見方もできる

ただ一夫一婦制に定まったから、皇后の地位が高まった錯覚に陥っている

全ての因子は明治に在るのだと私は考えている


このような事を書くと、「何と不敬な爺だろう」と思われるだろうが、天皇制度を

容認しているのなら、天皇の歴史をきちんと知っておかなければ、違う道を

信じることになってしまう


天皇だから偉いのでもなく、天皇だから敬われるのでもない

敬われるような言動を赤子(国民)に見せるから天皇として君臨しているのである

天皇が偉いから、敬われる存在だから、皇后も同じだとはならない



一流企業の経営者の妻が一流の夫人だとは限らないだろう

歴代総理夫人が名実と共に日本のトップレディーだったとは断言できないと思う


本来なら、今上天皇と美智子妃殿下のままだった時代もあった事を知ってほしい

皇后だから特別なのは今の時代だからであって、二百年・三百年前なら天皇に

嫁した一人の女性に過ぎないのである

子を産んでも、その子は国の御子であり、后が思い通りにできるという事は無かった


皇室制度、天皇制度を変えてきた今の日本に戻って考えれば

どう考え、どう判断するかは政治家では無く国民が判断できる時代なのである


天皇だけが皇室祭祀を担い、皇后は何もしてこなかった宮中制度である

国民の中には皇后も祭祀を担っているかのような錯覚をしている国民は多い

陛下と呼ばれるだけのことはしていないと言えば言い過ぎかもしれないが

現実に祭祀のすべてを天皇が務めているのは事実なのである


東京都知事でさえ報酬を半減して都の財政を立て直したいと言う時代である

血税で一度きりの異教徒の装いを連想させる服を仕立てることに

後ろめたさを覚えない人をどうして敬えるだろうか?

生活保護費の使い方をとやかく言う国民が多いのに、内廷費の使途について

声を上げる人は少ない

それほど優遇されていると言う事を忘れてはいけないと感じる


なぜ皇太子妃になりたいと思うのか?

将来皇后としてさまざまな特権とあふれるばかりの税金を使い放題にできる

そういう事ではないだろうか・・・

特権と税金の使い道を制限すれば、だれが皇后になろうがどうでも良いと言う事に

なるわけでは無いが、おかしい事をおかしいと言う国民が一人でも多くなる事が

日本の皇室制度を理想に戻す手段だと思っている


今、こう言う問題が国民に関心を持たれているから書いてみたが・・・

私はどんどん歪められ、変えられる天皇制度・皇室制度を憂う一人の日本人として

国民が賛成であろうと反対であろうと、自分の考えをしっかり持つ事が

次の時代に繋がるのだと信じて、不敬を承知で暴言を書いた次第です。

◎  日本人にとっての8月という月 


日本人にとって八月と言う月は特別な月である

八月朔日(8月1日)は、「八朔」と呼ばれ、この日に徳川家康が

江戸城入りしたことを祝い武家の祝日とされた

吉原では遊女が「白無垢」に身を包み、客を出迎えたともいい

江戸の町全体が祝賀ムードで満ちていたのかもしれない


首都東京も8月朔日を迎え、新都知事の歓迎ムードが満ちているように

活気のある八月を迎えたようで・・・

老害と反日、親韓の邪念に満ちた候補者を天が指名しなかったことを

素直に歓迎したい


そして・・・現代、日本の大きな節目である「広島・長崎の原爆」

敗戦の日と、八月は我々日本人にとって、特別な月だとも言える


日本の一番長い日 と言われているが、私は8月15日というのは

日本人にとっての長い日々の始まりの日だと思っていて

その日は・・・未だに続いていると思ってもいる
 





70年経っても暑い夏に違いは無い・・・ 
(花はそっと咲き静かに散れ 一年前の記事)




最近、何かを忘れているように感じるときがある

その何かが解らないままに日々を過ごしている自分が居る

長い人生、忘れ物や落とし物は有って当然であり

それがどれほど大事で重要なものかは、人それぞれ・・・・

何か忘れていないか? 立ち止まって考えてみるのも一つかも


暑い8月だからこそ・・・

日本人にとって特別な8月だからこそ・・・

先祖と向き合う、大事な人と向き合う8月だからこそ・・



ちょっとでも良いから考える時間を持ってみようと、ふっと思った

長屋の爺です。

◎  古の結婚事情と老人たち 

暑い暑いと言ってクーラーの利いた部屋でビールを呑む

なんと贅沢な時間だろう

そんな事を考えながら爺と猫の夕暮れ時は過ぎて行くはずだった

そう・・だったのだが、突然の雷雨に猫は驚き何が起こっているのか

解らずに身を伏せて(笑)

爺は出しっぱなしの蚊取り線香を慌てて玄関の中に入れた


仕事が明日で一段落(いちだんらく)する

盆休み前に数日予定が入っているが、大きな括りでは「長屋の爺の夏休み」

は始まろうとしている

基本的に盆休みは家でマッタリするのが慣例で・・・

何処へ行っても、ひと 人 ヒト・・・・

雑踏がきらいで人混みがきらい、車の渋滞は毎日の通勤でコリゴリ・・・


ゴルフに行こうという友人がいて、計画するそうなので決まれば強制参加!

それ以外に予定は無し・・・

盆休み前に神宮(伊勢)でも行こうか、神宮(球場)に行こうか思案中だ

夏風邪もようやく安定してきたので出不精な爺にしてはかなりポジティブな

発想をしている(自分自身が一番驚いている 笑) 

ビールの消費が半端でなく、家計は大丈夫なのか?  と自問してみた

何とかなるという天の声が聞こえたような、きこえなかったような(笑)


私は嗜好品は月に数回、行きつけの和菓子店で「和菓子」を買うくらい

殆ど嗜好食品(おやつ・間食)は口にしない

酒も一昨年までは正月三が日だけ、昨年から盆正月、連休の間は焼酎を

呑むようになった

そして・・今年から、休みの前の日にビールを呑むようになり

休みの日は夕方からビール飲み放題をやらかしている

このままいくとビール腹になるのは避けられない

少し自嘲しなければと思い、イモ焼酎を買ってみた

今年の夏は焼酎三昧になってしまうのか・・・・(乞うご期待 何を?)


古の結婚事情

平安時代について書かれている書籍を読むと、まるで現代にも通じる

そういう世界を思い浮かべてしまう

私たちが知り得る古の世界は庶民の世界でもなければ、底辺の世界でもない

やんごとなき人々、貴族社会の様子を聞き知っているだけなのかもしれない


たしかに現代(平成)と平安時代は共通点があるとはいえ現実はどうだったのか

結婚生活を営んでいた男女がどれくらいいたか?


ある説によれば、それほど多くは無かったというのだ

子供のいない夫婦も多く、結婚できない男・女が巷にあふれていたの

かもしれないというのである

たしかに寿命が短いといっても、人口が急激に増えていない事を考えても

たしかにそういう事もあったのかと・・・思えてしまう

老人も大事にされていたかと言うと、大事になどされていなくて

労働力にならない老人は「姥捨て山」に捨てられたのは本当にあった話らしい

自分達も老人を粗末にしてきたのだから、自分が老いたときは捨てられても

受け入れるしかなかった、そういう時代だったのかもしれない

とにかく、結婚というのは「あこがれ」であり、「目標」であり、手に入れにくい

ものの筆頭だったということなのだろう

結婚=平凡で安定した(退屈な)生活 と思っているのは、とても贅沢な事なのかも

しれませんね・・・


大塚ひかり氏の著書に依れば

① 子や孫のいない老人が大半

② 老人は大抵貧乏で、いつもあくせく働いている

③ 老人は子や孫がいても、「姥捨て山」説話に代表されるように
 捨てられるなど「冷遇」されていた

有力な働き手となり得ない非力な老人は、貧しく不安定な当時の社会では、

基本的に「社会のお荷物」だったというのです

(まるで長屋の爺みたい・・なんて思ってません?)

特に年を取った女性の地位が低かったことによる差別的状況が顕著で

年寄りの社会的地位が極端に低かった時代だったという事でしょう


なんか平成の日本社会を彷彿とさせますね・・・身に染みる話かも

なんて思っているそこの御同輩・・・耐え忍びましょう!


物語やおとぎ話に登場するのは、決まって「おじいさんとおばあさん」が主役だ

冷遇されていた爺・婆がどうして主役なのかは、著書のネタバレになりますのでw


でも今回の都知事選で、捨てたくなるような老害な人たちが多くいたことも事実

姥捨ては理に適ったシステムだったのかもしれません(笑)


姥捨て山に捨てられた爺・婆はその後どうなったか・・・

黙って捨てられて人生を閉じるほど、やわでない老人たち

山から自力で下山し、新たな環境で寿命を全うしたという説もある

体力は衰えていても、人生で培った「経験」「知識」「生きてきた自信」が

老人たちを支えていたのかもしれません。



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