不必要な善意 

わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)

◎  2015年 長屋の爺の書籍購入歴 

早いもので今年も残すところ一か月半になった

今年は意外と書籍の購入が減った気がして

今年に入ってから購入した書籍を整理してみた

期間 2015・1・1~2015・11・10

* 古代史  22冊

* 政治・社会   11冊

*近代史  7冊

*日本語・漢字  18冊

*シナ・朝鮮 関連  8冊

*趣味・実用書  18冊

*小説  8冊

合計 92冊


政治関係と小説が大きく減ったのが解る

読みたいと思える小説が見当たらない理由は

作家の質が落ちたと言う事だろう


愚作を乱発する金の亡者のごとき作家がもてはやされる時代

だれでも世間に名が知られれば、お馬鹿タレント諸氏でも

中身の薄い書籍を出す時代になったというところか

愚作の小説を読むくらいなら、著名なブロガーのブログを

読むほうがどれだけ満足&納得できるか…


古代史も相変わらず書いてあるから事実という、揺るがぬ

信念で書かれたものばかりが目に付く(笑)

表題に騙されて購入し、途中で読むのを止めた古代史本もある


政治・社会はブログを巡回して様々な見解を知ることで、凡その

所はつかめるが、埋もれた意見や視点を変えた考えの書籍は

読む価値はある気がする

一方的な意見だけではなく、対極にある意見も知るべきで、

その点からいうと、駄作・愚作の部類の書籍も参考にはなる


今年多くなったのが、日本語と漢字に関する書籍だ

日本人として生まれて、日本語が不得意な長屋の爺である

外国語どころか日本語も満足に理解できないことに

日本人として恥ずかしさを感じている


日本語は本当に難しい、つくづく感じる事ではあるが

普段の会話は標準語ではなく、いろいろな地方の

言葉のミックスで、県を江戸時代の藩と思えば、考えように

よっては、多国語を理解していると言えるのかもしれない


日本に住んでいながら、理解できない「方言」が有る事に

だれも問題として感じないことのほうが不思議なくらいで

英語が話せて理解できる人が、日本の地方に行って言葉の壁で

苦労するなど、洒落にならない話だと思うのだが・・・


年末・年始に向けて今年も書籍を買いだめするつもりだ

時間を忘れるような書籍に巡り合えるかどうか・・・

楽しみでもあり、悩みでもある
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◎  本と出合うこと、本を選ぶこと 


もう幾つ寝るとお正月 ♪♪

本年も残すところ半月あまりである

どんな年だったかの総括は未だ早い気がする


長屋の爺の「正月休み」は半月にも及ぶ

長い休暇だ

もちろんその間の収入は無い

が、とても楽しみである

旅行に行くでもなく、誰かと会うでもなく

沢山の書籍と食べ物に囲まれて「冬眠」する

至福の時間である


一日、文字を読まないとどうにかなる

そういう人間である

それが到底、爺には理解できない専門書で

あろうと、パンフレットであろうとかまわない

文字であれば満足する

変な爺なのである


今年もせっせと書籍を買い集めている

時代小説を10冊ほど、社会・政治などを数冊

古代史関連が数冊を購入済みであり、できれば

もう少し購おうと思っている。


長屋の爺は書籍を購入するとき、中身を見て買った

ことが無い

ほとんど、第一印象・・・

タイトルとの出会いだけである

だから、直木賞も芥川賞も全く選択の基準には

しないし、大家・重鎮といわれる作家も新人も

同じ土俵での本選びとなる

著者が誰であろうと問題外であり

その結果「残念な思い」と「高い授業料」を

支払ったことも有る(書籍名・著者は言えない)


正月用にと購入した本の中に「呆韓論」という

のがある

何気なくページを開いてみたら、なんとこれは

面白い、ついつい引き込まれてしまう内容に

正月まで我慢できるか自信がなくなってきた

「韓流ドラマ」にお熱の方に、聞かせたい話が満載で

著者のほかのタイトルも購入しようかと思っている。

(これは宣伝(ステマ)ではない)


私がけっして選ばない書籍の条件があり

事業成功者の著作は買ったことが無い

成功した人の言葉は「成功」したから言える

ことばであり、勝者の論理でしかないし

そのような人になりたいとも思わない

たぶん万人に通じることは少ないと思っている


売れっ子作家の本もたまに購入するが

最近の担当編集者の質の低下はどうしたものか

著者もPCで執筆し、記憶媒体を出版社に届け

それを文字に起こすようだが、中身より期日だけが

重視され、中身の辻褄が合わないことなど問題外

そんな書籍も多々有る

長屋の爺はクレーマーではないので、一人つっこみを

するだけで、出版社などには何も言わない。


丁寧な仕事からしか「秀逸」な作品は生まれない

質より量、中身より原稿料では、読者も離れていく


そんな秀逸な作品と出会うことは、紅い糸で結ばれた

女性と出会うようなものかもしれない・・・。

◎  出会い 

一冊の本との出会いはとても不思議だ

額に汗して探したわけでもないのに

突然目の前に現れる

野暮天の爺が言うのもなんだが

ちょっとかわいい女性とめぐり会ったようなものか


『縁』という言葉が大好きである

生まれも育ちも異なる、人と人が巡り会う


夫婦も友人も職場も住まい、書籍もまた然り

熱心な仏教徒でもない長屋の爺

縁を否定するだけの知識は持ち合わせていない

縁を偶然と言えばそれまでだが

必然なのかもしれないと思えば人生それなりに楽しい


自分が読書に嵌ったのもある本との出会いからだ

高田崇史氏の『QED 龍馬暗殺』というミステリー小説

シリーズ13巻あり 歴史上の謎とされる題材を軸に展開する


その出会いに端を発し、関裕二氏から井沢元彦氏へと繋がっていった


歴史が少し解ると、神社・仏閣も気になりだした

いつも素通りしていた近くの神社

以前は祀られている神様が誰なのか知らなかった

それが解るだけでもうれしくなる

単純な自分に苦笑いである。


知ることの楽しさを知る

あの世とやらが有るのか無いのか

あの世に行くまで、たいして時間は残っていないだろう

時間のある限り、これからも本を読んでいこうと思っている。








◎  小説・震災後を読んで 

小説・震災後というタイトルの本を書店で見つけ購入した。

作者に興味があったからかもしれない

作者は福井晴敏氏

『亡国のイージス』 『終戦のローレライ』の著者

この作家の感性で東日本大震災をどう切り取るか興味津々

間違いなくこれはフィクションなのだが

現実を知らない爺には虚と実の区別すらどうでも良い気持ちに


日本と言う国が『神話』で武装され

『言霊(ことだま)』によって現実逃避している姿を再認識


あってはならない事はありえ無いこと


有識者が『安全です』と言葉に出した時点からそれは安全であり

誰が何と言おうと延々と『安全』なのが日本の実体

安全神話は神話であって絵空事という事を再認識する

自身のまわりの生活神話も考えさせられる一冊であった。

◎  気になると・・・・ 

自分はTVは観ない

新聞も購読していない

楽しみは読書

ただ・・・悲しいかな無学歴・無教養な爺である

小難しい本が良かろうと、日本の古代史なるものから始めた

未だに奈良・平安を彷徨っている始末だ

生きてるうちに現代までは辿りつけないと諦めている

それでは流石につまらないので時代小説を合間に詠むことにした。

いろいろ迷って『佐伯秦英』氏の”居眠り岩音 江戸双紙”を読み出した

最新刊で42巻にも及ぶ長編作である。

時代は田沼意次の世、18世紀後半の話かなり面白い作品だ。

書評や感想をたれるような技量もない長屋の爺

ただただ著者には感心するばかりだ


爺は変な癖がある、本は何度も繰り返し読むと言う習慣なのだが

自分に読解力など備わっていないから、単に回数で補っているのが本音

さすがに42巻読み応えがある、日に2~3冊は読んでいる気がする。


この本の中で主人公が長屋住まいという設定、時としていろんなものを貰ったりする

だが、それが何時からか登場しなくなる。

はてあの脇差はどうしたのだろう?

あの内掛けはどこに置いてある?

小説の単なる設定の中で使われた道具に拘る、おかしな爺と言われるか・・・。

大きなお世話であり、作品の進展には少しも影響の無いつまらんこだわりであり

人様の家の心配をするような 瑣末な話である。



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