不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  長屋の爺の近況とお詫び 

ようやく腰の状態も良くなりかけたところに

季節外れの風邪をひいてしまった・・・

先週の金曜日ころから喉の痛みを感じていたが

週明けから咳と鼻水に悩まされている

熱は平熱なので特に問題は無いがティッシュを抱えての

生活には困り果てている(笑)

昨日今日と連休だったのだが、ほとんど布団の中という

状況で「良かったのか悪かったのか」は疑問だが

神さまが「休みなさい」と言っているのだと解釈するしかない


スーパームーンも団子を食べる口実にしかならず

取り敢えず一昨日の夜に雲の切れ間から観賞した

DSC_0022 (2)


先日、腰の痛みを押してゴルフに行ってきた

夏が戻ったかのような暑さにへとへとになった

これが風邪の原因になったのか・・・

(帰りの車で冷房の風にあたったのが直接の原因か?)

ちょうど御嶽山噴火から一年という

本当に時間・月日が経つのは早いと感じる

御嶽山を望めるゴルフ場だったが、私の眼には昔と変わらぬ

御嶽山の容姿がそこにあっただけである

自然の力をまざまざと見せつけられた災害だったが

あらためて犠牲者の冥福を祈らずにはいられない・・・

桜島や阿蘇山なども噴火の兆しが見え、日本は火山列島と

言う事を再認識させられる




「座敷わらしの宿」が再建されると言う記事を目にしました

 「座敷わらしも喜んで…」宿再建へ現地で地鎮祭

日本は今「妖怪ブーム」らしい

日本は世界でも有数の妖怪の宝庫だと聞いたことがある

日本のように身近(生活の中)に妖怪が常に存在する国も珍しいとも

考えてみれば「河童」や「狐の嫁入り」「座敷童」などはもちろん

鬼や木霊、真っ黒くろ助等々・・・

私たちが忘れかけている日本のお化け・妖怪は身近な存在だった

その多くは先人たちが子孫のために残した戒めが基礎になっているとか

機会が有れば「妖怪たち」についても考えてみたいと思っています


皆様にはたいへんご心配をおかけしましたが

ぼちぼちと長屋の爺のブログを再開したいと思っております

取り敢えずは復帰のお知らせまで・・・

明日は朔日(ついたち)ですので、ブログはお休みです
スポンサーサイト

◎  しばらく更新は様子見で・・・ 

情けない事にまたしても「腰」を痛めてしまった

今回は前回より痛みがひどく、短時間座ることも厳しい

この記事も何度か書き足して後の完成になるだろう


仕事は待ってくれず、断れないゴルフも控えていて

仕方なく就寝時と仕事中以外はコルセットの着用にした

それでも食事の時間は何度も姿勢を変えなければならず

パソコンの前に座り続けるのは地獄の苦しみに感じる

今日は背中にまで痛みを感じるようになり、背中の筋では

なく、脊椎に問題があるのか?などと不安に感じてもいる


とにかく年齢とともに筋力などが衰えてきているのに

変わらぬ重労働をすることが主な原因と言われた

簡単な話、年甲斐も無く無茶な仕事をすることに大きな

原因があると言う事らしい(笑)


寄る年波には勝てぬ という道理なのである

若いころの筋力の貯金を使い果たしたと言うことか?

体の手入れどころか、筋力トレーニングを始めなければ

ならない状況になったらしい・・・


満身創痍にも限度があると言われてしまった

大いに反省するべきだろうが、こればかりは

手抜きのできない性分ゆえ繰り返すことになってしまう



もう少し症状が好転するまでは様子見ということで

早い機会に更新したいと思っています



◎  ミコの近況 2015・9・22 






「ご無沙汰してます ミコですけど…何か?」

どことなく貫録を伴ったふくよかな体(笑)


カメラ嫌いは幾分解消されたようです

幸いなことに病気もせず、時折度を越した悪戯で

飼い主を悩ましておりますが・・・いたって普通でしょうか


miko-4.jpg


生き物の写真はとにかく失敗が多い

私が若いころ写真を撮っていた時も

人間や生き物は苦手で風景が専門だった

感情のある生き物を捉えるには

伝える者と受け取る者の疎通が必要不可欠という

自分勝手な理念を持っているため

納得のいく写真が撮れたためしがない(笑)


miko-3.jpg

犬とは違い猫の場合、何と言っても「気まぐれ」で

こちらの意など斟酌してくれないのが厳しい

餌や玩具で気を引くのも限界があり、「お願いだから

こっちを向いて」、という台詞を何度心の中で発したかw


写真の基本の構図についても、ミコが被写体の場合は

完全に無視の状態で、何とか写っていればOKの状態だ

これからも時折ミコの現況を写していきたいと思っています

彼女の機嫌を観ながらですが・・・・

◎  古代史がつまらないわけ 

歴史好きな日本人は多い

けれど、学生時代を過ごしたときは「日本史」は

面白くない代表だったかもしれません

とくに「古代史」なんて、興味を引くようなことも少なく

退屈な授業内容だった方も少なくないはず・・・


未だに多くの歴史好きな方の多くは「源平」や「戦国時代」

「江戸時代」、「幕末」のほうに興味を傾ける傾向にあるようです


では、どうして古代史は面白くないのか・・

どうして授業で教える日本史は面白くないのか・・・

私は大陸から伝わった文化が多い事の裏側に潜んでいる

「日本独特」の思想文化を無視しているからではないかと

思っています

つまりは日本人が無意識に保持している「ケガレ思想」

「怨霊思想」を教科書では、正しく伝えて無い事もひとつの

原因ではないかと私は思っています



日本人にとって「天皇」とはどういう存在なのか・・・

こういう問いを投げかけても、「尊崇」とか、「犯してはならない存在」

とか、「日本の心の柱」などという、間違いではないが、正鵠を射た

ような答えが出ないことも納得できる


日本の天皇と言う地位は、大陸の皇帝をモデルとしていますが

大陸の皇帝は【王者】であり、国を統一支配する【覇者】でもあった

しかし日本の天皇と根本的に違う事があることを授業では教えて

くれませんでした

中華では皇帝は「天子(てんし)」と呼ばれ、天子は天命によって

選ばれた一族であり、「徳」を持つことが必要不可欠だった

(徳が無いものが天子の地位にあると天変地異が起こるとされ、

それを【天人相関】と呼んでいる)

だから、徳を失えば別の者に「天命」が下り、新たな天子が

誕生することになる

天子の交代とは「姓」の違う一族の支配となる事である

これを【易姓革命】と呼ぶ


だが日本では天子(天皇)とは、神の子孫であり「神の血」は

変えることができないという思想の上に成り立つ存在であって

不変ともいえる地位として認識されてきた

しかし、神の子孫であるのだから「王者」であっても、「覇者」ではない

日本の天子(天皇)は日本の王であっても、絶対権力者ではないと

いう基本が存在する

その結果「武士の時代」を招くことにもなったのではないか

これが日本の各時代を経てきた中で、天皇家が滅ばなかった事の

最大の理由であることを授業では教えてはくれなかった

天皇に代わる天皇という思想は日本には存在しなかったことになる


天皇が日本人すべてに敬愛されてきたかどうかなど知ることもできないが

江戸時代の庶民は「京におわす天子さま」が、いかなる人物かすら

知り得なかったのである

天皇の事を庶民に周知させたのは明治新政府だろう

歴代天皇の名前もどんな人物かも知らない日本人のほうが圧倒的に

多かったと私は思っている

閉ざされた空間・世界にいる天子こそ、日本人の尊崇の対象に成り得る

神の子孫としての「天子像」だったのではないだろうか

それがある日突然、庶民の前に天子(天皇)が姿を見せたのが

明治維新というものだった

私の私感ではあるが、天皇制の輝きを失ったのは・・・

あの明治維新からだと思っている

いろいろな意味で天皇の存在価値が目まぐるしく変わった

のも、明治以降という気がするのである


武士の時代であっても、特別な存在であり続けてはいたものの

政(まつりごと)から永く離れていた天皇が明治になって

維新による「覇者」になろうとしたことが、不幸な時代の幕開け

だったという見方もできるかもしれない


余談だが・・・

どうして日本では人間が死ぬと神として祀られる事があるのか?

それこそが「怨霊思想」が作り出した「血の通った生身の神」の誕生

の原因なのであるが、それも授業では教えてくれなかった


それを突き詰めていくと、神の子孫である天子(天皇)と、自分の先祖が

死んだのちに祀られ「神」となった家系との境界線が曖昧になってしまう

神の子孫である天皇家は神ではない

神に祭り上げられた者の子孫も神ではない

天皇でも神となった天皇もいる

日本人として生まれ、死んで神となった者もいる

その説明を学校で解りやすく行うことなど無い・・・


古代史の魅力とは学校で教わらなかったことを「知る喜び」

なのかもしれない(笑)

◎  閲覧・更新ができない現状の説明 

どういう訳か fc2ブログを
見ることもアクセスすることもできない
ようやく「新しく記事を書く」の場所までたどり着いたが

他の方のブログを閲覧することも自分自身のブログに
アクセスして観ることもかなわない状況です

どうなってしまったのか・・・

この文章を他の方が観ることができるのかも
定かではないが、とにかく書いて投稿できるのか試したい

とは言っても、その結果を観ることもできない状況では

意味など無い気もするが・・・

考えつくことを時間をかけて試してみようとは思っています
や*-でもあるまいし・・・規制されたとは思えないのだが

◎  【雑学】江戸の貨幣事情 


江戸者の 生まれ損ない 金を貯め


江戸っ子の 妙は身代 つぶすなり


江戸っ子は「宵越しの銭は持たない」というのが自慢だったという


「聞いたかと問われ 食ったかと答え」

目に青葉 山ホトトギス 初鰹

ほととぎすの声を聴いたかと問われて

初鰹を食ったかと答える 絶妙の掛け合いである(笑)

当時の初鰹は一両という値段だった

今でいう15万円くらいの値打ちか・・・

ここで江戸時代の貨幣について雑学を

私たちが現在使っている「円」という貨幣は明治からだ

その当時は円(えん)・銭(せん)・厘(りん)が単位で

昭和29年以降、銭・厘は廃止され円だけが流通通貨となった

では江戸時代はと言うと、両(りょう)・分(ぶ)・朱(しゅ)・文(もん)

であった

一両は四分、一分は四朱と等価値だった

そのほかに「銭」が使われていて

例えば、一両は銭6,500文、一分は銭1,625文

一朱なら400文余となる

銭千枚は「千文」とは言わず、「一貫文(いっかんもん)」と呼んだ

銭(寛永通宝)は当初「一枚は一文」という貨幣だったが、1767年に

一枚が四文の「寛永通宝」が鋳造されて、庶民に重宝がられ

この時期から江戸期のモノの値段が「四の倍数」に定着することになった

風呂代が「八文」、蕎麦の値段が「十六文」、髪結い賃が「二十八文」

この新しい四文銭(寛永通宝)は裏側に青海波が描かれていたため

【波銭(なみせん)】と呼ばれた

一両を15万円とした場合、一分は約4万円くらいで

一朱は約1万円、銭一文は20円から25円ということになる

時代又は基本になる物の値段によって正解などないが

凡そこのくらいの貨幣価値だったことが窺い知れる

時代劇を観るときの参考にどうぞ・・・


文銭を 六枚夜鷹(よたか) くやしがり

四文銭とばかり思って受け取った夜鷹((売笑婦)が

波線ではなく一文銭だったので悔しがっている情景を

川柳にしたものだ

当時の売笑婦の値段が「二十四文」だったことになる

体を売るのに今の500円~600円とは何とも・・・・


【旅行】

日本人の旅行には「参勤交代」が大きく貢献したといいます

各街道を整備し、宿場や旅籠(はたご)が作られ

旅行案内書などが一般にも普及していたそうである

そのおかげで、神社・寺院などの信仰者の遠出にも利便さ

が高まり、多くの庶民が詣でるきっかけにもなったとされる

おそらく江戸時代の日本人の国内旅行者は世界一

多かったと私は思っている

これは300年前のオランダ商館長ケンペルの手記からも

窺い知ることができる

ヨーロッパでも数百キロの旅行などそれほど多くの人は

できなかったという事なのだろう

◎  失われた音と古代人の言葉 

【あっぱっぱ】

ゆったりと作った,ウエストを締めないワンピース形の夏服。

大正末期頃,和服から洋服への移行の初期に流行。

『三省堂 大辞林』より

thNFR7QH01.jpg



夏場に着る木綿製の半袖ワンピース。

ボタンやファスナーなどの留め具がなく、頭からガボッとかぶるようにして着る。

中年女性が愛用 

これは大阪発祥の言葉だとされる

そして、名古屋弁では【 錠もかわずに 開けっ放し 】の状態を言う言葉だ

これとて必ず根拠が有って作られた(使われた)はずだと思う


【アパ】

これはアイヌ語で「出入り口」のこと

【パ】

これは「頭」「頂上」のこと

頭を出し入れするもの・・・かぶり着のことと考えられる

もしかすると、創作語ではなく、絶滅にひんしていた古語の

可能性もあるというと・・・笑われてしまうか

080416EP002.jpg

貫頭衣(吉野ヶ里遺跡)


なんでこんなことを書いているのか?

私は言葉と言う文化は大きな器に注ぎ込む水のような

物ではないかと考えている

残す(留める)努力・工夫をしないと、徐々に器の外に消失

してしまうものだという気がする


日本語は多くの音を失ってきたと言う

同じ音に表記される言葉・語でも、古代でははっきりと

言い分け(使い分け)られていた可能性があり

失った原因は「文字」によるものではないかと長屋の爺は

考えている

文字によって音が単調になり、本来の多様な発音が失われ

本来有ったはずの古代人の感性も失われたのかもしれない


水(みず)の語源は【みづ】である

「満つ」からとか、「海(み)」「津(つ)」からとか・・・

諸説あるが、私は海ではなくやっぱり「天然の湧水」の

ことだと思っている

「蜜(みつ)」のように甘く感じる大切なものだった?


雨、海水、湧水、水たまり、池水、湖水などは

それぞれ呼び名があったものを、「文字」が入ってきて

総称として【みづ】と呼ばれ 水 の一文字で括られてしまった


【瑞穂(みずほ)】

これも「水」と大いに関わっている言葉だと思う

水気を含んで若々しい事、めでたい事を意味する語だ

これは漢字で考えると先には進まない

みづ・ほ ・・・ 水・ほ 

【ポ】 とはアイヌ語で「若い」という意味である

ミヅ・ポ → ミズ・ポ → ミズ・ホ

日本語の瑞穂の語意である「若々しい事」に当てはまる


【源(みなもと)】

これは、「み(水)」 「な(の)」 「もと(本)」であり

水源を表していると言う説がある

私はそれより、「み(身)」 「な(の)」 「もと(素)」ではないか

そんな事を考えている(笑)

人間の体は水で出来ている・・・・

天皇の親王(男子)が降下するときに賜った「姓」に

【源】を充てたのも、そういう意味を含んでいたと思いたい


【防人(さきもり)】

どうしてこの文字を「さきもり」と読むか考えたことありますか

先・守 というような単純なことではないと私は考えます

自論ですが、さ・き・もり とは「さ」は天皇、「き」は貴族のこと

都に住む天皇をはじめとした皇族・貴族たちの命を守るため

遠い地に赴いた人をそう呼んだ・・・

「防人」などと言う言葉は、内裏に住む人々が使った差別語の

ような言葉を後世の人間が、敬意を払って「防ぐ人」と書いたのだと

長屋の爺は思っています

◎  天高く・・・・ 

夏が過ぎたとばかり思っていたが、まだまだ日差しは強い

日陰に入るとホッとしてしまう

やはり秋なのかと思い直している長屋の爺です


秋はどういう訳か「食べ物が美味しい」と感じる

先日、友人から「松茸」を頂戴した

独り身ゆえ「一本だけ」と、欲張らずに有りがたく頂戴した

さて・・・どうしたものかと思い悩んだ末

焼きマツタケでいただくことにした

味・風味は書くまでも無いか・・・

生きていればこその贅沢である


昨日は友人が営む「寿司店」に食事に行ってきた

私はこの店以外で寿司はほとんど食べない

25年通っていて気心も知れ、材料の確かさも大将の

気質も熟知しているので安心して食べることができる

「鱧(はも)」が美味しそうだったので注文した

私は知らなかったのだが、鱧は夏の味覚だとばかり

思っていたが、本当は秋こそ鱧の美味しい季節だと言う

脂がのって「テンプラ」「蒲焼き」にすると絶品だと教えられた

今月は「金目鯛のお造り」「クロマグロの刺身」「サヨリの刺身」

そして「鱧」と魚尽くしの贅沢三昧だった

貧乏人ゆえの細やかな贅沢と自分に言い聞かせている(笑)


魚介類も野菜も飯もとにかく美味しいのがこの季節だろう

天高く 爺 肥ゆる秋

夏のダイエットの効果が台無しになったここ数日の

長屋の爺の食生活である

◎  なぞる 

なぞる

こんな言葉を感じた・・・

ある方のブログの記事から、両陛下の最近の行動に対し

世間が「疑問」や「疑義」を感じている事を知った


私が感じたのは「昭和天皇」の戦後行幸の残像を今上が

「なぞっている」のではないか・・・


たぶん適切な表現ではないだろうが、戦後の国民を勇気

づけるために、同じ地面に降りた「すめらみこと」を見せる

ために、昭和天皇は行脚(行幸)を続けたのかもしれない


現在の両陛下の行動(行幸ではない)は、国民を勇気づけるのでも

国民に何かを与えるのでもない不可解な行動と感じる国民もいる


大好きだった相手が嫌いになると、とことん嫌いになると言う事がある

「可愛さ余って 憎さ百倍」

不適切かもしれないが、今の天皇家や東宮家に対する怨嗟の声とは

つまるところ、そういう事なのだろうと思っている


大切に思って尊んだからこそ、落胆も大きく容認できなくなった


私は「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」という感情が欠落している人間だ

他人に厳しく 自分に大甘なのが私の得意技でもある

だから芸能人だろうが政治家だろうが、もちろん皇室であっても

盲目的な支持(熱狂的ファン心理)など理解できないのである


よく若いファンは芸能人が結婚すると「ファン離れ」を起こすとかいう

違っているかもしれないが、皇室ファン(支持者?)は「裏切られた感」

を感じて、それこそ微に入り細に入り批判しているのかもしれない


それが良いとか悪いとかの話では無くて、心理とはそういうものなの

だろうなぁ、と浅学な長屋の爺は感じているだけなのだが・・・


空気を乱すとか、雰囲気を壊すという言葉がある

社会の流れを乱す

という表現が適切かどうかは別にして、私は両陛下の頻繁なる外出は

(行幸などではない)、巷(ちまた)の営みに不必要なさざ波を立てているだけ

もっと言えば、必要のない諸々に対し、「気遣い」をさせるマイナスな行動

のように感じている

機会が少ない事は「有難味(ありがたみ)」を作り出す

ありがたみ とは勿体ない、恐れ多いという意味も

含んでいる

頻繁にお出ましすることは、有難味が薄れてしまい、勿体ない・恐れ多い

などという感情を希薄にしてしまうのではなかろうか

意図的なのか意図せずなのかは知る由もないが・・・


時々の世情が違えば受け取る側にも違いが出てくる

「ご成婚時代」をリアルに生きた人には不敬な発言に聞こえるだろう

しかし昭和天皇の歩まれた時代と、現代では事情が違う

のべつ幕無しとまでは言わないが、頻繁過ぎる「お出まし」に

疑義を感じるのは当然なのかもしれない・・・・

公務ではない「外出」の多さは、納税者たる「赤子」の両肩に

負担がかかっていることは事実なのである


民を思いやる気持ち、民衆の営みを慮ること

そういう心遣いも「尊崇」される種なのだと昭和天皇から

私は教えられたような気がする。

◎  悲し過ぎる災害・・・ 

テレビなどでニュースを観ない日常を過ごしている爺だが

今回の豪雨水害の動画を観ると4年前の悪夢を思い出す


自然の摂理と言うにはあまりにも残酷で非情な仕打ちに

思えてならない・・・


ふと、私の頭の中に【天人相関】の四文字が浮かんだ

これは政(まつりごと)を行う者たちの「不徳」の結果なのか

日本と言う国を守護すべき者たちへの警告なのか

古き思想 古の迷信 政治に対する批判 こじつけと言われそうだ


人間は神にはなれない

人は自然によって生かされている

自然を冒涜・軽視すれば相応の償いを強いられる

古来より自然とは神そのものであり、自然の中にいる

精霊を古代人は【神】として崇めたことに神の起源がある


人命が損なわれているのに「神」の仕打ちと言うと

反感を持たれるかもしれないが、人事(じんじ)とは

神に問う事であり、古来の【人事を尽くし天命に聴(まか)す】

とは、人として人間ができ得る努力をして、その結果を

甘んじて受け入れる事であろうと思っている

(日本では、”人事を尽くして天命を待つ” という)


最近では常套句になってきた【想定外】という言葉

これこそ人事を尽くさない者の言い訳だと思っている

所詮は人間の力など自然の力に遠く及ばない

自然を壊す力はあっても、自然をねじ伏せる事など不可能

なのである

但し、川であれ、山であれ、海であれ、その地に住み暮らす

事を決めたのは自然ではない

人間が自然の中に入り込んだのである

自然の中に住み自然とともに暮らすには、自然を受け入れたと

解釈できる

つまりは、この世で起こる森羅万象には従わざる得ない

だから被災者は皆、自然に対する憎悪の言葉も否定の言葉も

使わずに、政(まつりごと)に対する不満・批判の言葉を

発するのだと思う


本当に政治は堤防決壊を「想定外」で済ましてしまうのだろうか

もっと早くやるべきことは無かったのか?

ここ数年の異常気象を勘案すれば、想定値を引き上げ

無駄な機関(特法)などに税金を使うなら、市民の命を守る

災害対策に使うべきではなかったか・・・・


福島第一原発も、広島土砂災害も、今回の水害災害も

【人災】と言って間違いないと思っている



自然(神さま)を軽視した償いは、施政者に来るわけでは無い

無力な住民・市民に降りかかるのだ

沈黙する「日本の民」は声を出さないことが「美徳」と思っているのか

この国で声を出すのは、大陸や半島の意を代弁する「似非日本人」

とシナ・朝鮮の工作員だけである


私は日本の政治を「人柱(ひとばしら)政治」だと考えている

誰かが犠牲にならなければ、何も行動しない政治

多くの子供たちが命を差し出さなければ完成しない

横断歩道や歩道橋を見れば誰しも納得できるだろう

大きな犠牲を出さなければ、安全性に本気で考えなかった

原発問題と災害時の想定・・・

利権だけで安全性を無視した「宅地開発」も多くの犠牲があって

初めて世間に曝されることになる

競技場が無ければ日本の国民は不幸になるのだろうか?

議員宿舎を新しく建て直さないと国民に不幸が起きるのか?

皇族が社会生活を止めてまでも「静養」することがどうして

国民の幸せになるのか?



都合の良い時だけ「神」を使い、本当の「神」を蔑ろにする政治に

相応の償いを自然は求めてきたと私は感じている。

◎  2年半を振り返る 

よそ見をしていたら、すぐ近くに台風18号が・・・

あれよあれよという間に、上陸し去って行った

この地方は雨量が多かった割には大きな被害もなく

被害をうけられた方には申し訳ないが胸をなでおろしている

台風でも仕事が休止にならない因果な仕事だが

大きなトラブルも無く無事終了した


世間で言う「シルバーウィーク」も前半は仕事が入り

後半もどうなる事か・・・・

例年なら「残暑」でゲンナリしているところだが、今年は

少し凌ぎやすい気がする

ホームセンターでは暖房器具も陳列された

商人にとって「夏」は過ぎ去った過去でしかないようだ(笑)



気づかれている方がいるかどうか・・・・

このブログ記事には以前「FC2ブログランキング」の

バナーが各々貼り付けてあった

あるときから貼り付けをしなくなった

というより、PCの調子が悪く、記事更新するだけで

いっぱいいっぱいだったことも原因だが

このブログ、歴史(古代史)のジャンルで書いてきた・・


今でも宿題は相当数残っているが、毎日更新するほど

自分の中で整理もできていないし、煮詰まっても

消化もできていないのが現実なのである


方向を修正しなければ、これ以上続けることが

厳しくなっている現状というのが本音である


以前書いたものを修正補てんして、再度記事とする

方法もあるだろうが、今一つその気になれない


最近の長屋の爺は近代史と政治の書籍ばかりを

読んでいて、古代史関連は微々たるものになり

その影響も関係していると思ってもいる

充電不足(本当は素養の無さ)ゆえの思考停止とでも

言うのだろうが、宿題としてきたものも壁に当たって

前に進むことも断念しかけている


歴史(古代史)を書かない歴史ブログというものに

自分自身が許せないような心持ちであり、いっそのこと

「カテゴリー」や「ジャンル」を変えて一新しようかなどと

埒も無い事を考え始めている

そんなことに「こだわる」のが長屋の爺の悪い癖かもしれない


2年半前にこのブログを書き始めた時は・・・

書きたいことを書きたいときに書く

たしかに始めた動機の中に、それはあったのだ

そこには閲覧者に「クリック」してもらう事が前提の更新など

考えてもいなかった

初心に帰って、書きたいことを書きたいときに書くために

「ブログランキング」のバナー表示を止めたのである


この先も「細々(ほそぼそ)」ではあるが更新だけは続けて

行きたいと思っている



◎  「宗像・沖ノ島」、世界文化遺産への推薦決定  

「宗像・沖ノ島」、世界文化遺産への推薦決定

政府は8日午前、世界遺産条約関係省庁連絡会議を開き、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)を国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に推薦することを正式に決めた。

 9月中に推薦書の暫定版、来年2月1日までに正式版をそれぞれユネスコに提出し、2017年の世界遺産委員会で登録の可否が審議される予定。

2015年09月08日 Copyright © The Yomiuri Shimbun


以前もこの問題について、私の考えを少し述べたが

日本の伝統文化を守る気が政府に有るのか大いに疑問である

(こういうのを「権威主義」とか「権威主義的性格」とでもいうのか?)

国連が絶対的組織(権威)であるという発想からくるものなのかは

浅学な爺には判断できないが、国連が日本に何をしてくれたのかを

考えるとき、割り切れない思いを感じるのである


日本が多額の負担金を国連に拠出しているにも関わらず

未だに敵国条項というものが国連には存在し、それを根拠に

日本に対し「敵国」として「紛争」に引きずり込もうとする国も

存在している

この条項を前面に押し出して「戦争」に引きこまれれば

国連など無用の長物、何の役にも立たないことになる

(日米安保すらどうなる事やらなのである)

国連が日本にとって「明るい材料」「信頼するべき組織」などでは

ないと私は考えている



産業施設などを登録するのは私にとって関心などないが

どうして「神の坐す処」なのか理解できない・・・・


世界遺産に登録すると「何がある」のか、誰も説明しようとはしない

世界中の国々が保存のための資金でも無償提供してくれるのか?

ただ・・・神聖な場所を踏み荒らすだけではないのか


(私にわかるように簡単明瞭に教えてくれる人は居ないだろうが)


これが政治家と官僚の「程度」なのである

日本に対する「思い」が何処を向いているのか

まず何を一番に考えなければいけないのかが少しも理解

できていない連中ばかりだ

そんな連中が「日本を取り戻す」とは片腹痛い話である

(だから、靖国に堂々と参拝できないのであろう)

見かけや体裁ばかりにこだわる「偽物」と言える


国民も「世界遺産」に浮かれているだけで、その現実を

知ろうともせず、見かけだけ名前だけで喜び勇む

護ることの本質が理解できないから開放する

油断と隙だらけの日本国が「国民」や「国土」を本当に護れるか

と問われれば、「無理」としか言えない・・・

こんな小さな問題を観ただけで、日本のかじ取りを行う者の

思慮の浅さを痛感するのである。

◎  日本の神道 神の心 

【山】

山に対する日本人の信仰心は特別なもので

神さまが降臨する場所だからというものや、日本人の

宗教心から来るものともいわれる


古くから日本人は人が亡くなると、魂はその土地にとどまり

愛する人や子孫と共に生き、さらにはその幸せを見守り続け

ると考えられていた

その魂を【祖霊】と呼び、その地方を望める山にとどまっていると

考えられてきた

 ♪ 祖霊まします  この山河

 敵にふませて  なるものか・・・(武田節)
 



まさに正月やお盆になると、そこ(山)から降りてくると考えていた


それとは別に、祖霊は海のかなたに居て、正月や盆に

海の彼方からやって来ると信じていた人たちもいた

「精霊流し」とは、海の彼方から来るという考え方から

起こった行事ともいわれる

たしかに山から下りてきた魂を、川に流し海の彼方に

送るというのも不思議ではあった・・・


と言う事は、山に祖霊が居るという考えは「山の民」の

考え方であり、海の彼方というのは「海の民」の考え方なのだろう

日本人は多神教であるから、山の民の宗教観と海の民の宗教観を

両方受け入れていると言う事なのだろう


さて、神社を訪れると多くの方が「御由緒」とか「社伝」というものを

見る機会があると思う

もしそこに「紀元前」に建てられたというものが有れば「信憑性」の

無い話だと思っていいと思います

現存する神社の中には「紀元前」と伝えられている神社も少なくないが

あくまでも神社サイドの言い分であって、「古文書」等によって推定した

だけのものであり、確たるものが有るわけでは無い


では現存神社で一番古いものは何処なのか・・・

宇治平等院の近くにある【宇治上神社】の本殿が日本最古の

神社建築物だといわれている


宇治上神社本殿


11世紀後半(平安時代中期)に建立されたものである

20年ごとに建て替えなくとも、神社の建築物を残す術は

この日本には存在するということか・・・



ではなぜ「紀元前」創建説が信用できないのか?

日本の神道は「古代神道」から「神社神道」へと変遷して

きた経緯がある

神社神道が盛んになったのは、私は7世紀末から8世紀

ころではないかと考えている

それまでは「古代祭祀」の形式を残した屋外祭祀が基本

だったと思っている

神は遠くからやって来るもの・・・なのである

神社と言う「建築物」に鎮座させたのは、それほど遠い昔では

無いような気がしている


神道と言うのは神に対する信仰を基盤とはしていない

こんな事を書くと神道は宗教ではないのか?と言う疑問も出る

神道に「禁止」もなければ、「強制」も存在しない


神は語らない・・・ 

日本神道の神は「救う」こともしなければ、罰を与えることも無い

神が語らないと言う事は、教えも戒律も救済も無いと言う事だ

仏教が定着するまでは、神道(神さま)は感謝の対象であり

祈りの対象だったと思えます

「作物が今年も実りました 感謝いたします」

「新しい命が生まれました 感謝します」

「今年も安寧な一年になりますように」

「災害の起きない一年になりますように」

神さまと向き合って、「お願い」というものをする人は

いなかったのかもしれない

神に願った → 叶った → 神さまに感謝

心の中の願い → 叶った → 神さまに感謝

これを同じと思うかどうかは、各個人に委ねなければなりません

神社に足を運んで願ったから「願いがかなった」のかどうか・・・

神社に行かず毎日心の中で願ったことは叶わないのか

屁理屈に聞こえるかもしれませんが、そういう事だろうと

私は思っています


参拝作法というのは「神さま」が決めたものではない! 


私たちが常識と言われ、神社参拝の作法を「神の意思」と

思っているなら、今一度思い直してほしい・・・

神さまが「作法」を決めたのではありません

人間が人間の都合で決めただけです

「こうしなければダメ」と言う人は、その方の都合や理念で

強制しているだけです

神さまは強制も無理強いも、しないのではないでしょうか

何せ、神さまは「語らない」のですから・・・・


私は神さまは何も私たちに求めてはいないと思っています

「酒」だ「海の幸」だ「山の幸」だ・・・と本当に神さまは言ったのでしょうか


と言うより、求めているのかすら私たちには解らないから

神の言葉とか神のお告げに過剰に反応してしまうこと

になるような気がします


断っておきますが、私は神を侮辱するつもりも、否定する気も

ありません

神の名を騙り、他人を不安に導いたり、金儲けに走る「まがい物」

が、多い事を心配しているだけですから・・・


神さまに願い事をすれば、叶うような文言を主体的に出している

神社も多々あります

個人の願い(利己的な)は日本神道の域を出ています

(大きな意味の「鎮護」「息災」「安寧」「平和」というなら理解もできます)


私は神さまとは「願う」ものではないという、頑迷ともいえる自論を

持っています

日本神道の神さまの基準をどこに置くかで考え方も様々でしょう

ただ一つ言えることは、【神さまは何も語らない】ということが

全ての始まりだと確信しているのです。

◎  旧暦九月のあれこれ 

時代小説などを読むとき、知っていると参考になるのが

日にちの事です

月の満ち欠けは朔日(ついたち)から晦日(みそか)まで

もし小説の中で晦日と書かれていれば、月が出ていることは

考えられません

moonmitikakezu.jpg

満月は15~17日くらいでしょうか

旧暦では日にちと「月の大きさ」は密接な関係になっています

月の初めなのに満月が出ている時代劇は間違っていることに

なりますね・・・


古来より八月の十五夜は「名月」と言われ

旧暦の8月15日を「十五夜」「中秋の名月」といいます

それに対して旧暦九月の「十三夜」を後の名月といい

昔江戸では十五夜の月と十三夜の月は同じ庭で見るものとされ、

別のところで見ることを「片月見」あるいは「片見月」といって嫌った

そうだ



中秋の名月の日、吉原の花魁(おいらん)の下を訪れた客は

翌月の十三夜も同じ花魁の下に足を運ぶのが習わしだった

それをしないと片見月をする「無粋(ぶすい)」な男と陰で笑われる

羽目になる


九月八日の夜に菊の花に「綿」をかぶせておき、翌日九日の朝

それをとって体を拭き、老を去る呪(まじな)いとした

これを【菊のきせ綿】というそうだ


日本の文化をほんの少々覚えておくのも文化遺産であり

文化の継承ではないでしょうか


雑学や薀蓄(うんちく)は腹の足しにならないと言われれば

その通りですが、吉本芸人の顔や名前を覚えるより

よっぽど、心の糧、日本人としての肥やしになると

長屋の爺は思っています。

◎  名字の雑学 2 

日本人は明治になるまでは、武士以外は名字が無かった

そう思っている人は多い

これも常識のウソといえる


正確には【武士以外名字を名乗ることが許されなかった】

日本人は農民でも商人でも名字を持つ人は意外と多かった

何せ昔は武士も農作をし、戦があれば武士として出陣した

つまりは「平時」は農民であり、「戦時」はサムライとして赴いた

だから戦が無くなって農民として生きた人も「名字」は保持して

いたと言う事になる

武士が嫌になって商人になった人も、厳密に言えば名字を持っていた

(屋号とは別に)ことになる


【日本人の名字】

名字とは大きく分けて八種類あると言われる

「姓」と「名字・氏合わせて七種」を総称して【名字】と呼ぶ


姓はその人の「ルーツ」でもある

それをさらに、【皇別】【神別】【諸蕃】に分けられる

皇別(こうべつ)とは、文字通り天皇家から別れたという意味

天皇家は姓を持っていない(通説)ので、別れるときには天皇家

から姓をもらう

これが皇別に分類される姓である

天武天皇の子孫である「清原氏」「高階氏」

平城天皇の子孫である「在原氏」

敏達天皇の子孫である「橘氏」

孝元天皇の子孫である「安倍氏」

孝昭天皇の子孫である「小野氏」「春日氏」

清和天皇の子孫である「源氏」

桓武天皇の子孫である「平氏」などが代表である


次に、神別とは神さまの子孫と言う意味で

天孫降臨の際に瓊瓊杵尊に従って降臨した神さまたちの

子孫を指す(瓊瓊杵尊の子孫は天皇家)

神別は数が多く、大きく三種類に分類される

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に従ってきた神さまの直系の

子孫を【天神】と称する

物部、中臣、犬養、大伴、佐伯など246氏に」のぼる

中臣から出た(通説)とされる藤原氏もこの中に含まれる

簡単に表現すれば「譜代の家柄」と言う事だろう


もう一つは瓊瓊杵尊の降臨後に分家した神さま

それを【天孫】という

土師、草壁、尾張など128氏にのぼる

こちらは「譜代家の分家」といえる


最後に天孫が降臨したときには、日本は無人ではなかった

先住者が居たことはご存知の通りである

それら諸族(神)のことを【地祇(ちぎ)】と呼ぶ

安曇、弓削など30氏がある

後から大王家に従った「外様(とざま)」というところか・・

天神地祇とは外来者と先住者ということになる

あくまでも「勝者」が先に来るので、勝者の理論の呼称であろう


さて「諸蕃(しょばん)」であるが・・・

これは、古代 日本における用語で、「三韓」と呼ばれた朝鮮半島の国々

及び高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)など朝鮮諸国に対する

呼び名であり、「もろもろのヱビス」ともいう

外来系の氏族のことで帰化人ともいえる

東漢(やまとのあたい)、秦、多々良など326氏があり

坂上、大蔵、原田、秋月、長曾我部などもその支族である


よく耳にする豊臣秀吉は、「姓」は足軽出身だったため

伝わっていなかったので、近衛家の養子となり「藤原姓」を

名乗り関白となった

ところが秀吉は明らかに「藤原氏」ではなく、周囲の反発が強かった

そこで天皇から「源平藤橘」以外の【豊臣】という新しい姓をもらい

名字の羽柴ではなく、豊臣を名乗ったという経緯がある

(征夷大将軍は「源氏姓」の者だけが拝命できる官職である)


日本人の名字は明治時代に固まった

これは紛れもない事実だと思われる

名字がわからない(伝わっていない)人や、名前すらあやふやな人も

居たに違いないが、法律で戸籍に載せなければならないため

苦心して名字を付けた人も多かった

その多くが「住んでいる地名」「出身地」などを参考にしたようだ


現在の都道府県と同じ名字は43、北海道・京都・愛媛・沖縄は

名字として存在しない

(京都だけは福岡県に「みやこ」と読む名字の方が実在する)

明治の新制度になってからの都道府県名だから、名字につけるには

時間的に無理があったからだと思われる

では・・・東京という名字は存在するのか?

じつは「江戸」さんと言う方が、江戸から東京になるときに

「江戸が東京に変わるのだし、自分の名字も江戸ではなく

東京に変えよう」といって、【東京】で届け出たという(笑)

だからこの方の家だけが「東京姓」を名乗っているという


読めない名字の原因は地名にあり!

地名と言うのは地元の人以外なかなか読めないものが多い

その地名を「名字」にしたのだから、読めないのは当然か・・・

難読文字の多くが「地方の地名」と言う事実は否定できないのです

そんな雑学はいずれそのうちに・・・

◎  名字の雑学 

名字と言うのは日本だけのものではない

例外もあるだろうが、世界中の人間それぞれに

名字と名前があるのが普通だ・・・

と思っている貴方にだけ耳打ちしたい(笑)

調べてみると意外な事実に遭遇したのである


タイでは名字の習慣が無く、英国帰りの王様が

国民に名字を付けることを義務付けたという

それが100年ほど前のことで、現実にはあまり

必然性の無い名字で呼び合う事は少ないそうだ

タイでは「名前+名字」の順番になっており

庶民は名前を呼ぶ習慣がいまだに続いている


ミャンマーは名字を使用していないといわれ

「アウンサンスーチー」氏の場合も、名字・名前の区別が

なく、日本の報道などで「スー・チーさん」と書かれているが

実際は切れ目などなく「アウンサンスーチーさん」と呼ぶ

のが正しいようである


名字が法律で決められていても、実際には使われていない

国の中に「モンゴル」も含まれる

かつてはモンゴルにも名字は存在したが、中華の影響を

排除するために名字を廃止した過去がある

「名字+父親の名+本名」がモンゴルの正式な名前だが

実際には名字を省略し「父の名+自分の名」で通っている

元横綱・朝青竜も「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」と言い

「ドルゴスレン」は父親の名前であリ、呼ばれるときは

「ダグワドルジ」と呼ばれる


西アジアでは名前がもっと大変な状況になっている

「本人の名前+父親の名前+祖父の名前+部族の名前」

戸籍謄本をぶら下げているようで大変なことになっている

これでは「背のり」は不可能になるだろう(笑)


欧米では名前と名字の間に「ミドルネーム」が入る

英米ではクリスチャンネームを使用し、ロシアでは父親の

名前に「ビッチ」を付けてミドルネームにする

ビッチとは「子供」と言う意味で、正確には【Vich ヴィチ】を付ける

北方領土でお騒がせのロシア首相・メドヴェージェフ氏の場合は

ドミトリー・アナトリエヴィチ・メドヴェージェフが正式名となる


スペインの場合も少し変わっていて、andに相当する「イ」が入り

本人の名前+父親の名前+and+母親の旧姓 と言う事になっている


ポルトガルではスペインの父親の名前と母親の旧姓が逆になり、母親の旧姓が

ミドルネームになっている

本人の名前+母親の旧姓+and+父親の名前


どちらにしても欧米諸国の名前は、名前+ミドルネーム+名字という

三種類で構成されているのが一般的である


と言う事は中華圏(漢字圏)だけが名字+名前を使用している

と言う事になるわけで、日本や中国、南北朝鮮は特殊と言う事にもなる


さていよいよ日本についてであるが・・・

これは明日の楽しみと言う事で、本日はこれまで お休みなさい



back to TOP